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2021.12.22(水)古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)
古森 義久のプロフィール
産経新聞ワシントン駐在客員特派員。1963年慶應義塾大学経済学部卒業後、毎日新聞入社。72年から南ベトナムのサイゴン特派員。75年サイゴン支局長。76年ワシントン特派員。81年米国カーネギー財団国際平和研究所上級研究員。83年毎日新聞東京本社政治部編集委員。87年毎日新聞を退社して産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを経て、2013年から現職。2010年より国際教養大学客員教授を兼務。2015年より麗澤大学特別教授を兼務。『ODA幻想』『モンスターと化した韓国の奈落』『米中激突と日本の針路』『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』など著書多数。
<彭帥選手失踪事件の波紋、米国議会がIOCバッハ会長を全面非難>
<<「テレビ電話で無事を確認」は中国政府に加担したのも同然>>
米国では北京冬季オリンピックのボイコット論がなお広まっているが、そのなかで連邦議会下院は、中国の女子有名テニス選手、彭帥(ほうすい、ポンシュアイ)氏を巡る事件に関して、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長を非難する決議をこのほど全会一致で採択した。
この決議は、彭帥氏が受けたセクハラ
や人権弾圧の疑惑に関連してバッハ会長とIOCが中国当局のカバーアップ(隠蔽工作)に加担したと糾弾した。
米国の政府や世論を代弁する議会のIOCに対する全面対決の姿勢は、今後のオリンピック運営にも大きな影響を与えそうだ。
〇彭氏の本当の状況は不明のまま
米国議会下院本会議は12月8日、「国際オリンピック委員会(IOC)は自らの人権誓約から逸脱した」と題する決議案を全会一致で採択した。同決議案は下院外交委員会のジェニファー・ウェックストン議員(民主党)とマイケル・ウォルツ議員(共和党)によって共同提案され、外交委員会を経て本会議で可決された。
同決議は、彭帥氏が中国政府の元副首相・張高麗氏に性的関係を迫られたという趣旨のネット投稿をしたことに関して、中国政府の抑圧の動きとともに、その中国政府の行動を承認しているIOCのバッハ会長の言動を厳しく糾弾している。
また同決議は、IOCが中国政府に対して彭氏の現在の状況を公表するよう働きかけ、その近況をIOCとして独自に確認することも要求している。
彭氏は11月2日、中国内の会員制交流サイトへの投稿で、かつて自分が張氏に性行為を求められ困惑した状況を告白した。その後、反響が国際的に広まると投稿は削除され、彭さん自身が現在は元気であり過去に性的暴行はなかったという趣旨のメッセージを流すようになった。だが彭氏は公の場から姿を消し、メッセージは当局に強制されて発信しているのではないかと疑われた。
こうした状況のなかで11月21日、IOCのバッハ会長が彭氏とテレビ電話で話したことがIOC当局によって発表された。発表によると、30分間の通話のなかで彭氏は「北京の家で安全かつ元気に暮らしている」と説明したという。
しかし、彭氏が本当に自由で安全な環境にあるのかは依然として不明のままである。
そんな状況下で中国当局の公式発表を承認する形となったバッハ会長の行動に対して、国際的な批判が噴出した。
〇中国当局の隠蔽工作に協力したのも同然
米国議会下院の決議はバッハ会長のこの動きを厳しく非難して、IOCが中国政府に対して彭氏の本当の現状を公表することを求めることなどを要求していた。米国は年来、オリンピックの開催には大きな影響力を有している。その米国議会のIOC会長への非難は、今後のオリンピック運営全体に影を落とすことになりそうだ。
下院が採択した決議は、まず以下の骨子を述べていた。
・彭選手の11月2日の当初の投稿は、張元副首相から明らかに性的暴行を受けたことを意味していたが、その直後に中国当局は投稿を削除し、彭氏は消息不明となった。
・「世界女子テニス協会(WTA)」は11月14日、中国政府に彭氏に関する完全な情報開示を求め、同時に納得できる回答を得るまで中国ではWTA主催の試合は実施しないという方針を発表した。
・WTAは11月17日、彭氏本人からだとされる「私は暴行されたことはない」「私はいま無事でいる」といった趣旨のメッセージを受け取ったが、その内容に客観的な根拠はなく、中国当局が工作している疑いが強いと言明した。
・ホワイトハウスのサキ報道官と国連人権委員会のスロッセル報道官はともに11月19日、「彭氏は実際には失踪状態にあり、中国政府が関与している疑いが強いため、中国政府に事態の解明を求める」という声明を発表した。
・ところが11月19日、IOCは「バッハ会長が30分にわたり、彭氏と直接にビデオ電話で話し合い、彭選手が無事でいることを確認した」と発表した。
だがこのビデオ電話には中国当局の代表も加わっていることが報じられており、どんな状況でバッハ・彭間の会話が交わされたかは不明のままである。このバッハ会長の動きは、中国当局の隠蔽工作への協力に等しい。
〇米国政府や国連も調査すべき
同決議は以上のような現状認識を示したうえで、議会下院としての方針を以下のように宣言した。
・IOCのバッハ会長の言動は、明らかに中国政府の人権抑圧に協力して、スポーツ選手である彭氏の権利の迫害に加わることに等しい。米国議会としてはこれを非難する。IOCとバッハ会長は、彭氏に関する情報を完全に開示するよう中国政府に要求すべきだ。
・IOCは彭氏の安全と自由を確認するための調査を独自に実施すべきである。同時に米国政府や国連も、この事件をスポーツ選手たちの人権や自由への迫害として調査すべきだ。また彭氏が今後望むならば米国への移住を認める。
以上のような米国議会下院の決議は、2022年2月に迫った北京冬季オリンピックにも複雑な形で影響を及ぼすとみられる。
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