・そんなわけで、
再び御前へ上がった私は、
気を取り直したというか、
前にも増して活力にみちていた
中宮は、
兄君の伊周(これちか)の君、
弟君の隆家の君が帰られて、
左右からひしと中宮を、
守っていらっしゃるせいか、
お心も安らぎを取り戻された
また内親王が可愛いさかりであり、
主上もお近くにいられることとて、
お幸せのさかりというご様子だった
経房の君が、
早速、職の御曹司を、
訪れて来られ、
「『春はあけぼの草子』は、
かなり出来上がりましたか」
「あら、
そのままですよ」
「私はまた、
あの草子を完成させるため、
宿下りをしていられるものと、
ばかり思っていました」
経房の君と交わす、
世間話は何より面白い
「ほら、
あの宣考(のぶたか)、
というのがいますでしょう」
「ええ、
例の御嶽参りのお話で、
有名な」
と私はいった
宣考という人は、
吉野金峯山の金剛蔵王権現に、
お詣りするのに、
派手な身なりで詣って、
「あれは何だ
神をおそれぬ奴め」
「なあに、売名さ
あいつ、年ほどにもなく、
目立ちたがりなんだよ」
などと世間を沸かしたもの
この人、今、四十七、八くらい
私も宮仕えするようになって、
それとなく見たことがあるけれど、
なかなかの美男で恰幅よく、
とてもその年齢に見えない
何より表情や身ごなしが、
若々しい
左大臣(道長の君)派と目されている、
一派の中でも利け者で、
左大臣のおぼえもめでたいそうだ
それに女房たちにも、
評判がいい
石清水臨時祭の舞人に、
されたりしている
御嶽まいりの話というのは、
すべてこの御嶽精進する人は、
どんなに身分の高い人でも、
質素な浄衣姿に身をやつし、
潔斎して欲望を断ち、
身をつつしむものである
それを宣考は、
「つまらんことだ
浄衣を着てまいったって、
ご利益があるもんか、
権現さまも、
『粗末な身なりでまいれ』
とおっしゃったのでもあるまい」
と放言して、
人目をうばう派手な身なりで、
お詣りしたという
その話は、
私がまだ家にいたころだから、
八年ほど昔の正暦元年ごろだった
則光が話してくれたものだった
そんな型破りをする宣考は、
決して若くはなく、
すでに四十は越えていた、
というから私の心を惹いた
私はそういう、
目立ちたがりの男や女に、
興味を抑えきれない女である
目立つことの嫌いな則光は、
「臭え野郎だ
ハッタリだよ」
とけなしていたが、
私は爽快に思われたのだった
宣考という人は、
日常がいつもそんな風で、
物にとらわれないで、
窮屈なことがきらい、
しかし左大臣どのは、
そんなところもお気に入りだと、
聞いたことがある
どんな神仏の罰を受けるか、
みんななかば好奇心、
なかば畏怖の念で見ていたら、
世間の予想に反して、
三ヶ月ばかりして、
筑前守に任じられて、
かえって出世してしまった
世間では、
憎む人、支持する人、
大いに評判になった
それで宮仕えしたあと、
よそながら私も、
宣考に注意を払って見、
(なるほど、
あの人ならやりかねないわ)
と思ったのだった
「宣考が、
越前守の娘を妻にしたがっている、
という話ですよ」
経房の君はいわれる
「でも、
あの娘はまだ越前に、
いるんではありませんか?」
私はしばらく、
越前守に赴任した、
為時ゆかりの人の家を借りて、
隠れ住んでいたから、
おぼえていた
国司の任期は四年である
「あれは三年前のことでしたわ
それならまだ都へは、
帰れないんじゃありません?」
「いや、
娘だけは帰っているようです
あるいはもう通い初めて、
いるかもしれない、
宣考は」
「へえ、あの人、
宣考と結婚したのですか、
あの人も若くはないでしょう、
けれど親子ほど年は違うでしょう?」
「ええ、
でも宣考が言い寄った、
というので、
為時の娘はかなり世間の女たちに、
うらやましがられている様子、
いや嫉まれていると、
いったほうがいいかな」
私が越前守・為時の娘を、
「あの人」といったのは、
前にも経房の君に、
彼女の歌を教えたことがあるからだ
<めぐりあひて
見しやそれともわかぬ間に
雲がくれにし夜半の月かげ>
宣考という「目立ちたがり」
の陽気な伊達男と結婚した彼女は、
どんな女なのだろうか
「人から聞いた話ですが、
その娘は物語が好きで、
自分でも書くのだそうですよ
京極殿のご婦人がたのあいだで、
ちょっとした評判で、
読んだ人も多いようです」
「物語を・・・
読んでみたいものです」
私はおおいに興趣をそそられた
才たけた女がいると聞くと、
競争心をあおられる
経房の君は、
手に入ったら持ってきましょう、
と約束して下さった
京極殿というのは、
左大臣・道長の君の、
お邸である
(了)