・今日は友人を誘って、キタのデパートで書道展を見て、
近くの画廊で油絵の個展を見、竹葉亭でお昼を食べるつもり。
暑い日ざしなので、私はドレスにした。
うすいローズ色。
共布のスカーフを胸元で花結びにする。
最近の婦人雑誌を見て流行を知る。
そして老婦人にとって必要なことは、
「これが好き」というものがあることである。
おしゃれも一朝一夕に出来ない。
お金さえあればいい、というものでもない。
このマンションの同じフロアに、
一人住まいの吉田夫人という老夫人がいる。
金持ちの未亡人ということだが、いつ見てもひどい身なり、
くたびれたセーター、しわだらけのスカート、
足元は汚れたサンダル、手入れもしない顔とそそけた髪、
目ばかりチロチロ動いて、私は吉田夫人を見るたびに、
おのれの鏡にしている。
まだ六十代後半くらいだが、
見た目は八十くらいに老けて見える。
そういう老女がプ~とむくれ顔で、
このマンションに出入りするのは不似合いで目立つ。
私はうす紫のサングラス、
びんの白いところにうす紫のポマードをつけ、
ドレスよりくすんだローズ色の口紅をつける。
老いると紅おしろい、というが、
おしろいも乗らなくなった肌になっても、
紅だけつけていれば気分は花やぐ。
こうして女友達と待ち合わせ、
展覧会に行くという楽しみも私は面白く思える。
書道展は婦人たちでいっぱい。
そこへ、「失礼ですが」と、
三十くらいの白っぽいスーツにネクタイの男が寄ってくる。
「突然でびっくりなさるかもしれませんが、
テレビのCMに出て頂けませんか。
私はこういう者です」
と名刺を出す。
「実は熟年婦人の美しい方に出て頂きたくて・・・」
「・・・」
「そのお召し物といい、お化粧といい、
そのお好みといい、何とも美しい!」
この男、若いくせに見るところは見ているではないか。
私は何となくこの男に好感を持った。
「テレビのCMに。
いえ、インタビューにこたえて頂くだけで、
お宅へ伺ってお話させて頂いてもようございますか。
テレビ関係の人間と一緒に伺います」
テレビと聞いて私は我に返った。
まっとうな人間はテレビに出て、自分の持っているものを、
代わりに手放すように貧しくなることは、
しないほうがいいと思っている。
「テレビはイヤです」とハッキリいうと、
「それでしたら、奥さま、
そのお美しさをいつまでも保って頂くために、
ただ今、夏季割引中でございます、サマーセール。
安眠をお約束する丸金の羽根布団でございますが・・・」
息をきらして追いかけてくる男をふり切って、
私はトットと会場を出た。
あんなあら手のセールスがあるとは知らなんだ。
ここだけの話、
(私ゃ、戸板商事のもうけ口に引っかかるほど、もうろくしてませんよ)
と嫁たちに言ったが、もう少しで引っかかるところであった。
油断もスキもない。
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・二、三日後、ドアホンが鳴るので出ると、
若い男が大きい箱を足元に置き、
「すみません、八一一の吉田さん、お留守なので、
預かって頂けますか。管理人さんもお留守なので」という。
近所のよしみでいやとも言えぬ。
ふと、足元の箱を見ると、
「丸金の羽根布団」という字が見える。
と、またドアホンが鳴る。
これはさっきより若い男、
「おことわり!」と言うと、
「ほな、パンフだけ入れさせてもらいます。健康の話です」
私はドアを開け、
「あんた、悪いんやけど、
八一一の吉田さんにこの箱届けてくれはる?」
ちょうどよかった、吉田夫人は帰ってきたと見え、
青年は部屋へ運び入れたようだ。
その青年が私のところへ戻ってきた時、
彼は西瓜でも入っていそうな桐の箱を抱えてきた。
吉田夫人のところへ荷物を届けてくれたら、
話を聞いてもいいと言ったから。
「何やの、それ?」
「これ、芸術品なんです」
ナントカ先生の作品といい、
この際いけないのは「芸術品」という言葉に反応した、
私の好奇心であろう。
青年は汗をポタポタ落としながら中身を取り出す。
何となく西瓜のオバケのような青銅の置物。
よく見ると三匹の動物が輪になっている。
「イヌ、サル、カエルです」
「イヌ、サル、キジは聞くけど・・・」
(次回へ)