・雪あられが、
降りしきるころは、
ひときわ淋しくすさまじく、
あらためて山奥深くに、
住みついた気がした。
「こうやって、
月日は経っていくのねえ。
お父さまがこんなに早く、
お亡くなりになるとは、
思いもしなかった」
大君がいうと、
中の君がいった。
「ことさら将来に、
楽しみがあるという、
生活ではなかったけれど、
お父さまがいらっしゃるだけで、
のんびりと過ごせた。
それが今では、
普段見かけない人がやって来て、
案内を乞うたりすると、
恐ろしいやら情けないやら、
こんな思いをしないといけないのが、
たまらない」
もう年の暮れであった。
女房たちは、
姉妹の姫君の心を、
引き立てるように、
「新しい年がやってまいります。
心細く悲しいことばかりでしたが、
また、春になれば、
いいこともございましょう」
と慰めた。
(いいことなんか、
わたくしたちにはあるはずない)
姫君たちは思う。
薫は、
年が改まれば公用も多く、
出かけられないだろうと、
暮れのうちに宇治へ来た。
雪が深いので、
なみの人さえ、
姿を見せなくなっているのに、
中納言という高い身分で、
立派な様子の薫が、
気軽に訪ねてきたその気持ち、
それは決して、
ありきたりのものではないと、
大君には思われた。
大君はいつもより、
心をこめて敷物を用意させた。
喪中用のものではない、
普通の火桶も出し、
女房たちは、
亡き父宮が薫の君のご訪問を、
喜んでいらした思い出話をする。
大君は、
薫とあって話をするなど、
恥ずかしくて、
と思いつつ、
(お父さまが、
この方の訪れを、
どんなに喜んでいらしたか。
この方もおやさしく、
お父さまのお相手を、
して下さった。
そのご好意にたいしても、
失礼なことはできない。
恥ずかしいからと、
引き込んでお目にかかるのを、
拒むのはこの方のご好意に、
あざむくこと)
大君は几帳を隔てて対面し、
直接に薫と話す。
薫は嬉しくてならない。
大君のものの言いぶりが、
また奥ゆかしく風情がある。
(こうして会って、
おしゃべりをするだけでは、
とてもすまされない。
どうしても自分のものにしたい)
と思う心の下から、
薫は愕然とする。
(なんでこう、
あっさりと気持ちが変るんだ。
あの道心はどこへやったのだ。
八の宮のはかないお命、
自分の出生の秘密、
かりそめの世を思えば、
世の中に跡を残そうという気も、
なくなって仏に仕える決心を、
したというのに、
この美しいひとを見れば、
心変わりしてしまった。
今はまぎれもなく、
恋している)
そう思いつつ、
青年にありがちな、
羞恥心と虚勢から、
自分の恋情を打ち明けず、
匂宮のことから話だす。
「匂宮が、
私をお恨みなのです。
お父宮から承ったご遺言、
姫君たちを頼む、
というお言葉、
それをちらと洩らしたことがあり、
ここの姫君にとりなしてくれ、
と私にお頼みになるのです。
姫君のお返事がつれないのは、
私のとりなし方が悪いから、
とお恨みなのです。
お断りもできませんので、
宮を好色の方のように、
申す人もありますが、
情は深い方ですので、
そんなにすげなくなさらなくても、
と思います」
薫は生真面目に話す。
大君は、
自分自身のこととは、
夢にも思わず、
匂宮が求愛しているのは、
妹の中の君だと思った。
中の君の親代わりとして、
(親らしい言い方で、
お返事しようかしら?)
と思案したが、
返事のしようがわからなくて、
「どうお返事していいか、
わかりません」
と笑いにまぎらせた。
薫は、
「匂宮のお話は、
あなたのことではありません。
あなたは雪を踏み分けて、
縁談を持って来た私の気持ちを、
姉君として、
喜んで下さればよろしいのです。
宮が心を寄せられたのは、
中の君だと思います。
宮へのお返事は、
どちらがお出しになっていました?」
大君は内心、
(よくも宮へお返事しなくて、
よかったこと)
と思った。
「わたくし、
今まであなたにお文を、
さしあげたことは、
ございますが・・・」
「ええ、
まじめな、
そっけないお文をね。
宮をこの里へおとりもちする前に、
私は告白したいのです。
私が愛しているのは、
あなたなのです」
大君は不快だった。
妹の縁談のことかと思えば、
いつのまにか話はすりかわり、
自分への求愛の言葉になっている。
話題に、
匂宮と妹姫の縁談が、
唐突に持ちだされた。
それだけでも咄嗟のこととて、
軽々しい返事は出来ないと、
思いあぐねているのに、
薫は、
(宮をこの里へ、
おとりもちする前に、
私はあなたと)
というではないか。
そんな大切な話を、
同時に持ちだす性急さが、
大君には許せない。
この信頼している青年が、
と心外だった。
大君は返事もしない。
(次回へ)