むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

13、カンボジアに何が ⑦

2022年08月08日 08時25分39秒 | 田辺聖子・エッセー集










・ポル・ポト軍に仏教徒はいなかった。
彼らは仏教を信じないだけではなく、
宗教をみんな否定するような教育をされていた。

坊さんは殺され、
あるいは黄衣を剥いで還俗させられ、
奴隷のような重労働を強いられた。

1979年1月、ポル・ポト政権が崩壊したあと、
日本人ジャーナリストたちも、
西側記者団と共に続々と取材に入国する。

早い人は3月、おそくても5月に入国して、
白骨の山となったカンボジアを見る。

痩せこけた老人と寡婦と子供ばかりの国になっていた。
男の姿は極端に少なかった。

民衆は何年ぶりかで見る外国人記者団を、
むらがってとりまき、
てんでに自分たちの身の上に起きたことを、
訴えようとする。

肉親や友人、知人の非業の死、
目の前で虐殺された夫や子や兄弟のことを、
語ろうとする。

ベトナム軍とヘン・サムリン軍が、
ポル・ポト軍を制圧するのがもう数日遅ければ、
自分は処刑されていたと語る人のなんと多いことか。

生き延びられた、
助かってよかった、
といいながら、肉親が虐殺された傷跡は、
生涯消えない。

話すうちに涙で声をつまらせ、言葉にならない人。
いたいたしいほど栄養失調の子供たち。

記者はそれらカンボジア庶民の証言をつづり、
カメラマンは写真をとった。

私は1983年10月現在、
次のような本を手に入れた。

読売新聞の小倉貞男氏、
朝日新聞の井川一久氏、
報道カメラマンの中村梧郎氏らの、
ご示唆によるものであった。

また前カンボジア大使であられた、
栗野鳳氏からもお便りをいただいた。

私は政治レベルでこの虐殺のことを語りたくない。
大国の政治路線に遠隔操作されて、
真実を歪めたくない。

私は以前「女の子の育て方は」「女が働くということ」
などについて書いたが、
私はそれらもカンボジアの虐殺も、ともに同じ、
人間の尊厳、人間の幸福という基盤で見たいと思う。

人は愛や自由なくして生きられない。
私はソ連にも中国にも同調するものでない。

人間の尊厳と自由と愛をたいせつに思うから、
カンボジアの虐殺について知りたい。

それゆえ「女の子の育て方」を、
お読みになるのと同じように、
読者の方も次の本に関心をお持ちになって下されば、
と願っている。

☆井川一久・武田昭二郎 「カンボジア黙示録」(田畑書店)

☆本多勝一 「ベトナム・中国・カンボジアの関係と社会主義を考える」
(朝日新聞社)

☆細川美智子・井川一久 「カンボジアの戦慄」 (朝日新聞社)

☆石川文洋 「大虐殺」 (朝日ソノラマ)

☆小倉貞男 「インドシナの元年」(大月書店)

☆中村梧郎ルポ・写真 「この目で見たカンボジア」 (大月書店)

☆小倉貞夫・文、宮川睦夫・写真 「アンコールワットへの道」
(読売新聞社)

☆大石芳野 「女の国になったカンボジア』(潮出版社)

この中でとりあえず細川さんの本を紹介しよう。

恐怖のポル・ポト時代を生きのびた日本女性は、
内藤泰子さんだけかと思っていたが、
内藤さんにおくれること5ヵ月あまりのち、
地力でベトナムまで「出てきて」細川さんは生還する。

私は寡聞にして細川さんのことを知らなかった。

彼女の体験は、内藤さんのそれより、
はるかになまなましい恐怖にみちている。

しかしそれは特殊なケースではなく、
さまざまな民衆の証言と同じく、
ごく普遍的な体験である。

さらにいえば内藤さんの体験も、
真実は細川さんに劣らず苛烈であったらしいが、
本になったとき、ある方面からの政治的圧力で、
かなり書き矯められたらしい疑いがある。

細川さんはカンボジア人の夫、ゴー・ホン・ブー氏と、
二人の息子と共に、1975年4月、
他の市民と同じようにプノンペンを追われる。

夫は情報省のテレビ局長だった。

プノンペンから30キロ離れた村へ、
さらに移動して9月にカンポット州の村に移住させられる。

ジャングルの中の貧しい村だった。

都会出身者には辛い労働で、
木を切り倒し根を掘り返して整地して家を建て、
慣れぬ農作業に従う。

家と家は、離して建てなければいけなかった。

新人民(都会から追い出された人)たちが、
壁ごしにささやきあったりするのを禁止するためだった。

旧人民(以前からポル・ポト政権下にあった地方の人々)は、
いつも新人民を監視していた。

家族の対話も、彼らがたえず盗み聞きしているので、
警戒しなければならなかった。






          


(次回へ)

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