むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

30、若菜(上) ②

2024年01月23日 14時07分41秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・伯父君・朱雀院を見舞った夕霧に、
院は問われた。

「いくつになられる」

「は、二十歳には、
もう少しばかり・・・」

夕霧は頬を染めて答えた。

「太政大臣の姫と結婚して、
身を固められたそうだね」

「はい」

「ここ何年か、
その姫との縁談がこじれた、
というので気の毒な、
と思っていたが、
めでたく納まって結構であった。
これでひと安心というものの、
私も姫御子を持つ身、
うらやましいような、
ねたましいような思いだ」

院はいわれる。

(どういう意味か?)

夕霧はいぶかしんだ。

そして、
朱雀院が、

「三の宮を、
どこかへ縁づけてから、
出家したい」

と仰せられたということも、
洩れ聞いていたので、
そのことか、
と思い当った。

しかし返事のしようもないので、

「はかばかしくない身ですから、
なかなか縁もまとまりませんで」

とだけ、
申し上げておいた。

夕霧が退出してから、
女房たちは、

「お立派な公達でいらっしゃる」

「お美事なかた。
落ち着いていられて、
しかもおごり高ぶった所など、
おありでなく、
まじめでおとなしくて」

と手放しの褒めよう。

「そうはいっても、
あの方の父君、源氏の君とは、
くらべものになりません。
光る君、と申し上げたほど、
源氏の君は輝いていられました」

昔を知る老女房は言うのだった。

院もお聞きになって、

「そうだな。
源氏の君は魅力があった。
公的な仕事もできる人だが、
うちとけて冗談をいって、
たわむれる時は愛嬌にあふれ、
人なつこく、可愛げがあって、
楽しかった。
あんな男はめったにいない。
亡き父帝が掌中の珠のように、
愛されていたが、
それでも二十歳にもならず、
納言に昇ったことはない。
それにくらべると、
夕霧の出世は早い。
しかしこの青年は、
実務の才能もあるから、
親にも劣らぬ国家の柱石に、
なるだろう」

と夕霧をおほめになる。

女三の宮は、
おっとりと可愛いご様子で、
みんなの話を聞いていられるが、
源氏にも夕霧にも、
会われたことがないので、
関心も興味もおありでなくて、
ぼんやりしていられる。

あどけないばかりの、
姫君である。

「この宮をねえ・・・」

院はいとしそうに、
三の宮をごらんになった。

「あの夕霧の中納言に、
嫁づけたらよかった。
ほんとうはこの姫を引き取って、
大切に養育し、
一人前の女に教え育ててくれる、
そういう男が、
夫になってくれれば、
いちばんいいのだが・・・
あの六條院(源氏)が、
式部卿の宮の姫君、
紫の上を育て妻としたように。
そんな人は、
いまどきの男の中にはいない。
あの夕霧が独身のうちに、
ほのめかしておけば、
よかった」

「まあ、それは無理、
というものでございましょう」

姫宮の乳母はいった。

「夕霧中納言はまじめな方で、
長い間、
太政大臣の姫君と別れていても、
心を移さなかったという、
当代珍しい純情な人でございます。
やっと夢がかなって、
結婚したのですもの、
仲のよいご夫婦仲と聞いております」

「夕霧中納言より、
むしろ、お父君の源氏の君、
あの六條院さまは、
いまでもこの道にご関心深くて、
お心が多く、
若々しくいらっしゃるとか」

女房の一人が笑った。

「それに六條院は、
身分高きご秘蔵の姫や、
やんごとない女人に、
ひとしおお心を寄せられる、
お癖とか、
前斎院(朝顔の宮)には、
いまもお文を通わせていられる、
とのことでございます」

「いくつになっても、
なおらぬ癖だね」

と朱雀院は仰せになったが、

(そうだ!
このたよりない、
あどけないばかりの姫を、
托するのに源氏よりほかに、
適任者があろうか。
四十歳の夫ほど、
たのもしい夫を、
どこに求めようか)






          


(次回へ)

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 30、若菜(上) ① | トップ | 30、若菜(上) ③ »
最新の画像もっと見る

「新源氏物語」田辺聖子訳」カテゴリの最新記事