![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/09/ccf53f1f180ea0737fb96fbe8d9562d2.jpg)
・ややこつきの縁談なんか、
ややこしくて仕方がない
こうもつれてくるなら、
私は手を引かせて頂きます、
ということにする
電話を切って応接間へ行くと、
男の子はあくびをしている
「あくびなんかしている、
場合やないでしょっ!」
と私が一喝すると、
男の子は居ずまいを正し、
目を落としたままでいる
「名前は?
住所と親御さんの名をいいなさい
学生?学校はどこ?」
男の子はしぶしぶ答えた
そのへんもウチの息子たちの、
若かったころそのままである
学校を聞くと、
関西のお坊ちゃん大学で、
ウチの三男の後輩になる
「親父の名もいうんですか」
「当り前や!
警察行ったらもっときびしいで
自分のしたこと考えてみなさい」
「すみません」
「悪いことや、
とは分かってるんやろうね」
「分かってます
でも、ドアが開いていたから・・・
きれいなマンションやなあ思うて、
何の気なしに階段上ってみたら、
ドアの開けっ放しのとこあって、
おれね、
マンションなんか、
内部どうなってんのか、
知らんから・・・
ちょっとのぞきとうなって」
「それはよろし、
なんで上がってタンスまで開けるのん
その根性が許せません!
いつもこんなことしてるのん?
それとも金に困って、
金が要ることあるんですかっ!」
「いえ・・・
そういうことはないです」
青年は私の叱咤につられて、
間髪いれずに返事する
「あの、おれ、ただ、
いつもお袋のタンスこっそり開ける、
クセがあるよって
つい、同じように思て」
「同じやない!
家のタンスとヨソのタンスの間には、
百里の差があるもんです
普通の人間やったら、
そのへん、ようわきまえてるもんです
図体ばかり大きいなって、
幼稚園やな、まるで」
「すみません
親父にいうんですか?」
といちいち気にしている所が、
可愛くもないのだ
「今度だけ堪忍したげる
その代り、二度としたらあかんよ」
「はい」
「念のため、一札入れなさい」
「何て?」
「私は無断で家宅侵入し、
タンスを開けました
今後いっさいやらないことを誓います」
「それ、どうするんですか、
新聞にでも出すんですか」
「まさか
私が持っているだけですよ」
「なんや、
ほんならなんぼでも書きます」
と青年は緊張を解いて笑った
「学生証見せてごらん」
「はい」
青年は改札口で定期を見せるように、
素直にズボンの尻ポケットから、
映画の半券らしいものや、
ほかの紙くずと一緒に、
学生証を出した
確かに青年のものである
彼は、
応接間の低い大理石のテーブルに向かい、
私が出した万年筆と便箋に向かって、
私がいった通りの文句を書いている
「タンスのあとの文句、何やった?」
「今後は一切やらないことを誓います」
「あ、そうか」
見ると、
ペンの持ち方も変である
中指と薬指のあいだにはさんで、
書きにくそうに書いている
こういう持ち方をしているようでは、
文章や手紙が苦手というのは、
当り前である
ペンの持ち方さえ、
無茶苦茶なんだから、
字を書きたがらぬはずである
しかしその字たるや、
米粒のように小さく、
それを砕いてばらまいたという、
破壊された字なのだ
「ひどい字やねえ」
「そうですか?
すみません」
青年は私が彼の書いた誓紙に、
見入っているあいだ、
血のこびりついた小指をなめなめ、
割れた茶碗のかけらを、
絨毯から拾いあつめていた
そうして、
「おばさん、
ここ掃除機かけなくていいですか?
危ないけどなあ」
「かけなさい
廊下の向こうにあるから、
取ってきて」
「はい」
「そのへん、
やたらと開けるんやないよ」
「しませんったら、
もうやりません」
青年は私が堪忍してやる、
つもりになってることを、
機敏にみぬいているらしい
そのへんの機敏さが、
いまの若者の特徴である
青年は軽々と掃除機を動かしている
彼のさまは、
まるで親戚のおばさんの家で、
手伝いをしている甥っ子、
という感じである
本人はつじつまが合ってるつもり、
だろうが、まわりの大人は、
へんな気分になって、
首をかしげてしまう
それはあの、
ぼてれんのお嬢さんが、
ぼてれんの身で、
よその男と見合いし、
しかもその男の方が、
結婚したがっているという、
ややこしさに似通っている
全く今の若者はややこしい
「ついでにみな掃除しましょうか?
お詫びに何でもします」
「そんなら、
脚立持ってきて、
そこの天袋から箱を出してちょうだい」
「はい」
私は足元が危ないので、
脚立に上るのを自重していた
誰か来たら頼もうと思っていた
そのあと、
布団を乾燥機で乾かせたり、
トランクルームに物を、
しまわせたりする
体を使う雑用がいくつかあった
青年はいいつけた通り、
よく動く
「まだありますか?」
と青年はみなすませてやってきた
「ま、そこへ坐りなさい」
「はあ?」
「お習字を練習させたげます」
私は墨をすっている
これは高価な青墨ではなく、
ふつうのもの
「ああいう、
人間ばなれしたヘタな字を、
書いていては人格を疑われる
就職にもさしつかえます
ああいう字は、
コソ泥より悪いよ」
「ははは・・・」
「ここへ坐りなさい」
青年はあわてて筆を持つ
青年の名は泰くんというのである
泰くんは、
家でお袋に字を習うのであれば、
こうはおとなしくなかったであろうし、
私も自分の本当の孫や甥なら、
こう親切にしない
これでみても、
親類身内というものは、
あまり魅力がないとわかる
そうして私は、
コソ泥の代りに、
ボーイフレンドを見つけたのである
泰くんは、
月に一、二度、
お習字を習いにくるが、
若い子だから、
机の前にじっとしてるのをいやがり、
「おばさん
散歩に行きましょう!」
と誘いだすのである
親類のおしゃべり婆がくると、
逃げ出す私が、
泰くんが来ると、
小春日和の町へくりだすのである
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/car2_pat.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/car2_pat.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/car2_pat.gif)
(了)