・法事は、
近所の仕出し屋でとったりして、
どうやらすませたのであるが、
「世間の年よりは、
法事を楽しみにする」
というのがまた気にくわない
たのしみにしない年よりもいるのだ
それからして、
お茶をならう、
わび、さび、などというのもきらい
お花は四季の花を、
玄関や床の間に飾れるから、
習っているが、
お茶なんかはしんきくさい、
わびさびといわれても、
カビの種類ぐらいの気がする
向かいのビルの医者へ行った
定期的に血圧をはかってもらっている
ここの医者は親子でやっていて、
曜日によって、
老先生だったり若先生だったりする
私は何か病気をしたとき、
診てもらうのは、
老先生のいるときにする
頼りにならない若僧なんか、
アテにならない
しかし血圧を計るぐらいなら、
若僧でも間に合うであろうと、
若先生のいる日にいってみた
若先生はさわやかな男前である
「大丈夫ですよ、
おばあちゃん」
と大川橋蔵みたいな若先生がいうと、
「おばあちゃん」も、
不快にひびかない
大川橋蔵先生は、
やさしい口調で、
「おばあちゃんは、
一人暮らしやそうやから、
気をつけなあかんよ
ちょっとでも具合悪うなったら、
すぐ来てくださいよ
電話でもええ
ウチは往診せえへんのやけど、
年よりの一人暮らしは別や
市役所からの連絡は来ますか?
交番のおまわりさんとも、
心安うなっとくほうがええね」
などと、
脈をとりながらいってくれる
この先生にいたわられるのは、
気持ちがいいので、
私も反発せず、
「はい・・・はい・・・」
とにこにこしてうなずく
「子供がねえ、
たくさんいますのに、
誰も寄りついてくれないんです・・・
先生」
と私は知らず知らず、
辛そうな声をふりしぼり、
大川橋蔵先生はうなずいて、
「今日びはみな、
忙しいからねえ・・・
しかしみな心の底では、
おばあちゃん心配してはりますよ
気にかけてくれはりますよ」
と慰めてくれる
「大丈夫ですよ、
おばあちゃん、
あんたどこも悪くないから、
いつまでも元気でいられる
年にしては達者ですよ」
人のいい先生は、
けんめいに私を力づけてくれる
当り前や、
達者すぎるくらいや、私は
そのあと西宮へ出て、
駅前の天ぷら屋で、
天どん定食を食べる
上と並があり、
何を迷うことあろう、
上をとって大ぶりの車海老、
かるやかにパッと揚がったのが、
熱いごはんの上にのっている
タレも申し分なく、
たっぷりの漬物と、
おすましのおつゆで、
満足してひと粒のごはんも残さず、
食べた
めでたい限りの食欲、
いつまでこうしておいしいごはんを、
頂けるやら、
先の短い私にこそ、
「上」の定食を食べる資格があるのだ
先の長い孫たちや、
息子や息子の嫁なんかは、
インスタントや「並」でいいのだ
おなかへご馳走が入って、
足どりにも力が出、
そこからバスに乗って山手の、
画塾へ行く
タクシーに乗るのは、
無用の費えである
私は贅沢はしても、
浪費はしない
バスはちゃんとタクシーと同じように、
体を運んでくれる
絵が好きなので、
友人や先生と絵を描いていると、
全くこの上ない気晴らし、
手を動かすということは、
つれづれが慰められていいものである
先生は六十くらいの男性で、
少し浮世ばなれた人で、
絵にしか関心のない人である
だから私のトシにも関係なく、
うまく描けると、
夢中でほめるし、
下手だとわき目もふらず、
指導してくれるのである
画塾からまたバスで町へ戻り、
長男の家へ寄った
嫁一人が留守番をしていて、
茶の間のテレビがついている
「今まで大掃除して、
庭の手入れもして、
やっとホッとして坐ったところ・・・」
と嫁は弁解がましくいい、
私にお茶を汲んで出す
「おや、
あんたとこも、
このドラマ見てるの?」
それは嫁姑の闘争ドラマで、
姑が新時代の嫁にいつも、
いい負かされ悔し涙をのみこむ筋で、
ドラマの中では姑はむしろ、
儲け役になっている
見る人の同情は姑に、
あつまるからである
「私ゃ、
こんなジメジメしたドラマ、
腹が立ってきらいやな」
「ええ、
私もきらいですわ
きらいなもん見たさに、
つい見るけれども」
と嫁がいい、
珍しく意見が合う
尤も私がきらいというのは、
いつも悔し涙をのみこんでいる、
姑がふがいないからである
見るともなく二人でテレビを見ていると、
とつぜん電灯が消え、
昔風な家だから採光が不十分で、
昼間なのにひどく暗い
「おや、停電かしらね」
「あ、ヒューズがとんだんですわ
この頃よくとぶんです
・・・さあ困った、
どうしようかしら」
嫁は周章狼狽というていである
「今日はパパも男の子も帰りが遅いし、
電気屋さんはすぐ来てくれないし・・・」
といいながら、
電話をかけようとする
「ちょいと、
電気屋さんへかけるの?」
「はい」
「ヒューズぐらい、
よう修繕せんの?治子さん」
「電気なんか、
こわいやありませんか」
「何をアホなことをいう
道具持って来なさい、
脚立ももっといで」
私は老眼鏡をかけて、
よっこらしょと立ち上がり、
懐中電灯を下から嫁に照らさせて、
こちょこちょと触い、
しばらくしてパッと電灯をつけさせた
一人暮らしは、
こういうことにも強くならないと、
人をあてにしてはやっていけない
嫁は面目を失った顔で、
「お母さんは電気に強いんですねえ
メカにも強いですか?
私のカメラにフィルム入れて頂けます?」
「どんなカメラやのん?
持っといで」
嫁の出したのは、
ごく普通のワンタッチカメラである
私は前のフィルムを抜き取って、
新しいフィルムを入れ、
何気ないさまでつぶやく
「カメラにフィルムも入れられなくて、
よく子供が生めたもんだ」
「え?何かおっしゃいました?」
といい、
嫁は嫁で、
「ほんまに、
けったいな婆さんやわ」
とごちているようである
「え?何かいうたか?」
「いいえ、ほほほ・・・」
ふふふ、と私たちは、
仲良く茶をすすりあい向き合っている
(了)