2023/09/26 更新
絵本漫画にみる言語表現『銀河少年』
―象徴語表現を焦点に―
萩原義雄識
YeStudy「日本言語文化理会Ⅰ」講義記録
絵本漫画にみる言語表現『銀河少年』
―象徴語表現を焦点に―
萩原義雄識
YeStudy「日本言語文化理会Ⅰ」講義記録
2015年 07月 28日(火曜日) 21:14 - cm5026 熊崎 夢 の投稿
『銀河少年』第二回目にあった表現です。
【本文内容】
「ブウはいいようのないおそろしさに、ふるえていましたが、ふと、まどの外(そと)を見(み)たとたん、ぞーっと、毛(け)がさかだちました。
おそろしいこと!夕(ゆう)やみのなかに、あちこちうごきまわっている黄(き)いろい目(め)。
『ウルだっ。ぼくたちのにおいをかぎつけて、なかまといっしょに、やってきたっ!』
『キャオーッ』
…ブウは、ケンジにしらせました。
ケンジが、はっと銃(じゅう)をひきよせたとたん、まどガラスが、ガチャンガチャンとわれて、あのおそろしい、見(み)おぼえのある――」
【解析考察】
「ぞーっと毛がさかだちました」や、「まどガラスがガチャンガチャンとわれて」など、絵本では読者に状況がわかるように一場面を細かく文字で説明していると思いました。絵には、まどガラスが割れているシーンを描いていませんが、文字に表すことで、この絵がどのくらい緊迫した状況なのかを理解することができます。
《補助資料》小学館『日本国語大辞典』第二版
さか‐だ・つ【逆立】【一】〔自タ五(四)〕さかさまに立つ。普通は下を向いたり横になったりしているものが、上へ起こり立つ。*浄瑠璃・孕常盤〔一七一〇(宝永七)頃〕一「天のさかほこさかだったる一滴が固まって、喧嘩好きの弁慶と生まれたさふなとそらうそふいてぞゐたりける」*古道大意〔一八一三(文化一〇)〕上「主君浅野内匠頭殿の仇、吉良上野介殿をうちたる実のはなしが、身にしみじみと髪も逆だち、涙もこぼれるほど、心に深く染るものでござる」*小説神髄〔一八八五(明治一八)〜八六〕〈坪内逍遙〉下・叙事法「文中の雷をして鳴はたかしめ書中の激浪怒濤をして宛然天にさかだたしめ」*多情多恨〔一八九六(明治二九)〕〈尾崎紅葉〉後・五・三「逆竪(サカダ)つ身毛(みのけ)は全身に鍼(はり)を立てられる想」*或る女〔一九一九(大正八)〕〈有島武郎〉後・四一「葉子の神経はびりびりと逆立(サカダ)って自分ながら如何(どう)しやうもない程荒れすさんで来てゐた」【二】〔他タ下二〕→さかだてる(逆立)。【発音】〈標ア〉[ダ]〈京ア〉[0]【辞書】ヘボン・言海【表記】【逆立】ヘボン・言海
がちゃん〔副〕(多く「と」を伴って用いる)堅い物が勢いよくぶつかったり、落ちたりしてたてる大きい音、また、ぶつかって物のこわれる音などを表わす語。*多情多恨〔一八九六(明治二九)〕〈尾崎紅葉〉後・二「がちゃんと物の破(こは)れたやうな音がしたので」*暗夜行路〔一九二一(大正一〇)〜三七〕〈志賀直哉〉三・一五「ガチャンと邪見に受話器を掛け」*地唄〔一九五六(昭和三一)〕〈有吉佐和子〉「人々は銅貨を穴へガチャンと抛りこみ」【発音】〈標ア〉[チャ]
ぞうっーと〔副〕「ぞっと」を強めた語。*多情多恨〔一八九六(明治二九)〕〈尾崎紅葉〉前・三・二「其時は実に僕は悚然(ゾウッ)としたよ。今憶出しても、ああ寒くなる」*くれの廿八日〔一八九八(明治三一)〕〈内田魯庵〉五「水を浴びせる様な寒気が折々領筋に慄(ゾウ)っと浸徹った」【発音】ゾーット〈標ア〉[0]
※尾崎紅葉『多情多恨』〔一八九六(明治二九)〕初出例からして、このオノマトペアは新語の部類と言えよう。その特徴は、かな表記だけではなく、漢字表記「悚然」「慄」などのルビ表記もカタカナ表記で記載するなどの多様な表記字例が見て取れる。
手塚治虫『銀河少年』の語例は、普通に「ぞーっと」と用いている。
実際、『日国』見出語は、
⑴「ぞっと」→
⑵「ぞうっと」。
手塚治虫『銀河少年』の
⑶「ぞ―っと」。
明治時代の尾崎紅葉『多情多恨』の
⑷「悚然(ゾウッ)と」。
同じく、内田魯庵の『くれの廿八日』の
⑸「慄(ゾウ)っと」
と云う表記形態の異同が茲で確認された。
次に、此の表記形態が各々の個性に基づく一過性のものなのか、日本語の象徴語表現としての書籍、雑誌、新聞などの言語媒体による社会文字認識に基づく一般性の表記なのかを探っていくことへと展開していくことになる。
例えば、茲に取り上げられてはいないが、象徴音表現の三代名手とされる作家、長塚節、宮澤賢治、幸田文のそれぞれの作品について検証していくとどうなるのか。
それ以上に、国立国語研究所の「中納言」「現代書き言葉コーパス」などによる検索ではどう見えるのか。また、角度を変えて「青空文庫文学作品中のことば検索」ではどうなっていくのかを探って行く最初の道筋が茲には存在していることを述べておきたい。
ことばの実相
⑴「ぞっと」
⑵「ぞうっと」
⑶「ぞ―っと」 手塚治虫『銀河少年』
⑷「悚然(ゾウッ)と」
⑸「慄(ゾウ)っと」
⑹「ゾウッと」
⑺「ゾウっと」
ここで、原語を「ぞっと」だと仮定して、まだ引いていない小学館『日国』第二版を繙いておくと、
ぞっーと〔副〕(1)恐ろしさで身の毛がよだつさま、極度の恐怖から、からだがふるえあがるような感じのするさまを表わす語。*御伽草子・福富長者物語〔室町末〕「鬼といふ声に、そっとして帰らせらる」*敬斎箴講義〔一七C後〕「不レ氷而寒とは、恐懼の甚きを云へり。寒毛卓堅(さむけだち)するほどにぞっとして、振ひわななくこと也」*浄瑠璃・凱陣八島〔一六八五(貞享二)頃〕四「こよひおくさまの御けしきには、ぞっと身のけがよたちてあしもなへ心きへ」*歌舞伎・陬蓬萊曾我〔一八一一(文化八)〕四立「ゾっとする程怖い思ひで、拵らへた金」*滑稽本・浮世風呂〔一八〇九(文化六)~一三〕三・下「噂におっしゃり出しても、ぞっと致しますはな」*真景累ケ淵〔一八六九(明治二)頃〕〈三遊亭円朝〉七「深見新左衛門は酒の酔も醒め、ゾッと総毛だって」(2)美しいものに出あったりして、強い感動が身内を走り抜けるさまを表わす語。*俳諧・大坂独吟集〔一六七五〕上「肴舞鏱馗の精霊あらはれて ぞっとするほどきれな小扈従〈素玄〉」*浮世草子・好色旅日記〔一六八七(貞享四)〕三「過し難波の夕霧に、みぢんたがはぬおもかげ、ぞっとするほど見事なるが、まじかくよりて」*人情本・春色梅児誉美〔一八三二(天保三)~三三〕三・一五齣「年はたしかに十六七、ぞっとするほど美しき姿もはでな替り嶋」*歌舞伎・櫓太鼓鳴音吉原〔一八六六(慶応二)〕五幕「薄雲ぞっとせしこなしにて、うっとりと十三に見惚れる」(3)寒さでからだがふるえあがるさまを表わす語。*俳諧・独吟一日千句〔一六七五〕第四「木の葉衣をかさね着の袖 山姫もそっとする程立すかた」*談義本・艷道通鑑〔一七一五(正徳五)〕三・一〇「北山嵐の悚(ゾッ)と身にしみそれよりやまひの床につき」*書言字考節用集〔一七一七(享保二)〕八「悪寒 ソゾロサムシ ゾット」【発音】〈なまり〉ゾーット〔埼玉方言〕「ぞっとする」ジョットシ〔津軽ことば〕ジョットス〔津軽語彙〕〈標ア〉[0]〈京ア〉[ゾ]【辞書】書言・ヘボン・言海【表記】【悪寒】書言
とあって、初出用例を室町時代末の御伽草子『福冨長者物語』〔室町末〕の近代語の語例となっていることに注目しておくことになり、続く『敬斎箴講義』〔一七C後期〕の「不レ氷而寒とは、恐懼の甚きを云へり。寒毛卓堅(さむけだち)するほどにぞっとして、振ひわななくこと也」と語の説明に用いられていることが此の象徴語(オノマトペア)表現の原点にあり、これを近代語で「うっと」と強め、さらに「う」表記から長音「―」を添えることで用いだした一例が手塚治虫の絵本漫画『銀河少年』中に表出しているとことになっているに過ぎない。ある意味で、周圏同語表現の語例を探ることが求められている。
このあと、時代の趨勢から漢語表記ルビ化が派生化し、令和時代の今日、「ぞう~っと」と「~」表記で揺らす表記例も現代語として誕生しつつあると吾人は見据えている。この新標記語「ぞう~っと」が如何なる文章資料に存在し、その初出例を見出す作業もことばの情報蒐集活動として継続すべき作業活動だと考えている。
『銀河少年』第二回目にあった表現です。
【本文内容】
「ブウはいいようのないおそろしさに、ふるえていましたが、ふと、まどの外(そと)を見(み)たとたん、ぞーっと、毛(け)がさかだちました。
おそろしいこと!夕(ゆう)やみのなかに、あちこちうごきまわっている黄(き)いろい目(め)。
『ウルだっ。ぼくたちのにおいをかぎつけて、なかまといっしょに、やってきたっ!』
『キャオーッ』
…ブウは、ケンジにしらせました。
ケンジが、はっと銃(じゅう)をひきよせたとたん、まどガラスが、ガチャンガチャンとわれて、あのおそろしい、見(み)おぼえのある――」
【解析考察】
「ぞーっと毛がさかだちました」や、「まどガラスがガチャンガチャンとわれて」など、絵本では読者に状況がわかるように一場面を細かく文字で説明していると思いました。絵には、まどガラスが割れているシーンを描いていませんが、文字に表すことで、この絵がどのくらい緊迫した状況なのかを理解することができます。
《補助資料》小学館『日本国語大辞典』第二版
さか‐だ・つ【逆立】【一】〔自タ五(四)〕さかさまに立つ。普通は下を向いたり横になったりしているものが、上へ起こり立つ。*浄瑠璃・孕常盤〔一七一〇(宝永七)頃〕一「天のさかほこさかだったる一滴が固まって、喧嘩好きの弁慶と生まれたさふなとそらうそふいてぞゐたりける」*古道大意〔一八一三(文化一〇)〕上「主君浅野内匠頭殿の仇、吉良上野介殿をうちたる実のはなしが、身にしみじみと髪も逆だち、涙もこぼれるほど、心に深く染るものでござる」*小説神髄〔一八八五(明治一八)〜八六〕〈坪内逍遙〉下・叙事法「文中の雷をして鳴はたかしめ書中の激浪怒濤をして宛然天にさかだたしめ」*多情多恨〔一八九六(明治二九)〕〈尾崎紅葉〉後・五・三「逆竪(サカダ)つ身毛(みのけ)は全身に鍼(はり)を立てられる想」*或る女〔一九一九(大正八)〕〈有島武郎〉後・四一「葉子の神経はびりびりと逆立(サカダ)って自分ながら如何(どう)しやうもない程荒れすさんで来てゐた」【二】〔他タ下二〕→さかだてる(逆立)。【発音】〈標ア〉[ダ]〈京ア〉[0]【辞書】ヘボン・言海【表記】【逆立】ヘボン・言海
がちゃん〔副〕(多く「と」を伴って用いる)堅い物が勢いよくぶつかったり、落ちたりしてたてる大きい音、また、ぶつかって物のこわれる音などを表わす語。*多情多恨〔一八九六(明治二九)〕〈尾崎紅葉〉後・二「がちゃんと物の破(こは)れたやうな音がしたので」*暗夜行路〔一九二一(大正一〇)〜三七〕〈志賀直哉〉三・一五「ガチャンと邪見に受話器を掛け」*地唄〔一九五六(昭和三一)〕〈有吉佐和子〉「人々は銅貨を穴へガチャンと抛りこみ」【発音】〈標ア〉[チャ]
ぞうっーと〔副〕「ぞっと」を強めた語。*多情多恨〔一八九六(明治二九)〕〈尾崎紅葉〉前・三・二「其時は実に僕は悚然(ゾウッ)としたよ。今憶出しても、ああ寒くなる」*くれの廿八日〔一八九八(明治三一)〕〈内田魯庵〉五「水を浴びせる様な寒気が折々領筋に慄(ゾウ)っと浸徹った」【発音】ゾーット〈標ア〉[0]
※尾崎紅葉『多情多恨』〔一八九六(明治二九)〕初出例からして、このオノマトペアは新語の部類と言えよう。その特徴は、かな表記だけではなく、漢字表記「悚然」「慄」などのルビ表記もカタカナ表記で記載するなどの多様な表記字例が見て取れる。
手塚治虫『銀河少年』の語例は、普通に「ぞーっと」と用いている。
実際、『日国』見出語は、
⑴「ぞっと」→
⑵「ぞうっと」。
手塚治虫『銀河少年』の
⑶「ぞ―っと」。
明治時代の尾崎紅葉『多情多恨』の
⑷「悚然(ゾウッ)と」。
同じく、内田魯庵の『くれの廿八日』の
⑸「慄(ゾウ)っと」
と云う表記形態の異同が茲で確認された。
次に、此の表記形態が各々の個性に基づく一過性のものなのか、日本語の象徴語表現としての書籍、雑誌、新聞などの言語媒体による社会文字認識に基づく一般性の表記なのかを探っていくことへと展開していくことになる。
例えば、茲に取り上げられてはいないが、象徴音表現の三代名手とされる作家、長塚節、宮澤賢治、幸田文のそれぞれの作品について検証していくとどうなるのか。
それ以上に、国立国語研究所の「中納言」「現代書き言葉コーパス」などによる検索ではどう見えるのか。また、角度を変えて「青空文庫文学作品中のことば検索」ではどうなっていくのかを探って行く最初の道筋が茲には存在していることを述べておきたい。
ことばの実相
⑴「ぞっと」
⑵「ぞうっと」
⑶「ぞ―っと」 手塚治虫『銀河少年』
⑷「悚然(ゾウッ)と」
⑸「慄(ゾウ)っと」
⑹「ゾウッと」
⑺「ゾウっと」
ここで、原語を「ぞっと」だと仮定して、まだ引いていない小学館『日国』第二版を繙いておくと、
ぞっーと〔副〕(1)恐ろしさで身の毛がよだつさま、極度の恐怖から、からだがふるえあがるような感じのするさまを表わす語。*御伽草子・福富長者物語〔室町末〕「鬼といふ声に、そっとして帰らせらる」*敬斎箴講義〔一七C後〕「不レ氷而寒とは、恐懼の甚きを云へり。寒毛卓堅(さむけだち)するほどにぞっとして、振ひわななくこと也」*浄瑠璃・凱陣八島〔一六八五(貞享二)頃〕四「こよひおくさまの御けしきには、ぞっと身のけがよたちてあしもなへ心きへ」*歌舞伎・陬蓬萊曾我〔一八一一(文化八)〕四立「ゾっとする程怖い思ひで、拵らへた金」*滑稽本・浮世風呂〔一八〇九(文化六)~一三〕三・下「噂におっしゃり出しても、ぞっと致しますはな」*真景累ケ淵〔一八六九(明治二)頃〕〈三遊亭円朝〉七「深見新左衛門は酒の酔も醒め、ゾッと総毛だって」(2)美しいものに出あったりして、強い感動が身内を走り抜けるさまを表わす語。*俳諧・大坂独吟集〔一六七五〕上「肴舞鏱馗の精霊あらはれて ぞっとするほどきれな小扈従〈素玄〉」*浮世草子・好色旅日記〔一六八七(貞享四)〕三「過し難波の夕霧に、みぢんたがはぬおもかげ、ぞっとするほど見事なるが、まじかくよりて」*人情本・春色梅児誉美〔一八三二(天保三)~三三〕三・一五齣「年はたしかに十六七、ぞっとするほど美しき姿もはでな替り嶋」*歌舞伎・櫓太鼓鳴音吉原〔一八六六(慶応二)〕五幕「薄雲ぞっとせしこなしにて、うっとりと十三に見惚れる」(3)寒さでからだがふるえあがるさまを表わす語。*俳諧・独吟一日千句〔一六七五〕第四「木の葉衣をかさね着の袖 山姫もそっとする程立すかた」*談義本・艷道通鑑〔一七一五(正徳五)〕三・一〇「北山嵐の悚(ゾッ)と身にしみそれよりやまひの床につき」*書言字考節用集〔一七一七(享保二)〕八「悪寒 ソゾロサムシ ゾット」【発音】〈なまり〉ゾーット〔埼玉方言〕「ぞっとする」ジョットシ〔津軽ことば〕ジョットス〔津軽語彙〕〈標ア〉[0]〈京ア〉[ゾ]【辞書】書言・ヘボン・言海【表記】【悪寒】書言
とあって、初出用例を室町時代末の御伽草子『福冨長者物語』〔室町末〕の近代語の語例となっていることに注目しておくことになり、続く『敬斎箴講義』〔一七C後期〕の「不レ氷而寒とは、恐懼の甚きを云へり。寒毛卓堅(さむけだち)するほどにぞっとして、振ひわななくこと也」と語の説明に用いられていることが此の象徴語(オノマトペア)表現の原点にあり、これを近代語で「うっと」と強め、さらに「う」表記から長音「―」を添えることで用いだした一例が手塚治虫の絵本漫画『銀河少年』中に表出しているとことになっているに過ぎない。ある意味で、周圏同語表現の語例を探ることが求められている。
このあと、時代の趨勢から漢語表記ルビ化が派生化し、令和時代の今日、「ぞう~っと」と「~」表記で揺らす表記例も現代語として誕生しつつあると吾人は見据えている。この新標記語「ぞう~っと」が如何なる文章資料に存在し、その初出例を見出す作業もことばの情報蒐集活動として継続すべき作業活動だと考えている。