・私が海上自衛隊で接した左官・将官は、
たいへんすてきな紳士たちだった。
旧帝国海軍の士官だった人たちで、
率直であっさりしていて、
インテリジェンスがあって洗練された中年紳士ばかりである。
世間知らず、という世評もあるが、
少なくとも私としてはえせ文化人のいやらしさや、
金もうけしか考えない実業家などに比べて、
海風のようにさわやかな印象であった。
それは彼らと私が時代を同じくして、
(私のほうがちょっぴり後輩である)
生きてきた人種であるから理解できるのであろう。
しかし彼らはすでに四十代後半から五十半ばの年輩である。
海兵六十期後半から七十期前半の卒業生たちである。
そしてトップクラスの将官たちは、
次々と勇退してゆく年ごろとなる。
彼らが順おくりに昇進し、勇退したあとは、
純粋に戦後生まれの防衛大学出身者がトップとなる。
すでに防衛大の一ばん上が三佐までいっているから、
あと七、八年でトップクラスは防衛大出身者で占められる。
これは問題である。
当然の帰趨であるが、注目すべきことだと思う。
いまのトップクラスは終戦のとき、
せいぜい大尉で、小中尉クラスが多い。
歴戦の勇士であるが、
敗戦という挫折を経験し、
世界に冠たる帝国陸軍の落日を見た人たちである。
Z旗の堕ちるのをみた人の目を信じてもいいと思う。
彼らがいるかぎり、暴走の歯止めになりうる気がする。
防御抑止オンリーという、
武力における変則的なアンバランスを保ちうる、
唯一の「時代の証人」だと思う。
しかし純粋戦後っ子の防衛大生がトップになったとき、
そのときはどう変わるか、
誰も予測できない。
私は武力の本質にたちもどって、
攻撃と防衛という本来のバランスを取り返すのではないか、
と危惧する。
もはや歯止めになりうるものは何もないし、
誰もいない。
いまの将校たちは、
営外に出るときは、平服に着替えて出ていく。
そして社会の人の中へ入りまじり溶け込むのである。
しかし、将来、実戦も挫折も知らない世代の将星たちは、
もはやユニホームをプレーンに着替える気持ちの陰影も、
理由も持たぬであろう。
戦中派の迷妄といえばそうだが、
金筋、星、桜、イカリ、翼、サーベルが、
町に氾濫するのではあるまいか。
遠からずそうなりそうな気がする。
自衛隊の社会的ウエイトが重くなり、
優秀な子弟が送りこまれ、装備が充実した場合、
自衛隊の紳士たちは変貌せざるをえない。
その意味からいっても私は、
むしろ自衛隊の位置はいまのままのほうが賛成である。
幹部や自衛隊員は不満だろうが、
日かげものめいた、継子扱いのような自衛隊の位置が、
かえって社会の正常な発展からいくとのぞましいわけである。
何となれば、日本はあまりにも過去の、
軍国主義の悪しき遺産が多すぎるのである。
負債は返却しつくされていない。
堕ちたZ旗をとむらう時間は、
もっとたっぷりとられなければならない。
日本はなおしばらく、
苦役の時代を堪えねばならないと思う。
あまりにも早く復権した軍事力は、
外国から色メガネで見られても仕方がないと思う。
過去の亡霊はいまだに尾を曳き、
東南アジアや中国の土地のそこここにこびりついているのに、
日本の中で、自衛隊に大きな場を与えることはできない。
まして海外派兵とは言語道断であろう。
もしそれが自衛隊を動かすトップ、
(この場合は自衛隊自身のトップではなく、国防会議や内閣である)
の本音であるならば、
我々は自衛隊を持つこと自体、
断固拒否すべきである。
それから歴史は再びくり返すものであり、
あめが下にも新しきものなし、
と信じている私にしてみれば、
再び天皇と右翼と軍隊が結びつかぬとは、
どうしても保証しがたい気がする。
我々はその通路をたつべく、
たえず見張るべきだと思う。
最後に、率直に私の意見をいうならば、
私は一切の武器をもつことに反対であり、
戦うことに反対である。
私はどんな場合でも殺すよりは殺されるほうを選びたい。
しかしながら土壇場になった場合、
本能的に苦しまぎれの抵抗をしないとは言い切れない。
生きのびようとするとき、
人は苦しまぎれの悪事をする。
そして、いま世界の大国エゴイズムは、
小国を土足で蹂躙するようなあらわな侵攻によらないまでも、
目に見えない圧力でたえず侵犯しようとする。
小国は小国なりに苦しまぎれに抵抗せずにはいられない。
もし、自衛隊の存在が許されるとすれば、
まさしくその点にしかなく、
それゆえに、私はやはり、歯切れ悪くとも、
「自衛隊」とか「警備隊」とか呼びたい。
軍隊という名はその本質に反すると思う。
舞鶴の青い海を見ながら私の考えたのは、
次のようなことだった。
「武力を保つには節操はいらないが、
節操を保つには武力がいる」
しかし、ほんとうは、
人間が人間をそこなうことは、
どんな理由があっても許されてはならないのである。
(了)