07/06 & スコシ 木曜日 ・・・29℃/ 22℃...ここまで!! 蒸し暑さは...?? 梅雨である...それなりの東京から発信です。
自然界は・・気候は・・容赦なくやってくる。 天災は・・本当に怖い。
・・・まさか?? 3号・台風と言っていいの?? 信じられない・・長い列島の雨による河の川の氾濫である。
堤防の決壊ではない!! 人が流され・・。パトロール中の市の職員3人との連絡が途絶えた・・などなど!!
寺田の言葉で一番知られているのが「天災は忘れた頃にやってくる」という警句だ。起きてしまった災害を忘れることなく日々の備えをしようという意味だが、これは書かれたものではなく、講演の中での発言とされる。寺田が残した随筆から、今に通じる警句を読み解いていこう。
夏目漱石の小説のモデルに
寺田寅彦(てらだとらひこ、1878〜1935年)という物理学者をご存知だろうか。第五高等学校(現・熊本大学)で夏目漱石(なつめそうせき)に英語を習い、漱石が主宰する俳句結社に参加したことから、生涯親交を結び、「漱石の一番弟子」と呼ばれることもある。
漱石の小説『吾輩は猫である』に登場する水島寒月(かんげつ)は、寺田がモデルとされる。シイタケを食べて前歯を折り、「首縊(くく)りの力学」という演題でスピーチする風変わりな物理学者だった。
漱石の小説『吾輩は猫である』に登場する水島寒月(かんげつ)は、寺田がモデルとされる。シイタケを食べて前歯を折り、「首縊(くく)りの力学」という演題でスピーチする風変わりな物理学者だった。
同じく『三四郎』にも、寺田は野々宮宗八の名前で登場している。こちらは大学の穴倉のような研究室で光線の圧力を観測し、日本より外国で知られた物理学者という役回りである。
防災学者でもあった
寺田は物理学者として数々の業績をあげたが、防災学者として地震・台風・火山などの被災地を調査し、そこから得た教訓を一般向けの随筆に著した。
大分・福岡は・・昨日同様に、大雨警戒が引き続き発令されている。
大分・福岡は・・昨日同様に、大雨警戒が引き続き発令されている。