前向きな人生の整理整頓

人生も後半、一日が短いです。明日やると思っても、若者のようには明日はたくさんないのかもと気づいた今日この頃

表も裏も印刷の年賀状、一言と言っても・・・

2019年12月21日 18時44分51秒 | わたしの思い

年賀状の季節、積極的には数年前から書きません。

どうして?

経済的な理由もありますが、心情からの方が大きいかな。

表も裏も印刷の年賀状が目立つようになった頃から

疑問に思うようになったのです。

 

「あー、年賀状書かないといけない」

こんなセリフを耳にするでしょう。わたしも言ったかもしれない。

無理して書かないといけない物なのだろうか?

こんな印刷物を明日会う人とやり取りするより、

直接、会って言えばいい。

この思いを率直に語れる人には伝えて、賛同してくれた人から

少しずつ書く枚数を減らしてきました。

 

元々、人付き合いの悪いわたしですし、

遠い親戚などには、生きているよという知らせのつもりで書いたり、

電話であいさつしたり、クリスマスカードを送ったり、

そして、どうしてもの人には、寒中見舞いではなく、

節分に立春大吉のご挨拶をします。

この方が落ち着いて書けるから。

言うまでもなく、クリスマスカードも、立春大吉も全て手書きです。

 

表も裏も印刷の年賀状について、

出さないよりマシ、という方がいます。

世間からピントの外れた人間の考えなので聞き流してもらいたいけど、

わたしは、そうは思わないの。

わたしはそういう年賀状なら出してくれない方がいいです。

そこに一言添えるから、という人もいます。

この一言もそこに心はあるのかい?の、書きなぐりのお元気?

ならば、無理しないでくださいとわたしは思うのです。

 

届く人には申し訳ないから、書かないといけない

そんな気持ちになるのです。

 

わたしの認識が正しければ、明治から始まったこの風習、

表も裏も印刷ならば、改元した今年、もっと考えて

みるのもよいのでは?

この話は次回へつづく。