・今は昔、
いつのころか侍ほどの身分で、
その名もあきらかでないが年の頃は三十ばかり、
背のすらりとした男がいた。
その男が盗みをして捕えられ、
検非違使に責め問われるままに不思議な身の上を告白した。
以下は男の話である。
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・あれは一昨年のことだったか、
夕暮れ、ふと通りかかった家の半蔀の中から、
手を出して招く者がいる。
「何かご用ですか?」
と寄っていくと女の声で、
「ちょっと申し上げたいことがございます。
その戸は押せば開きます。
それを押してお入り下さい」
という。
戸を押し開いて入ると、また女の声で、
「その戸を閉めてお上がり下さい」
と指図する。
いわれるままに簾の内へ入ると、
若い美しい女がにっこり笑っておれを迎えるではないか。
男としてはほおっておけない。
共寝をした。
家の中には誰もいなかった。
何だか怪しいな、とは思ったが、
おれは女の魅力に惹かれ帰ることも出来なかった。
日が暮れると門を叩く者がある。
おれが開けてみると侍のような男二人、
女房らしい女一人が下女を連れてやって来、
蔀を下ろしたり火を灯したりして、
うまそうなご馳走を銀の食器で食べさせてくれる。
おれは不思議でならなんだが、
腹も減っていたので食った。
相手の美しい女もおれと同じようによく食うんだ。
しかしそのさまは健康的で下品ではなかった。
食べてしまうと。女房らしい女がまた来て、
後片付けをして帰って行き、おれたちは再び共寝をした。
こんな風にして二、三日夢のように過ぎた。
といっておれは監禁されていたんじゃない。
女はおれに、どこかへ行く用事があるか、
と聞き、おれが、うん、というと、
「じゃ、行ってらっしゃいよ」
といい、馬を用意し、おれに小ざっぱりした着物を着せ、
供の者までつけて出してくれた。
この供の者たちの気が利いて使いよいことといったら、
帰ると馬も供の者たちもどこけともなく去って行った。
日々の食事をどこからともなく運んでくるさまに似ていた。
こうして二十日ほどが経った。
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・ある日の夕暮れ、
女はおれに黒い水干、袴と弓、などを与えて言った。
「これから蓼中御門に行ってそっと弦打ちしなさい。
すると誰かが弦打ちする。そしたら口笛を吹くのよ。
するとまた口笛で答える。
そこへ行って『来ました』とだけ言えばいいの。
その者に連れて行かれる所へ行って見張っているのよ。
手向かう者が来たら防ぐのがあんたの役目。
そのあと船岳へ行って獲物を分配するだろうけど、
あんたは決して取っちゃいけない」
言われたとおりにすると、
その場所には同じ身なりの者が三十人ばかりいた。
少し離れたところに色白で小柄な男がおり、
皆はその人に服従しているようだったから、
おれはそいつが頭目かな、と思った。
その他に二、三十人の手下がいた。
これらがもろとも京へ入って大邸宅へ押し入ったんだ。
略奪が終わり船岳へ行って分配が始まったが、
「おれは要らない、今夜は見習いだから」
といって取らなかった。
頭目らしい男はそれを聞いて満足そうだった。
めいめいは暗闇に散って行った。
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・おれが例の家へ帰ってみると、
湯を沸かし食事の用意がしてあり女が待っていた。
女への愛に心奪われて、
おれは押し込み盗人をいとわしく思う気持ちは鈍っていた。
それどころか、七、八度重なるうちに、
太刀や槍をとって家の中にも踏み込み、
われから進んで押し込みを働くようになった。
そんなおれを見て女は信頼したのか、
ある時、鍵を渡して、
「六角通りの北のこうこうした所に蔵があるの。
この鍵で蔵を開けてこれと思うものを荷造りして、
運び屋に運ばせなさい」
と命じた
行ってみると、その蔵にはぎっしり高価なものが積んである。
おれは欲しいものを運ばせそれを好きに使って、
一、二年はあっという間に過ぎた。
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・ある時、おれの腕の中で女は泣いていた。
どうしたのか、と聞くと、
「別れたくないけれど、いつかは来るんじゃないかと思うと・・・」
というじゃないか。
「おれが嫌いになったというのか?」
「そうじゃないの。
世の中ははかないものだから・・・
会うは別れのはじめ、っていうじゃないの、
いつかはあんたとも・・・」
おれは女の返事があまりとりとめもないので、
何でもない感傷だろうと思った。
おれはちょっとした用が出来て出かけることになった。
女に言うと、いつかのように供の者と馬をつけてくれたが、
出先で待たせているうちにいなくなった。
おれは胸騒ぎがして人に馬を借りて大急ぎで戻ってみると、
例の家はあとかたもなくなくなっていた。
いや、うそじゃない。
今度は蔵のあったところへもいってみたが、
それもかき消したように消え失せていたんだ。
どうなったんだ。
あの女はいったい何者だったのか。
変化の者か、魔物か、
一日のうちに家、蔵を消してしまうなんて。
手下の者たちもどこへ消えたのか。
おれは呆然として夢見る心地だった。
身すぎのため、やりつけた盗人を働くようになり、
こうして捕えられてしまった。
女の名?手下だった者の名?
知らぬ、おれは知らない。
おれはうそを言っているんじゃない。
ただ、今になって思い出すことが一つある。
盗人仲間が集まった時、少し離れて立っていた頭目が・・・
松明の灯影に見ると男とも思えぬ色の白い、
美しい顔立ちで、それが例の女にそっくりだったんだ。
もしかしたら、
と今もいぶかしく思うがそれを突き止めるすべもない。
京の街ではどんなことも起こり得る。
検非違使の侍たちも男の話にうなずき交わす。
男の長い告白のうちに京の夜は更け、
時鳥が王城の漆黒の空を啼いて過ぎる。
巻二十九(三)より