2022/07/27更新
あまのがは【天河】
萩原義雄識
あまのがは【天河】源順編『倭名類聚抄』を註解した江戸時代の狩谷棭齋『倭名類聚抄箋註』卷一景宿類「織女」に記載の標記語「天河」についてまとめた。
⑴十巻本『和名抄』卷一景宿類「天河 兼名苑云天河一名天漢〈今案又一名漢河 又一名銀河也 和名阿万乃加波〉⑵廿卷本『和名抄』卷一景宿類「天河 兼名苑云一名天漢今按又名河漢銀河也[和名阿万乃加八]とし、十巻本と廿卷本とで若干の表記・語順に異なりを見せる。その1が「一名」表記の重出と省略。2に別名漢字表記「漢河」と「河漢」3に「案」字と「按」字、4に万葉仮名表記「阿万乃加波」と「阿万乃加八」となる。此の異同表記について、『倭名類聚抄箋註』が如何に註解しているかを述べておく。基本的には、十巻本を基軸としていて、2別名漢字表記「漢河」と「河漢」については「漢河」を用いる。だが、棭齋自身「河漢」の語も検証する。古辞書資料の観智院本『類聚名義抄』、十巻本『伊呂波字類抄』の書名を載せて示す。彼が古辞書を繙く環境下にあったことを重要視したい。②三巻本『色葉字類抄』阿部天象門に、「天河[平・平]アマノカハ 銀璜 同 漢河 同 銀漢 同 瓊浦 同 銀河 同 玉潤 同 天津 同 折木 同 天漢 同〔前田本・阿部天正門二四オ二九三頁5~7〕「③『伊京集』に、「天漢(アマノガハ) 天河 銀河/銀浦同〔安部天地門ウ1〕※末尾「銀浦」の語は他古辞書に所載を見ない語で、諸橋轍次著『大漢和辞典』の【銀】の熟語例も「銀鋪」の語例はあっても当該語は未収載とする。中国宋景文公『雞跖集』に「李賀名天河以銀浦」〔宋-楊伯喦『六帖補』の「天河」参照〕に見える語で書写編者は当代に伝来していた類編の資料書を参考に採択する。「天漢・天河・ 銀河・銀浦」と別名の語群を排列所載する。大谷大学本及び正宗文庫本、岡田希雄本に、「天漢(アマノカワ)天河(同)銀河(同)〔大谷・安部天地門七四頁1〕「天漢(アマノガワ)天河(同)銀河(同)〔正宗・安部天地門八九頁(四五オ)3〕「天漢(アマノガワ) 天河(同)銀河(同) 或云沫雪下末〔岡田・安部天地門オ3〕として、『伊京集』や広本『節用集』末尾の「銀浦」や「銀漢」の語例を添えずに書写しており、「銀浦」の語を後に増補したとなれば大谷本・正宗本がその増補以前の原形を示すともとれるのだが、逆に大谷本が『伊京集』と広本とで異なる語例を敢えて載せないとか、未載理由は未知なる情報語であったことともとれる。伊勢本系玉里本は「天河・ 銀河・銀漢」と標記語「天漢」を載せないが、末尾を広本と同じく「銀漢」の別名の語とする。標記語一例のみとする広本は『伊京集』に最も類する形態で、「天河」「銀河」「銀漢」の三語を所載する。「△ー(天)川(アマノガワ)[平・平]テン、せン同〔安部天地門頁3〕「△ー(天)漢(アマノガワ)[平・去]テン、カン・ソラ又天河・銀河、・銀漢同〔安部天地門3〕※「同」は上位語「天野」の注記「河内國酒ノ出所」となり、地上の川名として記載する。「天漢」と天象語を置く。語注記の標記字「銀漢」の語例が『伊京集』では「銀浦」に別名表記する点に着目したい。明應五年本は「 天河(アマノカワ)〔安部天地門左3〕※標記語「天河」に付訓「アマノカワ」とし、他別表記語は未記載とする。飛鳥井榮雅増刋『下學集』は「天河(アマノカハ) 天漢 銀河/皆同〔安部乾坤門六十七ウ4〕※語注記別記を「天漢」「銀河」の二語とする。『下學集』から変容していくなかで、古写本『下學集』には、「○銀河(ギンカ) 天河也〔天地門一七頁6〕」「あまのがは/わ」の標記語は未収載にし、同じく注記別記とする「銀河」を標記語とする。語注記に「天河」のを置く。この系統寫本とする是心本も同じ記載が見え、付訓を「アマノカワ」と表記する以外は異同を見ない。広島大増刋も同じ。標記語を明應五年本と同じ「天河」で付訓「アマノカハ」とし、語注記に「天漢」「銀河」の別表記の語を載せ、「皆同」と記載する。時代を室町末期に転じ印度本系黒本本における「天河」の語は「天河(アマノガハ)或云・天難(ヒ)漢・又云銀河朗詠集銀河注云和名阿摩乃賀波(アマノガワ)云々〔安部天地門〕※語注記内容が他の『節用集』より詳細となっている。「或は云ふ・天難(ヒ)漢。又云ふ・銀河。(和漢)朗詠集』銀河注に云く、和名阿摩乃賀波(アマノガワ)云々」としていて、別表記「天漢」「銀河」を載せ、書名『倭漢朗詠集』における「銀河」の注記に「和名、阿摩乃賀波(アマノガワ)云々」を記載する。『和漢朗詠集私注』(内閣文庫蔵)375銀河の詩「銀河沙漲三千界。梅嶺花排一万株。(銀河の沙漲る三千界、梅嶺花排く一万株」の注記に「雪中ノ即事 白銀河一ニハ名銀漢一ノ名ハ河漢。和ニハ名テ曰阿摩乃賀波。漢書曰銀騫奉テ漢武ノ使ヲ尋テ河源ヲ昇ル銀漢ニ。大庾嶺ニ有万林之白梅云云。」とする。黒本本系統の枳園本及び伊勢本系の天正十七年本に「天河(アマノカハ)或云・天漢・又銀河・又朗詠集銀河之注云和名曰阿摩乃賀波〔安部天地門〕〔下二三九頁4〕にも同等の語注記を記載する。印度本系二種の語例は「A系統末尾「ワ」表記・・・弘治二年本、永禄十一年本。伊勢本系の天正十七年本は「・天河(アマノガワ) 或云天漢(アマノカハ)又云銀河朗詠集銀河之注云・和名阿摩乃賀波〔弘治本・安部天地門ウ8〕※標記語「天河(アマノガワ)」、「天漢(アマノカハ)」とし、「ワ」と「ハ」と両用表記を示す。「・天河(アマノガワ) 或云天漢(アマノカハ)又云銀河朗詠集銀河之注云・和名阿摩乃賀波〔弘治本・安部天地門ウ8〕「・天河(アマノガワ) 或云天漢(アマノカワ)ト・又云銀河朗詠集銀河注云・和名阿摩乃賀波〔永禄十一年本・安部天地門一九〇頁3〕」・天河(アマノガワ) 又云天漢又云銀河朗詠集阿摩河〔伊勢本系、天正十七年本・天地門(百オ)四二三頁4〕「 ○天河(あまのがわ) ○天漢(同) ○銀河(同)〔『和漢通用集』安部天地門三三〇頁上段7〕」 B系統末尾「ハ」表記・・・永禄二年本、尭空本、経亮本、高野山本」・天河(アマノカハ) 或云天漢又云銀河朗詠集銀河之注ニ云・和ニハ名テ阿摩乃賀波ト〔永禄二年本・安部天地門一六六頁4〕「・天河(アマノカハ) 或云天漢又云銀河朗詠集銀河之注云・和ニハ名テ阿摩乃賀波〔経亮本・安部天地門4〕「・天河(アマノカハ) 或天漢又云銀河、朗詠集銀川之住云和ニ名テ曰阿摩乃賀波〔高野山本・安部天地門一九二頁7〕とあって、A系統とB系統共に共通の語注記の文言を示す。刷版系天正十八年本・饅頭屋本(初刊と増刋二種)・易林本は、各々特徴性を有している。「 天河(アマノガワ) 銀河(同) 或他銀漢〔堺本=天正十八年本・下卷安部天地門十六オ9〕「天河(アマノガワ) 〔饅頭屋本初刊安部天地門下冊六十一オ1〕「天河(アマノガハ) 〔饅頭屋本増刋安部天地門下冊六十一オ(二七四頁)1〕「天河(アマノカハ) 銀河(同(アマノカハ))〔易林本・下卷阿部(一六ウ)2〕」堺本だけが「天河・銀河・銀漢」の三語を所載する。傍訓「アマノガワ」とするのは堺本と初刊饅頭屋本であり、増刋饅頭屋本と易林本は末尾ハ行転呼音の回帰の「アマノガハ」と付訓する。古辞書資料における語中末尾ハ行転呼音について別稿に讓る。『節用集』全体のまとめとして、第一に、仮名遣い表記「は」と「わ」について述べておきたい。ハ行字からワ行字への移行が見る。キリシタン版(=ローマ字表記)『日葡辞書』に依って、「Amanogaua」とワ行表記。「ハ」から「ワ」への移行期は平安時代中期に始まっている。室町時代後半期の古辞書を中核にして一度は「わ」と表記していた語注語尾の語例が「は」と再び回帰する。印度本『節用集』及び刷版本系三種の『節用集』。饅頭屋本『節用集』の初刋本と増刋本も顕著に二分する。此の語中語尾に示す「わ」と「は」の表記について、古辞書以外の諸作品資料からも検証することが肝要となる。室町時代末に成った『運歩色葉集』完本二種(元亀二年本・静嘉堂文庫本)も検証する。「 ○天河(アマノカワ) ○銀河(同) ○銀漢(同) ○銀渚(同) 〔元亀本二五八頁2・3〕「 ○天河(アマノカハ) ○銀河(同) ○銀漢(同) ○銀渚(同) 〔静嘉堂本二五八頁2・3〕「○銀漢(アマノカワ) ○銀渚(同) 〔岡田真旧蔵本二五八頁2・3〕「とあって、二種の資料にあって、第五拍表記に差異が見えている。『節用集』類で見た傾向と同じ状況化にあるとすれば、元亀二年本と静嘉堂本における原本書写年時の先行と後行とが垣間見らたことにもなろう。精緻検証する方法として、猪熊本(岡田真旧蔵『節用集』)を取り上げる。上位「天河」「銀河」の標記語二語は未収載にし、下位部「銀漢」「銀渚」で共通、「銀漢」の付訓を「アマノカワ」としていて、元亀本に共通する。二字、一字、三字、四字熟語という排列語記載を採用していて、「あまのがわ」に四字の標記語を所載する。元亀二年本『運歩色葉集』〔阿部二六三頁6〕静嘉堂本『運歩色葉集』〔阿部二九九頁5〕「 ※注記に「万」とあって、『万葉集』乃至古註釈『仙覚抄』や『類葉抄』に此の語が所載されていず、典拠資料書名の冠字を以て引用を示すに過ぎない。『類葉集』〔延徳三(一四九一)年成る、京都府立総合資料館蔵〕を以て「あまのがは」のかな表記と漢字表記とを一覧した結果では、「天漢」三六例 「天河」一一例 「天川」二例 「天漢原」一例 「天之河」一例 「あまのかは」一例 「あまの河」三例を所載し、当該語の例は見えない。何を以ての記載なのかは今後の研究に俟ちたい。