〇リチウムと自殺予防
リチウムは自然界に存在する元素であり、カリウムやナトリウムと同じアルカリ金属というグループに属します。このリチウムが、乾電池のみならず、精神医療にも広く使われていて、とくに双極性障害(昔は躁うつ病と呼んでいました)の治療薬として、第一選択薬になっています。つまり、
リチウムには気分の波を安定させる作用(気分安定作用)があるのです。
リチウムにはこれ以外にも衝動性や攻撃性を抑える作用があって、先ほどの気分安定作用を発揮する濃度よりもずっと低い濃度つまり微量でも効果があることがわかってきました。当科ではこのことを以前から研究しています。
リチウムにはこれ以外にも衝動性や攻撃性を抑える作用があって、先ほどの気分安定作用を発揮する濃度よりもずっと低い濃度つまり微量でも効果があることがわかってきました。当科ではこのことを以前から研究しています。
大神博央先生(現・上野公園病院)、石井啓義准教授、塩月一平先生(現・県立精神医療センター)、釘宮毅助教らが、大分県(Ohgami et al., Br J Psychiatry, 2009)、九州(Ishii et al., J Clin Psychiatry, 2015)、北海道(Shiotsuki et al., J Affect Disord, 2016)、
日本全国(Kugimiya et al., Bipolar Disord, 2021)へフィールドを広げ、
水道水リチウム濃度が高い地域は自殺率が低いことを突き止めました。
特に、大分県における研究は英国BBCのWorld News
で取り上げられました。
◇ 大分県では、特に男性において自殺率と水道水リチウム濃度は有意な負の相関を示した。
〇リチウムと認知症予防
リチウムが認知症の予防に役立つ可能性が近年指摘されています。現在、石井准教授を中心に、リチウムを服用していない当院精神科入院もしくは外来の50歳以上の患者さんに協力をお願いし、微量な血中リチウム濃度と認知機能、認知症の発症率は相関するという仮説を検討しています。
認知症や認知機能障害には様々な要因が考えられるため、研究開始時の血中Aβ、BDNF、AA、EPA、DHA値や不眠症、抑うつ状態、躁状態などで補正を加えます。研究開始時の血中リチウム濃度を比較し、
認知症の患者さんの平均血中リチウム濃度が非認知症の患者さんよりも低い、あるいは血中リチウム濃度が低いほど認知機能(WMS-R、MMSEなどの神経心理検査で評価)が低いという結果となれば我々の仮説は正しいことになります。
また、開始時に認知症を罹患していない患者さんを半年おきに経過観察していき、認知症を罹患した患者さんと罹患していない患者さんの間で研究開始時の血中リチウム濃度を比較し、認知症に罹患した患者さんの方が血中リチウム濃度が低いことを確認する縦断的研究も行っています。
また、開始時に認知症を罹患していない患者さんを半年おきに経過観察していき、認知症を罹患した患者さんと罹患していない患者さんの間で研究開始時の血中リチウム濃度を比較し、認知症に罹患した患者さんの方が血中リチウム濃度が低いことを確認する縦断的研究も行っています。
〇リチウムと犯罪予防
微量なリチウムが衝動性・攻撃性を抑える効果をさらに確かめるため、犯罪率(刑法犯認知件数/人口×100)との関連を調査しました。九州の全274市町村を対象に、
犯罪の危険因子とされている他の社会的要因で補正した結果、水道水リチウム濃度が高い地域は犯罪率が低いことが明らかになりました(Kohno et al., BJPsych Open、2020)。これらの結果は、
リチウムが水道水に含まれる微量な濃度でも自殺や犯罪といった衝動的な行動に予防効果があることを示唆します。
〇リチウムと自殺予防に関する臨床研究
これまでご紹介したのは、いわゆる疫学研究でしたが、「リチウムと自殺予防に関する臨床研究」として、兼久雅之先生(現・県立精神医療センター)は、当院救命救急センターを受診した患者さんに協力をお願いし、自殺企図群は自傷群や対照群よりも有意に血中リチウム濃度が低いことを確かめています(Kanehisa et al., Psychopharmacology, 2017)。リチウムは微量でも抗自殺効果を有する可能性が示唆され、次のステップとして臨床応用を検討しています。
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