あるがままに高齢を生きる! シャンソン、菜園とともに・・

予測不可能な未来のドラマに期待を寄せつつ、明日を見つめてまだまだ濃い時間を紡げたらとブログを書き続けます。

戦時下の思い出

2015-07-31 23:22:49 | 日記
いま夜の10時前、雲のない藍色の空に孤高の光を放つ月が、まばらなビルの光の群れを見下ろしています。今日一日、世界中が何事もなかったかのように。

たまたまチャンネルを回して飛び込んで来たのが「永遠の0」。しばらく見ていたのだけれど、やっぱり戦争ドラマはいや! 空中戦で日の丸をつけた飛行機が敵機に攻撃されるシーンでカット。

私の小学校3年生の時に第2次大戦(大東亜戦争)が始まり、4年生の時には勤労奉仕と称して、田植えや稲刈りに駆り出されました。稲刈りの鎌で切った傷が、今でも私の小指に残っています。

田植えでは、蛭(と言っても大方の人は知らないでしょうが)、血を吸うために足いっぱいに吸い付くのです。それをキャーキャ言いながら自分の手で一匹一匹はずさなければなりません。その蛭も薬のために、今は見ることもありませんが。

小学生の子供たちにそんな経験などさせたくないですよね。

戦争も後半になると、家庭で使ってる鉄製品の鍋、釜の類は国から強制的に供出させられました。船や飛行機を作るためとかで。

その頃になると、食料は不足し、日本国中栄養失調の人だらけでした。お米さえ手に入らない状況
なんて想像できますか? 北朝鮮の現在をよそ事だと思っていませんか? 当時は餓死者がごろごろ
いたのですよ。

そんな時でも、日本は勝ち続けてると報道していました。

続きはまた!

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