今日帰りの電車で、耳を疑った。
そして、それから15分考え込んでしまった。
それは、20代の女性が話の中で使った日本語で、
「だから、ちょうど微熱くらいの人数だったからぁ。」
意味はわかる。
平熱の35とか36より上で、40人よりは下くらい。
問題点として、
■微熱を人数の例えで使ったいいかどうか。
■そして、その「あいまいな数」を「ちょうど」で表現していいかどうか。
さて、新しい日本語の使い方としてアリか?
それともナシか?
話は変わって。
今日はなっちゃんと一緒に「別れの曲」映画を見てきました。
ドイツ映画と言っても、ほとんどオーストリア。
向こうの「懐かしい映画再放送」でよくみた俳優さんも出ている。
ショパンの話も涙だったけど、
その「どこからみても、絶対ワルシャワやパリではない、ウィーンのどこか。」が、
うれしくて、なつかしくて…。
映画は突然終わるのですが、最後の教授のセリフがなんともウィーン風。
書いてしまうと、見てない人に悪いので、書きませんが、
ウィーン歌曲の精神そのまま、悲しいときこそ、微笑む。
そんな終わり方でした。
そして、それから15分考え込んでしまった。
それは、20代の女性が話の中で使った日本語で、
「だから、ちょうど微熱くらいの人数だったからぁ。」
意味はわかる。
平熱の35とか36より上で、40人よりは下くらい。
問題点として、
■微熱を人数の例えで使ったいいかどうか。
■そして、その「あいまいな数」を「ちょうど」で表現していいかどうか。
さて、新しい日本語の使い方としてアリか?
それともナシか?
話は変わって。
今日はなっちゃんと一緒に「別れの曲」映画を見てきました。
ドイツ映画と言っても、ほとんどオーストリア。
向こうの「懐かしい映画再放送」でよくみた俳優さんも出ている。
ショパンの話も涙だったけど、
その「どこからみても、絶対ワルシャワやパリではない、ウィーンのどこか。」が、
うれしくて、なつかしくて…。
映画は突然終わるのですが、最後の教授のセリフがなんともウィーン風。
書いてしまうと、見てない人に悪いので、書きませんが、
ウィーン歌曲の精神そのまま、悲しいときこそ、微笑む。
そんな終わり方でした。