<中国の新しい共産党政治局の常務委員は、習近平に忠実なだけの地味で無力な60代の男ばかり──いったいこの男たちは何者なのか>
世界の注目を集めた中国共産党の第20回全国代表大会も、終わってみれば習近平(シー・チンピン)の独り勝ちだった。
かつて有力だった中国共産主義青年団(共青団)の残党は一掃した。
前任者の胡錦濤(フー・チンタオ)は閉会式の途中で退席させた。
党規約の改正では、自らの「核心」的地位の擁護を盛り込ませた。
そして党政治局の常務委員(最高指導部)は全て身内で固めた。
今回の人事には、党内派閥への配慮もなければ、経済界の改革派を抱き込む意図も感じられない。
改革派に近く、一定の実績もある胡春華(フー・チュンホア)と汪洋(ワン・ヤン)は共に降格処分。
現役の常務委員だった汪は200人以上いる中央委員の名簿にも載っておらず、胡春華も24人の最高幹部で構成する政治局に残れなかった。
中国研究では評価の高い米シンクタンク「マクロポロ」が1000人を超す専門家の予測を調べてみたところ、習近平を除く新常務委員6人の顔触れを完全に言い当てた人は皆無だったという。
それでも、この6人の顔触れを眺めてみると、いくつかの共通項が見つかる。例えば、全員が漢民族で60代の男性だということ(ちなみに女性が常務委員に選ばれた例は過去に一度もない)。
みんな60代という点は重要だ。
最年少の丁薛祥(ティン・シュエシアン、60)でさえ、習より9歳若いだけ。
5年後に習がおとなしく引退する可能性は極めて低く、その5年後だと丁も70歳を超える。
だからこの男が次の党総書記(兼国家主席)になる可能性はゼロに近い。
残る5人の年齢は習と近いので、どう見ても後継者にはなれない。
2007年の党大会で常務委員に昇格したときの習は54歳、一緒に昇格した李克強(リー・コーチアン)は52歳(現職の首相だが今回引退が決まった)。
だからこそ次世代のホープと見なされたのだった。
〇周囲を「弱者」で固める
しかもこの6人には、習のような地縁血縁がない。
政治的な地盤も派閥の後ろ盾もない。
中華民族主義者の王滬寧(ワン・フーニン)は長老たちにかわいがられてきたが、それだけのことだ。
要は中国政治に詳しいビクター・シーが新著『弱者の連合』で言ったとおり。かの毛沢東をはじめとして、強力な指導者ほど、あえて政治的に無力な者を登用して、自分の立場が脅かされるリスクを減らしてきた。
それが中国の歴史だ。
新体制の常務委員6人は、いずれも習近平だけが頼りで、ほかに有力な後ろ盾を持たない。仮にも習が失脚すれば、道連れは必至だ。
それにしても、なぜこの6人なのか。現時点で分かる限りで、彼らの立ち位置を探ってみた。
■李強(リー・チアン、序列2位)
北京の人民大会堂で新常務委員がお披露目された際は、習近平に続いて壇上に上がった。
来年3月に退任する李克強首相の後釜に座るのは確実だが、中国における首相の地位は微妙で、たいていは目立たない。
ある意味ではアメリカの副大統領に似ているが、いざというときトップの座を継ぐ立場にはない。
かつて首相を務めた周恩来や温家宝(ウエン・チアパオ)は、冷酷な最高指導者に代わって国民に寄り添う政治家として存在感を示した(温は地震などの被災地に出向いて涙を流し、共感を得た)。
しかし習は、李克強の存在感を徹底的に消した。後を継ぐ李強も同じ運命だろう。
李強が出世したきっかけは、05年に浙江省の党常務委員会に入り、習の下で働き始めたこと。
その後は同省の省長、次いで江蘇省トップを務め、習の国外視察には必ず同行するようになった。
しかし中央政府での経験は皆無だ。
首相候補としては異例なことで、どう見ても習近平に逆らえる立場ではない。
しかも、政治的な汚点がある。
李強は17年から上海市党委員会書記を務めているが、今年になって新型コロナウイルスの感染拡大を許し、厳格なロックダウンを実施して地域の経済活動に深刻な影響を及ぼした。
それまでの李強は民間企業に優しく、感染予防対策でも融通を利かせていたのだが、いざとなると中央政府の「ゼロコロナ」政策に従うしかなかった。
これで彼はメンツをつぶし、今まで以上に習近平の庇護にすがるしかなくなった。だから今後も、習の下働きに徹するしかあるまい。
■趙楽際(チャオ・ローチー、序列3位)
前期の常務委員会から留任した2人のうちの1人で、前期では最年少だった。ひとことで言えば、信頼できて安心できる人物を絵に描いたような男だ。
党人として、まずは地方レベルで実績を残してキャリアを積み上げ、この5年間は党内の思想統制や腐敗摘発に取り組む中央規律検査委員会を率いて習近平を支えてきた。
誰かの摘発で主導的な役割を果たしたようには見えないが、是々非々で巧みに差配してきたということだ。
父親は陝西省の下級公務員で、大叔父はかつて同省の省長を務めていた。
習の一族も陝西省との縁は深く、趙の大叔父は習の父と親しかったとされる。そうであれば趙の忠誠心も高いはずだ。
■王滬寧(ワン・フーニン、序列4位)
おそらく最も興味深い存在だ。
趙と同様に前期からの留任組で、政治理論の専門家として、党のイデオロギーを明確化し実践に移す「中央政策研究室」を率いてきた。
一方で「中国のキッシンジャー」と呼ばれたこともあり、胡錦濤政権でも重用された。
当時の彼は、弱体化した西側諸国に代わって中国が台頭するという中華民族主義の主張を掲げていた。
1991年の著書『美国反対美国(米国が米国に反対する)』ではアメリカの衰亡を予測したが、この10年ほどは一転して、中国はアメリカとの文化戦争に負けている、
中国の若者が今以上にアメリカ化しないように取り締まることが必要だと力説してきた。
結果として国内の若者を外界から隔離することには(ある程度まで)成功したように見えるが、中国文化の輸出はうまくいっていない。
アメリカに追い付き、追い越せ。
そういう王の主張にも、経済成長率8%の時代なら一定のリアリティーがあった。
しかし今の成長率は2.5%に向けて下がり続けている。
それでも習近平の意向に背くことはできないから、王は従来の主張を頑強に維持するしかない。
そうなると、国内向けの世論工作では露骨に反米的な世界観が強調されることになる。
そして現場の外交官たちは、点数を稼ぐために攻撃的な「戦狼外交」を続けることにもなる。
■蔡奇(ツァイ・チー、序列5位)
習にとっては政界でいちばん付き合いが長い友人だ。
1985年に福建省の党組織で出会って以来ずっと共に働いてきた仲。
90年代に入ってからは習が上司の立場にあるが、親密な関係を保っている。
習の部下として多くのポストを渡り歩き、党の中核たる習の役割を盛り上げることに邁進してきた追従者だといえる。
直近の職務は北京市党委書記で、習が自身の近くに置くための人事のように見えた。
首都の運営に当たっては、北京市内の環境浄化を名目として貧困層の暮らしに大打撃を与えた。
2017年冬には強制退去の対象となった数十万人が冷たい路上でホームレス生活を強いられ、当局が方針を撤回するという面倒な事態を招いたが、全ては党中央の方針に沿ったこと。
最終的には冬季五輪を成功裏に開催して称賛された。
■丁薛祥(ティン・シュエシアン、序列6位)
いわば習の首席補佐官。
2007年から敏腕の行政官として習のために働き、ずっと緊密な間柄を保ってきた。
頭脳明晰、極めて有能だが、個人的なコネや地盤はないので、習にとっては安心できる同志だ。
まだ60歳で6人中の最若手。
主として中央官庁で補佐官的な職務に徹してきた生粋の行政官でもある。
だから生き残るすべにたけており、自ら大きな野心を抱きそうなタイプには見えない。
ただし油断は禁物。
こういうタイプこそ、予想に反して権力の頂点へ駆け上る可能性がある。
■李希(リー・シー、序列7位)
趙楽際の後継として中央規律検査委員会のトップに就いた。
やはり昔から習と連携する仲で、一緒に写真に納まることも多い。
かつて習の父親に近い関係者の下で働いたのが2人の縁の始まりとされる。
広東省をはじめ、経済的に重要な地方の党委書記を務め、実務的な手腕を発揮してきた。
あくまでも習近平の意向を優先しながら、現場では停滞する経済の改革を進めるという難しい役目を、この男なら引き受けられる。
いずれは首相職を継ぐ可能性もある。
◇ ◇ ◇
つまり、新しい常務委員の顔触れを見るに、誰一人として習近平の後継にふさわしい人物はいない。
だが冷酷なる自然の摂理は政治家どもの都合など気にかけない。
習はまだ69歳だが、長年にわたる政治家生活(往々にして豪勢な飲食の機会を伴う)で体を痛めつけてきた。
だから健康不安はある。12年に何週間も姿を見せなかったときは、痛風が悪化したのではという噂が飛び交ったものだ。
もしも習が急に死んだらどうなるか。
明確なナンバー2がいない以上、後継争いは熾烈になる。
そして真の後継者は、現在の党指導部以外のところから現れるのではないか。これは筆者の推測にすぎないが、習が去った場合、短期的には集団指導体制が復活し、いったんは独裁色が弱まる。
ただし結局は、強力な地縁血縁に恵まれたプリンス(太子)が新たに出現するだろう。
ちなみに習は慎重な男だから、そうしたプリンス候補を権力の中枢から遠ざけてきた。
現に彼らの多くは政治に首を突っ込まず、民間部門でキャリアを築いている。全ては習の計算どおり、なのかもしれない。
From Foreign Policy Magazine
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