「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

20、子供時代 ①

2022年05月29日 08時05分20秒 | 田辺聖子・エッセー集










・子供のころのことを、
大人は忘れるというが、
私はわりあい覚えているつもりでいた。

「私の大阪八景」という小説を書いたとき、
子供時代のことはノートも日記もなく、
もっぱら記憶に頼ったものである。

書き出すと次々記憶がよみがえってきて、
不自由はしなかった。

幼児期、小学一年から六年、
それぞれに思い出があざやかなのも面白い。

そんなわけで、私は友人たちから、

「よう覚えてはるねえ。
あたしら、忘れてしもたわ」

というのを聞いて、得意であった。

「なんでや、いうたらな」

と私はいばっていった。

「あんたら、結婚して子供持ってるさかいや。
そんな人は頭がアホになるねん」

「なんやて?結婚したらアホになる、て」

と友人は聞きとがめたが、
元々気のいい女なので怒りもせず、

「なんでやの?なんでやの?いうてえな」

「それはね、
子供を育てるということは現在に生きることやさかいや。
過去の自分より、現在の自分の方が切実で、
存在が大きいさかいね。
しかも女にとっては、子供は単に子供やあれへん。
自分そのものや、分身なんてものと違うやろ」

「そやそや」

「自分が現在、子供になって生きとんのに、
過去の自分の子供時代なんか思い出せますか。
はるかかなたにチリ煙のごとく、
かすんどって当り前です」

「そんなもんやろか」

「現在の我が子のことだけが大きいに広がって、
あとはおぼろ・・・です。
一種の真空状態やさかいね、
これをしも、アホという」

「そうかいなあ」

と人のいい友人はうなずいているが、
思えば未婚時代の私は、
人のいい連中ばかり集めて、
気炎をあげ、煙にまいていたものだ。

さて、そういう私自身、
一生結婚しないつもりでいたのに、
(つまりアホにならぬために)
どんなもののはずみか、
ある男性とよもやま話をしているうちに、
話題が結婚式のことにうつり、
二人で一般の風潮が華美になったのを嘆いていると、

「どんな結婚式が望ましいですやろか?」

と彼は聞いた。

「さあ、人生、なんでも簡単なんがよろしのん違いますか」

と私は答えた。

「そんなら、式なしで一緒に棲むのがよろしか?」

「まあ、やっぱり、
区切りはつけたほうがええのん違いますか。
周囲(はた)の人が挨拶するとき、困りますやろ」

「そら、そやね。
ほんなら労働会館でも・・・」

「小さな教会の方が安上がりちゃいますか」

「よろし、ほな、行きましょう。
ええところあります」

「ちょっと待ってください。
誰のことですか?私、一般の話してますねん」

と私は狼狽したが、
あっという間に私は気がつけば亭主を一人と、
子供四人を持つハメになっていた。

なんとなれば、
彼は四人の子供とワンセットになっているからである。

で、私も、ついつい、アホの仲間入りをしたわけであるが、
こうなってみると、自分が子供のころを覚えているというのは、
ごくごく表面的な、かいなでの部分にすぎないことがわかった。






          


(次回へ)

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