・伯父君・朱雀院を見舞った夕霧に、
院は問われた。
「いくつになられる」
「は、二十歳には、
もう少しばかり・・・」
夕霧は頬を染めて答えた。
「太政大臣の姫と結婚して、
身を固められたそうだね」
「はい」
「ここ何年か、
その姫との縁談がこじれた、
というので気の毒な、
と思っていたが、
めでたく納まって結構であった。
これでひと安心というものの、
私も姫御子を持つ身、
うらやましいような、
ねたましいような思いだ」
院はいわれる。
(どういう意味か?)
夕霧はいぶかしんだ。
そして、
朱雀院が、
「三の宮を、
どこかへ縁づけてから、
出家したい」
と仰せられたということも、
洩れ聞いていたので、
そのことか、
と思い当った。
しかし返事のしようもないので、
「はかばかしくない身ですから、
なかなか縁もまとまりませんで」
とだけ、
申し上げておいた。
夕霧が退出してから、
女房たちは、
「お立派な公達でいらっしゃる」
「お美事なかた。
落ち着いていられて、
しかもおごり高ぶった所など、
おありでなく、
まじめでおとなしくて」
と手放しの褒めよう。
「そうはいっても、
あの方の父君、源氏の君とは、
くらべものになりません。
光る君、と申し上げたほど、
源氏の君は輝いていられました」
昔を知る老女房は言うのだった。
院もお聞きになって、
「そうだな。
源氏の君は魅力があった。
公的な仕事もできる人だが、
うちとけて冗談をいって、
たわむれる時は愛嬌にあふれ、
人なつこく、可愛げがあって、
楽しかった。
あんな男はめったにいない。
亡き父帝が掌中の珠のように、
愛されていたが、
それでも二十歳にもならず、
納言に昇ったことはない。
それにくらべると、
夕霧の出世は早い。
しかしこの青年は、
実務の才能もあるから、
親にも劣らぬ国家の柱石に、
なるだろう」
と夕霧をおほめになる。
女三の宮は、
おっとりと可愛いご様子で、
みんなの話を聞いていられるが、
源氏にも夕霧にも、
会われたことがないので、
関心も興味もおありでなくて、
ぼんやりしていられる。
あどけないばかりの、
姫君である。
「この宮をねえ・・・」
院はいとしそうに、
三の宮をごらんになった。
「あの夕霧の中納言に、
嫁づけたらよかった。
ほんとうはこの姫を引き取って、
大切に養育し、
一人前の女に教え育ててくれる、
そういう男が、
夫になってくれれば、
いちばんいいのだが・・・
あの六條院(源氏)が、
式部卿の宮の姫君、
紫の上を育て妻としたように。
そんな人は、
いまどきの男の中にはいない。
あの夕霧が独身のうちに、
ほのめかしておけば、
よかった」
「まあ、それは無理、
というものでございましょう」
姫宮の乳母はいった。
「夕霧中納言はまじめな方で、
長い間、
太政大臣の姫君と別れていても、
心を移さなかったという、
当代珍しい純情な人でございます。
やっと夢がかなって、
結婚したのですもの、
仲のよいご夫婦仲と聞いております」
「夕霧中納言より、
むしろ、お父君の源氏の君、
あの六條院さまは、
いまでもこの道にご関心深くて、
お心が多く、
若々しくいらっしゃるとか」
女房の一人が笑った。
「それに六條院は、
身分高きご秘蔵の姫や、
やんごとない女人に、
ひとしおお心を寄せられる、
お癖とか、
前斎院(朝顔の宮)には、
いまもお文を通わせていられる、
とのことでございます」
「いくつになっても、
なおらぬ癖だね」
と朱雀院は仰せになったが、
(そうだ!
このたよりない、
あどけないばかりの姫を、
托するのに源氏よりほかに、
適任者があろうか。
四十歳の夫ほど、
たのもしい夫を、
どこに求めようか)
(次回へ)