
・行成の君は、
でも、どんな呪詛にも悲劇にも、
関係ないような明るい、
端正な容貌の殿方でいらっしゃる
しかし、態度が重々しく、
真面目でいられて、
趣味も地味でいらっしゃるから、
目立たない
前任者の斉信卿が、
かなりおしゃれな伊達男で、
派手な装いが似合われ、
また冗談もよくおっしゃって、
女房たちとふざけるのも、
お好きだったのに比べて、
かなり行成の君は、
「気ぷっせいな方」
という評判である
「とっつきにくい方ね」
という人もある
行成卿は、
お年は二十六歳だが、
お年よりは老成していられ、
座を賑やかすという、
ご趣味はないようである
また能吏として評判高く、
書では当代一人者といわれ、
学問もお出来になるのに、
歌が詠めない、
と人に思われていらっしゃる
実をいうと、
そこも私が、
行成卿を好きなところで、
私も歌を詠むのは苦手なほう、
とっさの頓智の歌なら、
得意なんだけれど、
名歌は得手ではない
しかし自分で詠めない、
ということと、
人の作った佳歌名吟を、
鑑賞する力がある、
ということとは、
別である
また女房たちの中には、
行成の君が左大臣殿(道長の君)と、
親しいのを憎む人もいる
しかしそれも私にいわせると、
左大臣殿はご自身が大物だけに、
行成卿のすぐれた資質を、
見抜かれたせいなのだ
そもそも地下びとだった、
行成卿を抜擢なさったのも、
才人の源俊賢卿だったけれど、
主上が、
「地下びとを蔵人の頭に?」
とためらわれたとき、
俊賢卿は力をこめて、
「これは得難い人材でございます
かかる者を打ち捨てておかれるのは、
天下のために不利と申すべく」
と奏上されたそうである
それほどの方だから、
左大臣殿も目をかけていられる
行成卿ははじめから私に、
「清少納言どの、
斉信に君に聞いていますよ
これからはよろしく
こちらへはしげしげと、
参上することになると思いますが、
お心安くしてください」
といわれる
役人たちはそれぞれ、
自分とウマのあう女房を、
探し当てて用事のある時は、
その人を介して奏上したり、
指図を仰いだりするのであるが、
この新任の頭の弁は、
まっすぐ私をめざして、
申し込んでこられたのである
ちょっと見は、
とっつきにくく見えるかも、
しれないが私は行成卿の、
誠実な重厚なご性格を、
すぐ見てとった
斉信の君みたいに、
打てばひびくという才気と違い、
熟慮断行というか、
軽々しいところはない
目は切れ長で澄んで生気があり、
鼻も唇も大きくいい形である
主上も行成の君を、
お気に入られてご信任あそばして、
いられるそうな
行成の君は、
取り次ぎの私がいないと、
局まで人を寄こして呼び立て、
あるいは里に下っていると、
手紙を寄こされたり、
ご自身でいらしたりする
「どうしてわざわざ、
ここまでいらっしゃいますの、
あちらに女房たちが、
いくらもおりますのに」
と私がいうと、
「いや、
そういうわけにいきません
私はいったんこの人と決めたら、
わき目もふらずという型の、
人間でしてね」
「窮屈ですこと
何によらず、
あり合わせで済ませ、
物にこだわらない、
融通無碍というのが、
大人のすることですわ」
私がからかうと、
笑顔になられて、
「生まれつきの性格は、
なおりませんね
改むべからずは心なり、
というじゃありませんか」
「あら、それじゃ、
過てばすなはち改むるに
憚ることなかれ、
という聖人の教えは、
どうなるんでしょう」
「まあまあ、
少納言どのと争っては、
負けてしまうのに、
決まってる」
などと楽しかった
私は行成の君と、
うちとけてつきあえる気がする
親を早くに失って、
苦労されたぶんだけ、
人にも暖かい思いやりがあって、
それは言葉の端々に匂う
中宮にも、
「やはり主上が、
お引き立てあそばすだけあって、
普通の人のようでは、
ございません
心ざま深い方でございます」
と啓上していた
「そのようね、
あの美しい字を見ても、
そう思うわ」
と中宮は行成の君の書に、
傾倒していられるようだった
行成卿は、
北の方との間に、
姫君も若君もいらっしゃるが、
浮いた噂はない方である
ただし女の容貌に、
いたく関心をお持ちでいられる
むろんそれは殿方の、
通癖だろうけれど
「少納言
お顔をいっぺん見せなさいよ
こんなに仲良くなって
そればかりじゃない、
ほかの人々は、
私とあなたはもう、
ただの仲じゃないとまで、
疑うくらい仲よしなのに、
まだ私に顔を見せてくれない
いつもいつも、
簾越しに会うなんて」
「いやよ、
わたくしはもう、
若くないんですもの
中宮さまの御前にも、
明るい昼間は恥ずかしくて、
夜だけこっそり出ていますの
不細工な器量、
お目にかけるほどのものじゃ、
ありませんわ」
「そうかな
経房の君は見ていると、
あなたの局の簾をあげて、
ずかずか入って、
いらっしゃるではありませんか」
「・・・あの方は、
まあ、弟のようなものですから」
「う~む、
則光がお兄さまで、
経房中納言が弟とすると、
私は年下の従弟、
ということにして下さい」
「頭の弁を従弟に持つなんて、
冥加があまりますわ
だけど、行成さまは、
どういう美人がお好き?」
「ま、私の好みからいうと、
たとえ目が吊りあがろ、
眉はおでこにくっつき、
鼻があぐらをかいていても、
ただもう、
口元がかわいらしく、
あごや首すじが清らかに美しく、
声がかわいい、
そういう人がいい
女性美というのは、
顔の下半分が元締めになりますねえ」
驚いたわ
私の顔を見てない、
なんていって、
どこからかこっそり、
ご覧になったに違ない



(次回へ)