EV、リチウムイオン電池、太陽光パネル…「過剰生産問題」を非難する先進国に中国が“開き直り”を決め込む「4つの理由」#2024.06.11 #『現代ビジネス』編集次長#近藤 大介
1965年生まれ、59歳。埼玉県出身。
東京大学卒業、国際情報学修士。講
談社『現代ビジネス』編集次長。
明治大学国際日本学部講師(東アジア国際関係論)。2009年から2012年まで、講談社(北京)文化有限公司副社長。
新著に『日本人が知らない! 中国・ロシアの秘めた野望』(ビジネス社)、『ふしぎな中国』(講談社現代新書)
など、
中国を始めとする東アジアの関連図書は34冊に上る。
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[]出る杭は打たれる
かつて孔子は、「過猶不及」(グオヨウブージー)と宣(のたも)うた。これを日本人は、「過ぎたるは猶(なお)及ばざるが如(ごと)し」と訳した。
しかし現在、中国は、この孔子様の教えに反したことをやっていると、欧米から叩かれている。すなわち、EV(電気自動車)、リチウムイオン電池、太陽光パネルなどの「過剰生産問題」だ。
5月14日、米ホワイトハウスは、長文のファクトシートを発表した。
タイトルは、「バイデン大統領は、中国の不公正な貿易慣行からアメリカの労働者とビジネスを守るための行動を取る」。冒頭でその目的を、力強く謳っている。
〈 バイデン大統領の経済計画は、アメリカ経済の将来と国家安全保障にとって不可欠な主要分野への投資を支援し、良好な雇用を創出することを目的としている。
技術移転、知的財産、イノベーションに関する中国の不公正な貿易慣行は、アメリカの企業と労働者を脅かしている。
中国はまた、人為的に低価格の輸出品を世界市場に氾濫させている。
中国の不公正な貿易慣行に対抗し、その結果生じる被害に対抗するため、バイデン大統領は本日、アメリカの労働者と企業を保護する目的で、1974年の通商法第301条に基づき、中国からの輸入品180億ドルに対する関税を引き上げるよう通商代表に指示した。(以下略)〉
ここで興味深いのは、アメリカが単純なビジネスとしてではなく、「国家安全保障」として、中国の過剰生産問題を捉えていることだ。
そのことは後述する。
ファクトシートには、後半部分に具体的な品目と関税率が明記してあった。
それらは以下の通りだ。
その後、5月22日にUSTR(米通商代表部)が、2024年分は8月1日から実施すると発表した。
「
鉄鋼とアルミニウム: 0%~7.5% → 25%、8月1日~
半導体: 25% → 50%、2025年~
EV: 25% → 100%、8月1日~
EV用リチウムイオン電池: 7.5% → 25%、8月1日~
太陽光パネル: 25% → 50%、8月1日~
船舶用クレーン: 0% → 25%、8月1日~
医療製品: 0% → 50%、8月1日~(一部は2026年~)
半導体: 25% → 50%、2025年~
EV: 25% → 100%、8月1日~
EV用リチウムイオン電池: 7.5% → 25%、8月1日~
太陽光パネル: 25% → 50%、8月1日~
船舶用クレーン: 0% → 25%、8月1日~
医療製品: 0% → 50%、8月1日~(一部は2026年~)
」
中国が、コロナ禍からの経済回復の「3種の神器」のように扱っている「EV・リチウムイオン電池・太陽光パネル」を、標的にしている。
特に、躍進著しい中国のEVには、最高税率の100%の税率をかけるとしている。
中国では3月6日、国会に相当する全国人民代表大会の最中に行われた経済5部長(大臣)級の合同記者会見で、鄭柵潔(てい・さくけつ)国家発展改革委員会主任が、自国の経済回復ぶりを、こう誇った。
「昨年の中国のNEV(EVなどの新エネルギー車)の販売台数は950万台に達し、前年比35%以上だ。
リチウム電池の生産量は25%伸び、太陽光電池の生産量は54%伸びた。
これら『新三種』の輸出は30%近く伸びた。
そのうちNEVの輸出は120万台を超え、前年比77.6%増。
輸出量は安定して世界トップだ」
このように、「新三種」の輸出躍進を、自画自賛しているのだ。
だが、「樹大招風」(シューダージャオフェン 出る杭は打たれる)というものだろう。
[]習近平主席は開き直りの「ゼロ回答」
EUもまた、この中国の生産過剰を問題視している。
EUにとって中国は最大の貿易相手国で、昨年の対中貿易赤字は2910億ユーロ(約49兆円)に達する。
5月6日、パリでエマニュエル・マクロン仏大統領を交えて、習近平主席と会談したEUのウルズラ・フォンデアライエン委員長は、習主席に対して直接、次のように不満をぶつけた。
「世界は、中国の過剰に生産された製品を吸収することはできない。
中国政府に、構造的な過剰生産の問題に対処するよう促す。
EUは、中国政府が補助金で価格を抑え、ヨーロッパ市場での競争をゆがめているとみて関税の上乗せなどを視野に調査を進めている。
もしも公正にふるまう中国ならば、すべての当事者にとってよい存在だ。
だが、ヨーロッパはみずからの経済や安全を守るためには、厳しい決断を下すこともためらわない」
EUは、先週末(6月7日~9日)の欧州議会選挙を経て、まもなく中国製EVなどに25%の関税を課すとも伝えられる。
フォンデアライエン委員長に対して、習近平主席はこう答えている。
「中国の新エネルギー産業は、開放された競争の中で鍛え上げられて本領を発揮しているものだ。
代表的なのは、先進的な生産能力だ。
それは全世界に豊富に供給さいているばかりか、全世界のインフレ圧力を緩和している。
また、全世界の地球温暖化への応対とグリーン転化に、多大な貢献をしている。
比較優位の観点から見ても、全世界の市場の需要の観点から見ても、いわゆる『中国の過剰生産問題』は存在しない」
このように、開き直りの「ゼロ回答」だった。
さらに、先週6月6日の中国外交部定例会見で、毛寧(もう・ねい)報道官がこの問題について、いつものように顔をこわばらせながらも、比較的丁寧に(?)、中国の立場を述べた。
それらを箇条書きにすると、以下の通りだ。
「
・EVを含む中国の新エネルギー製品は、国際市場で幅広く歓迎されている。
・これは持続的な技術革新と完備したインダストリアルチェーンとサプライチェーンのシステム、十分な市場での競争によるものだ。
・これは持続的な技術革新と完備したインダストリアルチェーンとサプライチェーンのシステム、十分な市場での競争によるものだ。
つまりは、比較優位と市場の規律が互いに作用した結果だ。
企業努力によるものであって、(中国)政府が保護してできたものではないのだ。
・昨年、中国からアメリカに輸出したEVは1.3万台に過ぎず、アメリカ市場を席捲するなどと、どうして言えるのか?
・政府による産業補助政策は、もともと米欧が始めたものだ。
・昨年、中国からアメリカに輸出したEVは1.3万台に過ぎず、アメリカ市場を席捲するなどと、どうして言えるのか?
・政府による産業補助政策は、もともと米欧が始めたものだ。
それを世界各国が普遍的に採用するようになったのだ。
・中国の産業補助政策は、WTO(世界貿易機関)の規則を、厳格に順守している。
・中国の産業補助政策は、WTO(世界貿易機関)の規則を、厳格に順守している。
公平・透明・非差別の原則を終始堅持し、WTOが禁止している補助は存在しない。
・アメリカは産業補助の「大国」で、最近も「チップス科学法」「インフレ抑制法」を成立させている。
・アメリカは産業補助の「大国」で、最近も「チップス科学法」「インフレ抑制法」を成立させている。
数千万ドルの直接・間接補助を通して、市場の資源配分に直接関与しているのだ。
・産業補助は産業競争力を補うことはなく、保護主義が保護するのは、遅れをとった失っていく未来だ。
・アメリカが中国のEVに対して行う差別的手法は、WTOの規則に違反し、全世界のインダストリアルチェーンとサプライチェーンの安定を破壊し、最終的にはアメリカ自身の利益を害するものだ。
・中国はアメリカが、市場の原則と国際貿易の規則をしっかりと順守し、各国の企業に公平な競争という良好な環境を与えることを促す。
・中国は自身の合法的な利益を維持、保護する措置を、決然と取っていく。
・アメリカが中国のEVに対して行う差別的手法は、WTOの規則に違反し、全世界のインダストリアルチェーンとサプライチェーンの安定を破壊し、最終的にはアメリカ自身の利益を害するものだ。
・中国はアメリカが、市場の原則と国際貿易の規則をしっかりと順守し、各国の企業に公平な競争という良好な環境を与えることを促す。
・中国は自身の合法的な利益を維持、保護する措置を、決然と取っていく。
」
以上である。こうして中国の言い分を並べてみると、確かに「一理ある」と思えることもある。
だが、それにしても、中国がかくも頑なな態度なのは、一体どうしてなのか? 私なりに縷々(るる)思いを巡らせてみると、4つの理由が浮かび上がってくる。
以下、順に見ていこう。
1)中国の経済危機
中国経済が悪化の一途を辿っていて、他国を顧みたり、譲歩したりする余裕がないということだ。
自慢のEVについても、今年に入って値崩れが起こっていて、黒字なのは最大手のBYD(比亜迪)くらいのものだ。
だが何と言っても最悪なのは、これまでGDPの約3割を占めてきた不動産業界だ。不動産業界が「悪夢の状況」であることは、次の国家統計局発表の最新統計(6月9日現在)から推測できる。
〇1~4月の全国不動産開発投資は-9.8%。うち住宅投資は-10.5%
〇1~4月の不動産開発企業家屋施行面積は-10.8%。うち住宅施行面積は-11.4%
〇1~4月の不動産開発企業家屋新規工事開始面積は-24.6%。うち住宅新規工事開始面積は-25.6%
〇1~4月の商品家屋販売面積は-20.2%。うち住宅販売面積は-23.8%
〇1~4月の商品家屋販売額は-28.3%。うち住宅販売額は-31.1%
〇4月末の商品家屋売れ残り面積は+15.7%。住宅売れ残り面積は+24.5%
〇1~4月の不動産開発企業手元資金は-24.9%。うち国内融資-10.1%、外資-46.7%、自己資金-10.1%
〇4月の不動産開発景気指数は92.02で、過去一年で最悪
〇4月の70大中都市新築商品住宅販売価格は、前月比で+6都市、-64都市
〇4月の70大中都市中古住宅販売価格は、前月比で+1都市(昆明)、-69都市
〇1~4月の不動産開発企業家屋施行面積は-10.8%。うち住宅施行面積は-11.4%
〇1~4月の不動産開発企業家屋新規工事開始面積は-24.6%。うち住宅新規工事開始面積は-25.6%
〇1~4月の商品家屋販売面積は-20.2%。うち住宅販売面積は-23.8%
〇1~4月の商品家屋販売額は-28.3%。うち住宅販売額は-31.1%
〇4月末の商品家屋売れ残り面積は+15.7%。住宅売れ残り面積は+24.5%
〇1~4月の不動産開発企業手元資金は-24.9%。うち国内融資-10.1%、外資-46.7%、自己資金-10.1%
〇4月の不動産開発景気指数は92.02で、過去一年で最悪
〇4月の70大中都市新築商品住宅販売価格は、前月比で+6都市、-64都市
〇4月の70大中都市中古住宅販売価格は、前月比で+1都市(昆明)、-69都市
こうした状況に対して、中国政府は5月17日、「奥の手」とも言える重量級の政策を発表した。その概略は、以下のようなものだ。
これに付随して、中国人民銀行(中央銀行)は買い取りを支えるため、3000億元(約6.5兆円)の資金枠を設けた。
かつ、住宅ローン金利の下限を撤廃した。
一見すると、不動産産業を何とかして活性化させようという中国政府の「本気度」が見て取れる。
前述のように、不動産産業は少し前まで、GDPの3割を占める中国経済の最大の牽引役だったのだ。
それがいまや、大手の恒大グループは約50兆円の負債を抱え、同じく碧桂園グループは約30兆円の負債を抱え、それぞれ破綻への道まっしぐらである。
こうした暗雲垂れ込める不動産業界を、金融機関と地方自治体とが一体となって支えていこうというわけだ。
が、こうした大掛かりな対策を打てば打つほど、不動産不況に金融機関と地方自治体を深く巻き込んでいくことになる。
それが功を奏せばよいが、逆に金融機関と地方自治体も破綻に追い込まれれば、まさに「中国版リーマンショック」の到来となる。
それだけハイリターンだがハイリスクな政策なのだ。
いずれにしても、不動産不況という「中国経済のブラックホール」を、早く何とかしないといけない。
そんな中国に、過剰生産を他国に非難されたからといって、それを慮(おもんぱか)っている余裕などないのだ。
2)一部先進国の問題
現在、過剰生産問題で中国に非難を浴びせているのは、一にアメリカ、二にEU、三に日本である。いずれも先進国グループだ。
それに対して、発展途上国の「グローバルサウス」は、どの国も非難の声を挙げていない。
それどころか、中国製のEVや太陽光パネルなどを、「リーズナブルな価格で性能も素晴らしく、環境にも優しい」と、喜んで買ってくれている。少なくとも中国は、そのように認識している。
そのため中国からすれば、「非難は一部先進国だけの主張でしょう」と捉えているのだ。
地球温暖化問題などでも同様だったが、「先進国の主張が世界全体の主張ではない」というわけだ。
加えて、11月に大統領選を控えたジョー・バイデン政権は、「政敵」のドナルド・トランプ前大統領の陣営から、「中国に甘い」と叩かれることを避けたい。
EUも6月7日~9日に議会選挙が行われ、中国問題も争点の一つだった。
そうした「選挙対策としての先進国による中国叩き」と捉えている面もある。
さらに言えば、EU加盟の27ヵ国も、決して一枚岩ではない。
5月に習近平主席が訪れたハンガリーでは、オルバン・ビクトル首相が、「ハンガリーと中国には何の問題も起こっていない」と言い切った。
習近平主席は、4月にドイツのオラフ・ショルツ首相と、5月にフランスのマクロン大統領と首脳会談を行い、ともに友好親善を謳った共同宣言を発表している。
中国は、EUが本気で自国に牙を剥いてきているとは認識していないのである。
3)経済安保
前述の5月14日のホワイトハウスの発表文には、「国家安全保障」という文言が出てくる。それをよく読むと、「経済安全保障の一環としての対中制裁」であることが見て取れるのだ。
実際、私が先日お目にかかった中国の大手国有自動車メーカーの幹部は、EVを「走る監視カメラ」と称していた。
近未来のスマートシティ時代においては、自動運転車から発せられる情報データを蓄積して、スマートシティを不断に進化させていくというのだ。
アメリカからすれば、中国からそんな「物騒なもの」を輸入するわけにいかない。かつ中国のEVの発展も、なるべく遅らせるようにしたい。
EUはアメリカほど深刻に考えていないかもしれない。だが、そうした中国の先端技術が、EUにとって「最大の脅威」であるロシアに丸ごと提供されているとなれば、いい気持ちはしないだろう。
いずれにしても、単純な貿易摩擦ではなく、経済安保の一環を捉えれば、様相はまるで異なってくる。
4)トランプ時代が本番
今年に入ってからの中国外交を見ていると、来年1月に訪れるかもしれない「第2期トランプ時代」に備えていることが分かる。
何と言っても習近平政権にとってみれば、バイデン政権は「恐くない政権」だが、トランプ政権は「恐い政権」なのだ。
それはひと言で言えば、バイデン政権の政策は予測がつくが、トランプ政権の政策は予測がつかないからだ。
ゴリゴリの社会主義政権である習近平政権は、万事が予定調和的である。
そのため、予測不能なアメリカの政権ほど恐いものはないのだ。
それで、「備えあれば憂いなし」とばかりに、準備を始めているのである。
例えば、「戦狼(せんろう)外交」(狼のように戦う外交)を一時封印して、「微笑外交」を始めたことなどだ。
過剰生産問題に関しては、いまここで譲歩したら、来たるトランプ政権になれば、どこまで譲歩を迫られるか分からない。
そのため、貿易摩擦の「本番」に備えて、いまは強気を崩さないというわけだ。
以上、4点を指摘したが、中でも不動産問題の行方が気になるところだ。
万が一、「中国版リーマンショック」が発生したら、中国が最大の貿易相手国である日本も、無事でいられるわけがない。(連載第731回)
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