むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

「16」 ⑩

2024年11月14日 09時07分54秒 | 「むかし・あけぼの」  田辺聖子訳










・則光は、
昨夜は内裏で宿直だったそうで、
彼の話を聞いてやっと、
少しばかり様子がわかった

内大臣・伊周(これちか)どのも、
中納言・隆家の君も流罪、
叔父君の高階信順、道順の君も、
同じく流罪だそうである

頼親、周頼の君たちは、
伊周の君の異母兄弟であられるが、
その方たちもそれぞれ処罪、
これは殿上の札を削られ、
出仕差し止め

内大臣どのは、
太宰権師(だざいごんのそち)として、
筑紫へ流され、
中納言どのは出雲権守として、
出雲へ左遷されるという

信順、道順の君たちは、
伊豆、淡路へ

ご一族には壊滅的打撃、
といっていい

この衝撃の除目は、
主上の御前で行われ、
ただちに検非違使が、
二条の宮を包囲して、
宣命を伝えた

「太上天皇(花山法皇)を、
殺し奉らんとした罪一

帝の御母君(東三条院)を、
呪わせ奉りたる罪一

朝廷よりほか、
臣下の者の行うべからざる、
大元師法を行いたる罪一」

とうとう、
こんなことになってしまった

検非違使は邸内にずかずかと、
踏みこんで声高にこの宣命を、
読みあげたという

その途端、
邸内からは、
どっと嗚咽の声がもれ、
宣命を読む検非違使も、
立ちすくみ、
他の人もあわれを誘われて、
涙したということである

中宮はどんなお気持ちで、
いられるのだろうか

「それで、
大宰府へのご出発は、
いつになるの?」

「そんな悠長なものじゃない
宣命が下るとすぐ網代車で、
出発しなけりゃならん
身分も剥奪されたのだからな
ところが二条のお邸じゃ、
扉を閉めきって返事もしない
検非違使も困って、
内裏へなんべんもおうかがいを、
立てたが、
お上では四の五のいわず、
ひっとらえろという厳命だ」

則光の話では、
左大臣・道長公はことのほか、
峻烈な態度で、

「天皇の宣命に従わぬとは、
重ね重ね不届きな所業
寸刻も容赦せず、
ただちに都を逐うべし」

と命じていられるという

今まで沈黙していられて、
この事態をどう収拾なさるか、
そうはいっても、
よもやきびしいお咎めは、
なさるまいという、
こちら側の甘い読みを誘いながら、
いったん態度を表明されると、
待ったなしに手きびしい

そのやり口も、
辣腕家の左大臣らしい

「でも、
中宮がお邸にいられるわ
それにご懐妊でもあるし、
主上もおゆるしになるかもしれない」

私は内大臣というような、
高い身分の人が、
一切の位階を剥奪されて、
九州へ流されるという、
極限状況はどうしても、
信じられなかった

「主上は?」

私が聞くと、

「主上はむろん、
私情をさしはさむことなんか、
おできになれない」

則光は眠るつもりで、
私の家に来たのだが、
夜が明けきっても、
町の空気は不穏で、
内大臣どのが、
筑紫へ護送されなすった様子もなく、
則光は身支度をした

私は横になったけれども、
目が冴え、体がだるいくせに、
頭は冴えていた

中宮のおそばへ行きたい
おそばいついてさしあげたい
それが出来なくなってしまった

出来ないのは私の意志ではなく、
偶然の結果である

斉信卿や経房の君の、
示唆によるものでもないのに、
結果としてはそれに従ったことに、
なってしまった

中宮はどんなに、
お心細い状態でいられることか

おそばにいない私を、
(頼りにならない)
と思っていられるかもしれない






          


(了)

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