・ああだった、こうだったと、
弁のおもとをまじえ、
私も実方の君も、
時の移るのも知らず、
話し込んだ
「そういえば、
私はまだ読んでいませんが、
あなたは何やら物を、
お書きになるそうですね」
実方の君は私を見て、
微笑んだ
「こちらのおもとに、
お聞きになりましたの?」
私は弁のおもとを見た
私は書いた物が、
たくさんの人の目に、
触れればよいと願いながら、
いざ、言及されると、
恥ずかしさと後悔、
気おくれにまみれて、
小さくなってしまう
「弁のおもとにも聞きましたが、
内裏でも人が話していました
『恥ずかしいもの
男性の心の中
めざとい夜居の僧
こそ泥が忍び込んで、
見ているとも知らず、
物をちょろまかす人』
などというところ、
面白くて」
それは二冊目の、
「春はあけぼの草子」に、
あるのだった
私の書いた随想集は、
私自身を離れて、
一人歩きしているらしかった
「そういえば、
大江雅致(まさむね)の娘が、
歌よみとして評判ですね
お聞きになりました?」
弁のおもとがいった
私も知っていた
<暗きより
暗き道にぞ入りぬべき
はるかに照らせ
山の端の月>
この歌は、
味わえば味わうほど、
心さわぎをもたらす、
歌である
「その人はまだ若いのですよ
十五か十六か・・・
冷泉院の皇后に、
母ともどもお仕えしている、
『式部』という名で」
「そういえば」
と実方の君は、
「同じような年ごろの、
娘らしいですが、
このごろ見た歌があります
詩人で学者の式部大丞・為時の、
娘ですがね、
<めぐりあひて
見しやそれとも
わかぬ間に
雲がくれにし
夜半の月かげ>
中々素直な筋のいい歌です
何か物語好きで、
筆を染めているとか聞きましたが、
家にひきこもっている娘なので、
よくわかりません
やはり歌のうまい惟規(のぶのり)
という兄がいて、
そんな話をしていました」
為時という人は、
役人としての経歴こそ、
ぱっとしないが、
詩文の才に長けた人である
その娘だから、
文才はあるかもしれない
もしかしたら、
その娘が書いた物語が、
もうすでに、
世に流れ出ているかもしれない
十五や十六、
まだ未婚の前途ある娘たちが、
世の中にたくさん、
隠れているかもしれない
私は実方の中将に、
にこやかに相槌を打っていたが、
いら立っていた
ほかの才女たちの、
噂を聞きたいくせに、
聞くと焦燥にかられるのであった
実方の君が、
彼女らをほめると、
胸が痛くなるほど、
ねたましくなる
その実方の君と、
人目を忍ぶことがあったのは、
一度きりだった
ある時、
弁のおもとの邸を訪れたら、
おもとは留守で、
「まもなく戻りますから、
しばらくお待ちになって下さい」
との伝言があった
その夜は、
則光は宿直で帰らない
吉祥は別の女のところへ、
連れて行かれて二、三日は、
泊まっているので、
私は空虚な気分のまま、
おもとの邸に長居していた
夏の宵だった
門の方で牛車の音がする
おもとが帰ったのかと思うと、
そうではなく実方の君だった
「おるすなのでしたら、
ご一緒に待ちましょう」
といわれて、
私はまぶしい心迷いを、
ひそかに楽しんだ
私は快楽に、
意地汚くなっていた
「弁のおもとが帰ってきます」
「帰ってきませんよ
たとえ帰ってきても、
彼女ならそっと隠れるでしょう」
実方の君の、
女慣れしたやりかたを観察、
していた
実方の君は、
興をそそられた相手には、
いつもこうやって、
たちまち言い寄って、
いられたにちがいない
言い寄られて拒む女も、
いなかったにちがいない
実方の君は、
私がいとしくて、
そうされるのではないだろう
美しくもなく、
若くもない女
ただちょっと筆をとって、
人が読めそうなものを書ける、
そこにいくばくかの好奇心を、
持ったというだけなのであろう
そういう省察ができながら、
私は実方の君を、
(利用してやれ)
という気になっていた
(次回へ)