平成18年11月30日木曜日
京都地裁101号法廷
午前10時、何時もの様に正面の扉が開き裁判長・右陪席・左陪席、三人の裁判官が入廷して最終審理が始まりました。

何時もと少し違うところは被告代理人席に座っている政府関係者が三人ほど少かったのと、回を重ねる度に増えてくる書類を大きな鞄に入れてその書類を机の上に堆く重ね積んでいる光景は初めての裁判経験者にとっては、使わない書類まで持ってくるのは大変だなと感じていたが,結審までそれが続いていたのを見て、公の裁判は非効率だなと裁判を皆勤した老夫婦の感想です。
私たち護憲や戦争反対の立場の人間にとって悲しく感じるのは、約2年9回の公判で、イラク派兵訴訟の会を立ち上げる時と裁判所に訴状を持っていく時以外は、第一回・二回の公判時にはマスコミも法廷にちらほら姿を見せていましたが、後半はマスコミの取材が全く無く報道関係者専門の椅子がなくなったのは、マスコミも此の様な運動には関心を持たなく、日本の将来を案じさせ、あぁ歴史は繰り返すのかと思いました。
今回は開廷すぐに、お二方の原告の意見陳述。戦後生まれた若い方は。キリスト教の牧師の立場からイラクで多くの罪のない市民が犠牲になられていること、いかに自衛隊が戦闘に参加しなくても兵員や物資の補給は間接的に殺しの循環に協力している。だから明らかに憲法九条に違反しているかを訴えておられました。
もうお一方は、弁護士であって訴訟代理人にならず原告に加わった方の陳述がありました。
その中で私の心の中に残った内容を紹介します。

私の記憶の中では、日本と同様コスタリカは非武装中立を宣言している国家だと思っています。06年2月20日の京都新聞の中からコスタリカ政府ががイラク派兵したアメリカに付いて支持を表明した事に対して、ロベルト青年がたった一人で、「それは違憲である」と憲法裁判所に訴え提訴から一回だけの口頭弁論で裁判所は
「米国支持は違憲であり、指示の取り下げを政府に命じる」
と判決があり、コスタリカ政府は米国政府に支持の取り下げを申し入れ、アメリカはコスタリカをHPの「有志国連合リスト」から削除したこと。
【コスタリカの裁判制度は日本と違うので、資料の中から抜粋して張り込みますが、不鮮明なコピーですから文字は読めないかも知りませんが張り込んでおきます。】

裁判制度が違いますが、たった一人の青年が国家を動かせる。そしてその国家の政治家は信念を持って国家に尽くしていると云う、日本では考えられない荘厳さを感じました。
今朝もIAEAのエルバラダイ事務局長がテレビ番組の中で
「日本は非核を訴え戦い続けるべきだ」
とおっしゃっていましたが、一度武器を手にすると、どの様な国家になるか日本が良い見本だとつくづく感じました。
弁論の最後に4人の原告代理人の弁護士さんが、それぞれの角度からイラク派兵は如何に憲法違反か其れにより原告は「平和を求める良心」が傷つけられたか、京都訴訟で一番訴えたい「平和を求める良心」「生命権」「戦争をしない国家への信頼」について話されていた。
私のような庶民には難しくて分かりませんが、最後に弁護団長の弁護士さんは明治より現在までの裁訴の訟判例の中で、それが国家の方針ではないものでも、其れが法律に違反していないと判断された判例を挙げておられました。
第9回イラク派兵の審理の概略を書きましたが、いつも審理の最後に裁判長は次回公判の日時を小声で伝えていたのですが、今回の裁判長は吃驚する様な大きな声で判決は平成19年3月 日と告げられたのは少し驚いた。
裁判のことは全く分かりません。同じ負けるにも棄却と却下とは意味合いが違うそうです。来年春まで体調を整え原告として判決が聞きたいと思っています。


