夏が終わっていくのを感じます。
あんなに朝から晩まで暑かったのに、朝夕の風が変わってきました。
次第に・・・季節は移り行くもののようですがそうでもなく、ここで区切り、
という、ある一日があるような気がする今日この頃がです。
そんな風を感じたら、わたしが引っ張り出してくる古いカセットテープがあります。
杏里のビ・キ・ニ/ BI・KI・NI Lady Sunshineです。
もうすっかり、音も悪くなっているのですが、それがまたいい。
と、カセットにはA面、B面というのがあります。
言うまでもないことですが、ここが肝心なのです。
杏里は一時期、それが適切かどうか?わかりませんが、夏のユーミンなんて言われていたこと
もあり、日焼けしたスレンダーな容姿も手伝って、夏の歌が似合っていました。
このビキニにはちょっと仕掛けがあって?(わたしはそう思っています)
夏真っ盛り、ああこれから夏が始まって何する?どーする?
と思っていると、なーんだかもう夏も終わりねえ・・・海の家も仕舞だねぇ。
そういった、夏という季節から、自分の居場所に戻っていく、仕方なさ、
夏の終わりが書かれた古い小説を読んでいるような気持ちになる曲が
混在しています
このアルバムを買った高校生の頃は、Lady SunshineやSummer Focusが好きで
わぁ、夏だとはしゃいで、(学校に行かなくて済むのが一番うれしかった)
大人の恋の歌だなぁなんて思っていました。
恋する季節も通り過ぎた今は、一番最後のAffectionという曲が一番のお気に入りで、
そろそろ、夜薄い毛布を出そうかな?と感じた頃、このB面の最後の曲を聴き終えたら、
来年の夏またA面から聴けるようにそこで、カセットケースに仕舞い込みます。
夏真っ盛りより、夏休みも終わりね、もう麦茶も作らなくていいかな
という頃に聴きたくなって、その頃に似合います。
実際はまだ残暑で暑いし、麦茶も飲んでいても、風が違うのです。
人生の中のどの夏も一度きりの夏ですけれど、いくつかの特別だった夏を思いながら
耳を傾けるのです。
それは、自分だけでなく、誰かの特別な夏であったりもするわけです。
あんなに朝から晩まで暑かったのに、朝夕の風が変わってきました。
次第に・・・季節は移り行くもののようですがそうでもなく、ここで区切り、
という、ある一日があるような気がする今日この頃がです。
そんな風を感じたら、わたしが引っ張り出してくる古いカセットテープがあります。
杏里のビ・キ・ニ/ BI・KI・NI Lady Sunshineです。
もうすっかり、音も悪くなっているのですが、それがまたいい。
と、カセットにはA面、B面というのがあります。
言うまでもないことですが、ここが肝心なのです。
杏里は一時期、それが適切かどうか?わかりませんが、夏のユーミンなんて言われていたこと
もあり、日焼けしたスレンダーな容姿も手伝って、夏の歌が似合っていました。
このビキニにはちょっと仕掛けがあって?(わたしはそう思っています)
夏真っ盛り、ああこれから夏が始まって何する?どーする?
と思っていると、なーんだかもう夏も終わりねえ・・・海の家も仕舞だねぇ。
そういった、夏という季節から、自分の居場所に戻っていく、仕方なさ、
夏の終わりが書かれた古い小説を読んでいるような気持ちになる曲が
混在しています
このアルバムを買った高校生の頃は、Lady SunshineやSummer Focusが好きで
わぁ、夏だとはしゃいで、(学校に行かなくて済むのが一番うれしかった)
大人の恋の歌だなぁなんて思っていました。
恋する季節も通り過ぎた今は、一番最後のAffectionという曲が一番のお気に入りで、
そろそろ、夜薄い毛布を出そうかな?と感じた頃、このB面の最後の曲を聴き終えたら、
来年の夏またA面から聴けるようにそこで、カセットケースに仕舞い込みます。
夏真っ盛りより、夏休みも終わりね、もう麦茶も作らなくていいかな
という頃に聴きたくなって、その頃に似合います。
実際はまだ残暑で暑いし、麦茶も飲んでいても、風が違うのです。
人生の中のどの夏も一度きりの夏ですけれど、いくつかの特別だった夏を思いながら
耳を傾けるのです。
それは、自分だけでなく、誰かの特別な夏であったりもするわけです。