むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

17、姥とちり  ②

2021年10月12日 08時35分58秒 | 「姥ざかり」田辺聖子作










・今日は友人を誘って、キタのデパートで書道展を見て、
近くの画廊で油絵の個展を見、竹葉亭でお昼を食べるつもり。

暑い日ざしなので、私はドレスにした。
うすいローズ色。
共布のスカーフを胸元で花結びにする。

最近の婦人雑誌を見て流行を知る。

そして老婦人にとって必要なことは、
「これが好き」というものがあることである。

おしゃれも一朝一夕に出来ない。
お金さえあればいい、というものでもない。

このマンションの同じフロアに、
一人住まいの吉田夫人という老夫人がいる。

金持ちの未亡人ということだが、いつ見てもひどい身なり、
くたびれたセーター、しわだらけのスカート、
足元は汚れたサンダル、手入れもしない顔とそそけた髪、
目ばかりチロチロ動いて、私は吉田夫人を見るたびに、
おのれの鏡にしている。

まだ六十代後半くらいだが、
見た目は八十くらいに老けて見える。

そういう老女がプ~とむくれ顔で、
このマンションに出入りするのは不似合いで目立つ。

私はうす紫のサングラス、
びんの白いところにうす紫のポマードをつけ、
ドレスよりくすんだローズ色の口紅をつける。

老いると紅おしろい、というが、
おしろいも乗らなくなった肌になっても、
紅だけつけていれば気分は花やぐ。

こうして女友達と待ち合わせ、
展覧会に行くという楽しみも私は面白く思える。

書道展は婦人たちでいっぱい。

そこへ、「失礼ですが」と、
三十くらいの白っぽいスーツにネクタイの男が寄ってくる。

「突然でびっくりなさるかもしれませんが、
テレビのCMに出て頂けませんか。
私はこういう者です」

と名刺を出す。

「実は熟年婦人の美しい方に出て頂きたくて・・・」

「・・・」

「そのお召し物といい、お化粧といい、
そのお好みといい、何とも美しい!」

この男、若いくせに見るところは見ているではないか。
私は何となくこの男に好感を持った。

「テレビのCMに。
いえ、インタビューにこたえて頂くだけで、
お宅へ伺ってお話させて頂いてもようございますか。
テレビ関係の人間と一緒に伺います」

テレビと聞いて私は我に返った。

まっとうな人間はテレビに出て、自分の持っているものを、
代わりに手放すように貧しくなることは、
しないほうがいいと思っている。

「テレビはイヤです」とハッキリいうと、

「それでしたら、奥さま、
そのお美しさをいつまでも保って頂くために、
ただ今、夏季割引中でございます、サマーセール。
安眠をお約束する丸金の羽根布団でございますが・・・」

息をきらして追いかけてくる男をふり切って、
私はトットと会場を出た。

あんなあら手のセールスがあるとは知らなんだ。

ここだけの話、
(私ゃ、戸板商事のもうけ口に引っかかるほど、もうろくしてませんよ)
と嫁たちに言ったが、もう少しで引っかかるところであった。

油断もスキもない。


~~~


・二、三日後、ドアホンが鳴るので出ると、
若い男が大きい箱を足元に置き、

「すみません、八一一の吉田さん、お留守なので、
預かって頂けますか。管理人さんもお留守なので」という。

近所のよしみでいやとも言えぬ。

ふと、足元の箱を見ると、
「丸金の羽根布団」という字が見える。

と、またドアホンが鳴る。

これはさっきより若い男、

「おことわり!」と言うと、

「ほな、パンフだけ入れさせてもらいます。健康の話です」

私はドアを開け、

「あんた、悪いんやけど、
八一一の吉田さんにこの箱届けてくれはる?」

ちょうどよかった、吉田夫人は帰ってきたと見え、
青年は部屋へ運び入れたようだ。

その青年が私のところへ戻ってきた時、
彼は西瓜でも入っていそうな桐の箱を抱えてきた。

吉田夫人のところへ荷物を届けてくれたら、
話を聞いてもいいと言ったから。

「何やの、それ?」

「これ、芸術品なんです」

ナントカ先生の作品といい、
この際いけないのは「芸術品」という言葉に反応した、
私の好奇心であろう。

青年は汗をポタポタ落としながら中身を取り出す。
何となく西瓜のオバケのような青銅の置物。

よく見ると三匹の動物が輪になっている。

「イヌ、サル、カエルです」

「イヌ、サル、キジは聞くけど・・・」






          


(次回へ)

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 17、姥とちり  ① | トップ | 17、姥とちり  ③ »
最新の画像もっと見る

「姥ざかり」田辺聖子作」カテゴリの最新記事