![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/13/dd/d3e4469b5bffd38e778b683adcdf29e9.jpg)
・日本のホテルなら、
タクシーは乗りやすいが、
パリではタクシーは実につかまえにくい。
まだ春は浅いので、パリの風は冷たく、
アメリカ人観光客は毛皮を着ている。
吹きっさらしのホテルの前で何十分も待って行列してるが、
タクシーはなかなか来ない。
街を流しているタクシーもつかまえにくい。
たまに停まってくれたかと思うと、
横の座席に犬を乗せていて、
うしろにせいぜい二人、
それ以上乗ろうとすると、
「ノン」といわれてしまう。
日本のタクシーみたいに、
横へ二人、うしろへ三人、なんて乗せてくれない。
ホテルはマイヨー門のちかくで、
メトロの駅もつい、そこであるから、
タクシー乗り場でしびれを切らして、
とうとう地下鉄に乗る、
といったこともたびたびである。
ロンドンの地下鉄もわかりやすいが、
パリもそうむつかしくなく、
早くてずっとよい。
それで、案内役の青年が連れ歩いてくれる時は、
よくメトロを使った。
彼は日本からパリへ勉強に来て、
「ミイラ取りがミイラになった」そうである。
フランス女性と結婚したばかりで、
「うちのフランソワーズが、うちのフランソワーズが」
と口ぐせにいう、やさしい好青年である。
ムッシュ・フランソワーズは、
私たちがパリの赤提灯を探索したいというと、
少し困惑気味であった。
そういうのに該当するところは考えつかない、
というのだ。
「屋台はおまへんか、
こう、カキを割ってすぐ手づかみで食べられる、
というのを写真で見ましたが」
カモカのおっちゃんは熱心にいう。
四月の声を聞くと、カキは少し遅く、
「屋台、屋台ねえ・・・」
ムッシュ・フランソワーズは必死に考え込む。
彼の話では、
ギリシャ料理とかアルジェリア料理とか、
そういう店に、そんな感じの店が多いということである。
私は、
「フランス料理を食べさせる安い店」
と注文したのだ。
労働者がふだん食べている料理と、
ワインで以て安直に食べられる、
そんなところを想像したのであった。
そういう私の頭にあるのは、
国道沿いの大衆食堂、
運転手の行くような店、
いうならフランス映画『ヘッドライト』に出てくる、
運転手の行く安食堂である。
日本にも、
長距離トラック運転手向きの食堂があるが、
べつにそれでなくても下町には、
安直な食堂がある。
私の家の近くの伊丹市場の中のうどん屋も、
市場従業員や、近くの労働者にとって、
たいへん便利な店である。
うどんそばの類はもちろん、
どんぶり物から、味噌汁、おかず、
漬物のたぐいまでそろっている。
そうして、おかずはガラスケースに一皿ごと入れられて、
しめさば、塩さんまの焼いたの、トンカツ、煮魚、
いわしのフライ、なんかが並んでいて、
好きなのを指して取ってもらうことが出来る。
トマトを輪切りにした一皿、
大根おろしにちりめんじゃこをかけた一皿、
漬物の一皿、
などという、日本料理が並んでいて、
何を見ても美味しくみえる。
ごはんは大盛り、中盛り、小盛り、とあり、
二百円もあれば、バランスのとれた昼食が出来る店。
夜はそこで安い酒やビールが飲める。
雨が降るとか休みの日は、
朝からおっさんが、焼肉なんかでビールを飲んでいる。
そうして赤い顔をして、
「休み、ちゅうのは、
何してええか、わからんもんやな」
とおかみさんに話しかけたりし、
おかみさんも忙しいからろくに返事もしない。
おっさんは一人でしゃべり、
一人で返事して、合間に一人で笑い、
誰かに相手になってもらいたそうに、
ぐるりを見わたす、そういう店である。
そういう店が日本の都会の下町には必ずある、
そういうところを見たいのであるが、
そんなややこしいのはパリにはないらしい。
むしろそういうのに当る店は、
「喫茶店になります」ということであった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/drink_bottlebeer.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/drink_bottlebeer.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/drink_bottlebeer.gif)
(次回へ)