むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

11、蜻蛉 ⑪

2024年07月27日 08時39分38秒 | 「霧深き宇治の恋」   田辺聖子訳










・思慮深い薫でさえ、
思い乱れる恋のことゆえ、
万事、女性問題では軽々しい、
匂宮はあれからお気持ちの、
晴らしようもなく、
悲しみは癒えない

浮舟が忘れられない

中の君とこの悲しみを、
語りあおうにも、
中の君は異母妹といいながら、
浮舟とはうとうとしい仲

それに宮も、
中の君に向かって、
浮舟が恋しいと告白されるのも、
お気が咎める

そういう折は、
宮は浮舟に仕えていた、
女房、侍従をお呼びになる

宇治の邸では、
浮舟失踪後、
仕えていた女房はみな去っていき、
乳母と右近と侍従だけが残っていた

侍従は乳母たちと暮らしていたが、
やはり宇治川の荒々しさ、
山里の淋しさに堪えられず、
京へ出てみすぼらしい家に、
移り住んでいた

それを宮は捜し出され、
二條邸へお呼びになった

お心は嬉しかったが、
侍従は人々の口をおそれて、
お受けしなかった

二條邸の女あるじ、中の君を、
浮舟が裏切る結果になったから

その人の女房だったと知られれば、
邸の人々の目が冷たい、
と思われたのであった

その代りに、
宮の母宮、后の宮にお仕えしたい、
と侍従はお願いした

宮は願いを聞き入れ、

「そうなれば、
私も目をかけてやるよ」

と仰せられた

よるべない心細い身の不安も、
これで紛れると、
侍従はご奉公に上がった

人々に認められて、
侍従を悪くいう人はいない

お仕えしているうち、
こちらの御殿へ、
薫が絶えず来るのを、
侍従は御簾のうちからよく見た

見る度、
宇治のことが思われて、
悲しかった

亡き姫君、浮舟さまは、
この君に愛されていらしたものを、
と思う

后の宮の御殿には、
身分の高い立派な姫君ばかり、
宮仕えしているという、
世間の噂、
そのお仕えしている人々の中に、
最近参られた、
ひときわ身分の高い姫がいる

この春亡くなられた、
式部卿の宮のおんむすめで、
継母の北の方によって、
不本意な結婚を、
させられようとしたのを、
后の宮が、

「お可哀そうに、父宮が、
大切に育てられていらしたものを
いっそこちらへ身を寄せて、
一の宮のお話相手にでも、
なって下されば」

と引き取られたのだった

普通の女房よりも、
特別に扱われるとはいうものの、
それでも身分の決まりもあること故、
宮の君と呼ばれた

匂宮は宮の君にも、
関心を持っていられる

亡き式部卿の宮は、
中の君や浮舟の父宮、故八の宮と、
ご兄弟

宮の君は中の君や浮舟と
従姉妹になる

浮舟に似ているのでは、
と思われると、
早く会ってみたいと、
女人に関心をお持ちになる、
癖はやまなかった

薫は、
女房になって出仕する宮の君に、
同情を禁じえない

亡き父宮は、
このひとを東宮に納れようか、
それとも薫にと、
お考えになったほど

后の宮(大宮)は、
式部卿の宮の服喪で、
六條院に里下りしていられたのだが、
ここ、六條院は内裏より広々として、
美しく、右大臣の権勢もあって、
そのかみ、
光源氏の君が住んでいた頃より、
花やかであった

管弦の遊びは絶えず催され、
どの建物にも人々は満ちていた

匂宮はこういうところで、
花やかにもてはやされる方で、
ようやく浮舟を失った痛手も、
薄れられたのか、
元のご本性に戻って、
浮名をふりまいていられる






          


(次回へ)

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