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・浮舟は思い悩んでいる
(薫さまは、
あてつけていらした
どうやってお知りになったのかしら?)
自分は、
薫の君に捨てられ、
人に後ろ指さされ、
人でなしとして落ちぶれるのだ、
といよいよ思いつめているところへ、
右近が来た
「どうしてお手紙を、
お返しになります?
縁起でもございません
手紙を返すのは、
縁切りのときだと申します」
右近は不審に思い、
使者に渡す前にそっと、
手紙を見たのだった
手紙を読んだことはいわずに、
「ほんとに辛いことになりました
これはどちらさまにもです
薫の君さまは、
事情をお察しになったのでしょう」
浮舟はものがいえない
まさか右近が手紙を見たとは、
思えなかったので、
薫の事情を知る誰かが、
右近の耳に入れたと思った
誰が?と思うが、
聞く勇気もなかった
浮舟は、
宮との秘密を世間のみなが、
知っているような気がして、
いよいよ肝がちぢむ思いである
宮とのことは、
自分から意志したことでは、
なかった
浮舟にとっては、
不可抗力の運命だった
右近と侍従が、
浮舟を力づけようとというように、
話す
「何よりも、
くよくよお嘆きなさいますな
物思いにやつれてしまわれては、
何にもなりません
あんなにお母上が姫君のことで、
お心を砕いていらっしゃいますのに、
そしてまた乳母が、
一生懸命お移りの支度に、
騒いでおりますのに
宮さまはそれより先に、
迎えると仰せでございますが
薫の君さまか、宮さまか、
どちらかお一人にお決めなさいませ
宮さまも、
ご愛情が薫の君さまより深くて、
宮さまにおなびきになるのも、
よろしゅうございましょう」
侍従も口を出して、
「宮さまのあのご情熱に比べたら、
薫の君さまのほうは・・・
しばらくはお身を隠されても、
宮さまをお選びになったほうが、
と私は存じます」
侍従はかの逃避行の二日、
近々と宮のおそばにいたので、
宮にすっかり魅惑されたものだから、
そういい募る
右近は冷静であった
「どちらを選ばれるにせよ、
私は姫君がご無事で、
お幸せにお過ごしになられるよう、
初瀬や石山の観音さまに、
願をかけているので、
ございます
どうぞ不祥事の起こりませんように
大体この山城や大和の、
薫の君のご領地の人々は、
みな内舎人という者の縁者ですから」
右近は世故長けているので、
世の中の情報にも明るい
内舎人というのは、
中務省という役所に所属し、
内裏の警護、貴人の護衛に当る
四位五位のいいうちの子が選ばれ、
帯刀を許されている男たち
「その内舎人の婿の、
右近の大夫という者をかしらに、
このあたりの警備をお命じに、
なっています
無分別な田舎者たちが、
宿直をしています
どんな無礼を働くか知れません
この前の宮さまのお出まし、
ほんとに恐ろしゅうございました
宮さまは人目をはばかられて、
ひどく粗末なお姿で、
忍んでこられました
もし、あんな乱暴者が、
見つけたりしたら、
大変なことになるところで、
ございました」
浮舟はそれを聞きながら、
右近も侍従も宮を話題にするのは、
自分が薫より宮のほうを愛している、
と思っているのではないか
あれこれ考えると、
浮舟は途方に暮れてしまい、
(死んでしまいたい・・・
わたくしは)
と突っ伏してしまった
右近はあわてて慰める
「そうご心配なさいますな
こういう関係は、
世の中に間々あること
深刻にお取りにならないで下さいませ」
事情を知って心配しているのは、
右近や侍従だけであった
浮舟の乳母は上機嫌で、
京へ移転するために新調した、
晴れ着や染め物に夢中である
「お姫さま、
どこがお悪いというのでもなく、
臥せっていられるのは、
物の怪などがご幸運を、
邪魔しようとするかもしれません」
と嘆いていた
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(次回へ)