9/12 土曜日 気候は ・・・穏やかな・・だが!! 現実を目の当たりに直視して・・・穏やかではいられない、東京から発信です。
比喩。。何ものかをほかの何ものかに置き換え、表現すること。
少しの風が吹くとしなり、風の前屈して曲がるが、風が去ると、また元のように立ち上がる。
人間とはこのように、自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。
自然界のなかでたいへん弱く、簡単に風にしなるが、柔軟性があり、運命にも暴威にも屈しない。そして何よりも、「考えることができる」すなわち「精神を持つ」ことで、ただ、自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在である。……このような意味の比喩ではなかったかと思います。 哲学書より抜粋。
昨日も・・・スイムには、行かず。。。自然には人間の力なんて・・・思案橋ブルースである。
"かっぱ" pm 20:00 一献の最初の友達は・・・巨大な昨日は、折りたたみカンパチの尻尾であった。
とにかく!! 大きい。。広げているのは・・・吾輩だけである。頭と尻尾を落とさなければ60センチ以上だろう
人間が「葦」であるということの比喩は、ナイルの河畔に生える葦は、強い風が吹くと、弱いために、すぐしなって曲がってします。風に抵抗できない。いや抵抗せずに、しなって敗北するのである。しかし、その他方で、偉大な樫の樹などは、風が吹くと、しなることはせず、抵抗するので風に勝利するが、しかし、繰り返し風が襲って来た時、何時か強い風に倒され、根元から折れてしまうのです。しかし、賢明に自らの分を知る「葦」は、風が吹くとそれに身をまかせてしなり、逆境のなかで、一見屈服したように見えるが、しかし、風がやむと、徐々に身を起こして行き、再びもとのなにごともない姿に戻って微風に揺れているということが、人間への「比喩」の意味だったはずです。 哲学書抜粋。
B級酒場ここでも・・・人間は考える葦である・・を、体験した。一昨日までは・・大根きゅうりの浅漬けには、昆布が入っておらず・・里芋煮は、出汁は中華バージョンに変貌しマスタードで・・・人間は考える葦・・。企業努力の賜物である。
逆境のなかで・・・B級酒場も・・人間は考える葦である。
自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。