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松尾優人◎2012年より金融企業勤務。
現在はライターとして、書評などを中心に執筆している。
文=松尾優人 編集=石井節子
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私たちが日常的に口にしているトマト。
中には「生のトマトは苦手だけれどケチャップなら大丈夫」だという人もいるかもしれない。
非常に身近なトマトだが、その背後には恐ろしいほどの闇が見え隠れしている。
『トマト缶の黒い真実』(ジャン=バティスト・マレ著、田中裕子訳、太田出版刊)
『トマト缶の黒い真実』(ジャン=バティスト・マレ著、田中裕子訳、太田出版刊)
が取り上げているのはタイトル通りトマト、とりわけ、ケチャップやトマトペースト、カットトマト缶に使われる加工用トマトである。
加工用トマトは、私たちがよく知る生食用トマトの形ではなく、瓜のように細長い。
加工しやすいよう改良された品種で、果肉が詰まっており水気も少ない。
しかし大抵のトマト缶に描かれているのは大きく丸く、みずみずしいトマトのイラストだ。
これは、著者であるジャン=バディスト・マレによれば「人々がトマトに抱くイメージをうまく利用している」ようだ。
〇三倍濃縮」のトマトを輸入、「二倍濃縮」に再加工……
舌鋒鋭い著者の、標的の一つがイタリアのトマト加工業界である。
イタリアといえば世界でも屈指のトマト消費国であると同時に、トマト輸出国でもある。
しかし本書によれば、イタリアから世界に向けて輸出される「イタリア産」の加工トマトは、実際には中国で生産されているというのだ。いったいどういうことだろうか。
からくりはこうだ。
まずトマト加工メーカーは①中国から「三倍濃縮」のトマトを輸入し、➁イタリアで「二倍濃縮」に再加工する。
要するに、稀釈するのだ。
そうすることで缶に「イタリア産」のラベルを貼ることができるばかりか、関税の免除すら受けられる。
中国の安価な労働力を用いたコスト削減と大量生産には、マフィアの関与が疑われる事例もあるという。
そのような黒すぎる真実をつぶさに書き記した結果、本書はイタリアで発禁処分を受けている。
そのような黒すぎる真実をつぶさに書き記した結果、本書はイタリアで発禁処分を受けている。
〇プラスチックの分厚いカーテンの向こうに、著者が見たもの
そして、イタリア以上に真実の見えづらい国が中国だ。
著者はここにも勇猛果敢にメスを入れる。
中国にトマトの生産技術を教えたのは他ならぬイタリアだったようだ。
中国にトマトの生産技術を教えたのは他ならぬイタリアだったようだ。
かつて「イタリア産」の加工用トマトに専念していた中国は近年、イタリアを介さない直接的な輸出を始めた(ただし、缶にはイタリア国旗を思わせる赤、白、緑のトリコローレが描かれている)。
主な輸出先はアフリカ大陸の、貧困国と呼ばれる国々だ。
加工用トマトは①新疆ウイグル自治区
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で収穫され、「三倍濃縮」されたあとに青いドラム缶に詰められる。
そして➁天津の工場まで運ばれて商品用の缶に詰め替えられて港から出発する。
著者は工場への取材を試みた。
著者は工場への取材を試みた。
取材自体は受け入れられ、工場内の見学も許された……一ヵ所、プラスチックの分厚いカーテンで隠されている空間を除いて。
以下にその部分を引用する。
たった今まで、わたしはこの工場の生産ラインをあちこち見学し、あらゆる工程を見てまわった。
たった今まで、わたしはこの工場の生産ラインをあちこち見学し、あらゆる工程を見てまわった。
濃縮トマトを再加工しているところも、トマトペーストを缶に充塡しているところも、巻き締め機で蓋をしているところも、重さを測ったり、不良品の検査をしたり、缶詰を箱詰めしているところも、すべて見せてもらった。
だが奇妙なことに、新疆ウイグル自治区からやってきたはずの、三倍濃縮トマトが入ったあの青いドラム缶はどこにも見当たらなかった。
通常は、
生産ラインのスタート地点に、ドラム缶から原材料がポンプで汲み上げられてラインに供給される工程があるはずだ。ここにはなぜかそれがなかった。
トマトペーストは「ブール(球体)」と呼ばれる機械でつくられる。
原材料の濃縮トマトをペースト状にする機械だ。
そして工場が著者に隠していたのは、「ブール」に原材料を投入する場面だった。
そこでは本当に、ドラム缶から濃縮トマトをポンプで汲み上げて「ブール」に供給する作業をしているのだろうか?
そこでは本当に、ドラム缶から濃縮トマトをポンプで汲み上げて「ブール」に供給する作業をしているのだろうか?
本来ならそうであるはずだ。
だが、もしかしたら別のことをしているのではないか?
だから、ブロック塀とカーテンで外から見えないようにしているのではないか?
つい先ほど、原材料を保管する倉庫を見学したとき、青いドラム缶の横に白い大きな袋が積まれているのに気づいていた。「塩」と記されたものもあったが、何も書かれていない袋もあった。
著者は工場関係者の目を盗んでカーテンの奥へ潜入する。
著者は工場関係者の目を盗んでカーテンの奥へ潜入する。
そこで発見したのはデンプンや着色料といった、大量の添加物だった。
〇「中身の半分以上が添加物」も
実際のところ、アフリカで流通している中国製のトマト缶には(「原材料:トマト、塩」とだけ書かれているにもかかわらず)多くの添加物が混ぜ込まれており、中身の半分以上が添加物でできているものさえ珍しくないという。
腐って黒ずんだトマトを着色料でごまかし、売りつけることもあるというのだから、私たちの感覚ではあまりにも衝撃的だ。
他方で、そのような劣悪な製品を買わなければならない人々の事情もある。
貧困国では、缶ごと買えない人たちのために、スプーン単位での売り方が定着しているのだという。
そういった人を対象にして、中国の安価なトマト缶はアフリカを席巻している。
このようなトマト缶とその背景にある問題が本書には目白押しで、総ページ数は300を超える。
著者は数年にわたる取材で、イタリアと中国に限らず各国を飛び回って本書を完成させた。
それだけトマト缶が世界中で愛されている証拠であると同時に、問題の根深さも強く示唆しているといえるだろう。
「トマトペースト缶はまさに資本主義の象徴だ」と著者は言う。
そして本書内で幾度となく資本主義自体の問題に言及している。
確かにトマト缶を巡って起きているのは利潤追求と市場競争を主とする、資本主義の成れの果てであると見ることもできるだろう。
そこには移民や強制労働をはじめとする人道的な問題や、国家単位の思惑が絡んでいることにも気付かされるはずだ。
トマト缶から世界が見える……そう言い切るのはやや大袈裟かもしれないが、本書にはそう思わせるだけのスケール感があり、今まさに私たちが直面して思考しなければならない諸問題が詰め込まれている。
トマト缶から世界が見える……そう言い切るのはやや大袈裟かもしれないが、本書にはそう思わせるだけのスケール感があり、今まさに私たちが直面して思考しなければならない諸問題が詰め込まれている。
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