天沼春樹  文芸・実験室

文芸・美術的実験室です。

猫迷宮  80

2011年03月25日 21時42分41秒 | 文芸

        *

 

 上野から本郷へもどりはじめた。ビールの酔いがまわっている。なまぬるい夜の空気をひきずるように、のろのろと広小路から湯島の坂道をたどることにした。広い道を御茶ノ水の聖橋近くまで歩けば、本郷二丁目も眼と鼻のさきだ。

 しばらく紅花舎の社屋にくすぶっていたので、こんな夜歩きでもすこし気持ちが晴れるような気がした。どこかで水でも浴びたい気もする。そういえば、しばらく風呂にもつかっていなかった。ミドリちゃんがいれば、なにか言われそうな酸っぱい体臭が自分からたちのぼっているかんじだ。髪も洗いたい。明神下に銭湯があったような気がして、脇道にそれてみた。上野の酔客の言葉で、週末だったと気がつき、はて、自分も土日をどうやりすごすかと思案する。アパートでは、さぞかし新聞がたまっているはずだ。新聞をヤメなかったのを後悔した。いっそ、あの赤い靴の女が毎日ヌイていってくれたほうが、すっきりするな、とも思う。一日過ぎれば、新聞はたちまち古新聞にしかならないのだ。と、これも酔った頭のなかでどうでもよいことを考えている。

 銭湯はみつからず、明神下を歩きまわっているうちに、目の前に急な石段が現れた。いつのまにか明神石坂の下にきていたのだ。そこを上がれば、神田明神だ。段々のまんなかにある鉄の手すりにつかまるようにして、ノロノロと登る。坂のうえから一陣の風がふきおろして、すぎていった。なにかとすれちがったような風だったが、風はそれきり。坂の中途で、また汗がにじみでてきた。

 ようやく坂を登りきると、明神様の裏手の路上に数匹の猫がじっとすわっていた。すこしの距離をおいて、座っている。猫の集会場らしい。ふいに人が出てきたので、一様に顔をこちらにむけている。が、すぐにたいした相手ではないと見切ったのか、腹の毛をなめはじめるやつもいた。一匹だけ、すいっとたちあがって、柵をぬけて境内にスタスタ歩き去っていく。こっちも、かまわずに、さっさと表通り出ていくつもりだった。

 そのとき、後ろからふいに声をかけられた。