<有明の つれなく見えし 別れより
暁ばかり 浮きものはなし>
(空には有明の月が
つれなくかかっていた
あなたのそばにもっといたかったのに
明ければ帰らねばならない世の習い
ぼくは心を残して帰った
あの日からというもの
ぼくにとって暁ほど
せつなく辛いものは
ないようになったんだ)
・「つれなく見え」たのは、
有明の月だけではなく、
女もそうだった、という。
『古今集』巻十三の恋の部にあるが、
この歌の前後は、
逢えない恋や女のつれなさを恨む歌が並んでいる。
それゆえ、ここは女に会えず、
あるいは女につれなくされて帰った、
その時から暁がうらめしくなったというものである。
壬生忠岑は41番の「恋すてふ・・・」の作者・
壬生忠見の父である。
当時の有名な歌人で、
『古今集』撰者の一人であるが、
下級官吏であったため、詳しい事蹟はわからない。
九世紀後半~十世紀にかけての人。
生涯微官に終わったが、
勅撰集に入った歌は多く、
歌人としての名を得て千年の命を保つことになった。
忠岑の歌としては、
「風吹けば 峰にわかるる 白雲の
絶えてつれなき 君が心か」
(風に吹きやられた白雲が峰でちぎれて絶える。
そのようにあなたの心も私から離れてしまった。
ほんとに無情なあなたよ)
この歌はしらべも気高く、
それでいてリアリティもあって、
『古今集』中の名歌といっていい。
少なくとも「有明の」歌より は、
私はこちらの方が好きである。
忠岑には理性味の勝った歌も多いが、
もう一つ、いかにもみずみずしい恋の歌。
「春日野の 雪間をわけて おひいでくる
草のはつかに 見えし君はも」
(春日野の雪のあいだに生い初めた若草のように、
ちらりと仄見えた恋しいあなたよ)
奈良の春日大社のお祭りに忠岑は出かけた。
祭りの見物に来ていた群衆の中に、
美しい女がいた。
忠岑は心おどらせてその女の家をさがしあて、
贈った歌がこれである。
忠岑の若い日の恋であろうか。
(次回へ)