平和の為に何をやれるか、愚行積善備忘録、園田幸二のブログ

人間『死ぬまでの暇潰し』と思ってみても、日本人として、日本文化を愛し、歴史伝統を護りたい。日本の安寧祈願。旅

高校生22人が中学生2人を集団レイプ

2016-07-05 23:52:47 | 悪人の所業

韓国・高校生22人がJCを集団レイプ .

韓国はレイプが多いのは聞いていたが、
この事件、怖い。



 韓国で闇に葬り去られていた数年前のレイプ事件が明るみになり、
その非道ぶりに怒りの声が上がっている。

 事件は、5年前の2011年9月までさかのぼる。
夜9時頃、ソウル道峰(トボン)区に住む当時中学生だったAさんと友人Bさんは、
好奇心から家の近くにある店でビールを買い、路上で飲んでいた。

 しかし、2人のちょっとした背伸びは、
当時高校生だった4人の男たちに見つかってしまう。
男たちは「学校にバラされたくなければ、飲み会に付き合え」と2人を脅すと、
近くの山に連れ出した。
そこでAさんとBさんは、
無理やり酒を飲まされた挙げ句、
気を失い、
4人の男たちにレイプされたのだ。

 しかも、事件はここで終わらなかった。
翌週、AさんとBさんは再び男たちに呼び出された。
そこで2人を待っていたのは、
前回を上回る22人の男たち。
彼らは「逆らえば両親を殺す」と脅すと、
再び2人をレイプしたのだ。


 この事件から5年、
高校3年生になったAさんは、うつ病を患い、
当時の悪夢に苦しめられていた。
事件は、彼女が相談センターに打ち明けることで発覚。
主犯格の3人が強姦罪と暴力罪で逮捕された。
さらに、
そのうちの1人には、
ほかにも似たような事件を起こした容疑がかけられている。

 現在、この事件に関わった22人全員に対し、
徹底的な捜査が行われているが、
加害者の大半は現在兵役中であり、
軍部内での調査を終えた後、
警察に身柄を引き渡されることになっている。

 女子中学生2人を22人の男がレイプするという、
ただでさえ非道すぎる事件なのだが、
さらなるバッシングを集める事態になっている。
事件から5年もたっていることから、
加害者の中には、
「思い出せない」
「被害者がウソをついている」と、
関与を否認する者も少なくない。
さらに、加害者家族の多くが
「うちの子がレイプをした証拠があるのか?」
「5年も過ぎた事件を、今さらどうしろというのか?」と
、Aさんへの謝罪どころか、
逆ギレ気味の暴言を繰り返しているのだ。

 この居直りぶりは国民の怒りを招く結果にもなり、
「被疑者両親 今さら」というワードが検索語上位に上るほど。
韓国ネット民の中でも「親がこれじゃあ、その子も……」
「親のレベルを見たら、事件が事実であることがわかるな」など、
辛辣な意見があふれる。

 今回の事件に対し、
ネット民の多くが、重い処罰を望んでいる。
加害者は事件を忘れていたとしても、
被害者が忘れることはない。
加害者たちには、
若気の至りでは済まされないことを思い知ってほしいものだ。
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トンチンカンチンな政党

2016-07-05 20:56:44 | 領土保全の為に
参議院選挙最中、

不思議な風景を沢山みる時期、

共産党・民進党
『戦争反対』と叫ぶ、
日本の安全保障法案を廃止と叫ぶ、

何故!
『この法案は戦争出来るようになる法案』
だど、言う。
『自衛隊が戦争に行く事になる』
『お父さんが殺される法案』
とのたまう。
また、
『第9条さえ有れば日本は平和』
『憲法を守ろう』
『この憲法さけ有れば戦争は起きない』

この方々、
日本の中で叫んでいる事は世界では
『アホな連中』
と思われている。



お可哀想

民進の岡田はアメリカの政治家と合って説教されたり、
説教はまだしも、
無視される存在、

共産党が日本国内で行ってる活動は
反日活動とみなされている
要は、国内を混乱に陥れる事
そして、
政府転覆、
共産主義政権設立を目指している。

平和を叫ぶのは大変結構
『平和を守る為に、安倍さんは動いている』
『戦争反対なら、安倍政権』



それにして、
ここのもう一つ、
ここに不思議な政党が有る
『日本のこころ』の党

この党は石原慎太郎が立ち上げた
立ち上がれ日本を源流としており、
石原慎太郎も引退、
平沼赳夫さんも高齢、
しかし、
その理念を大切にし、
活動を継続

中山恭子先生が中心となってやってる。
この人、
超お嬢様で才女、
大蔵省では女性初のキャリア

この中山恭子先生、
顔は穏やか、
しかし、
本物のヤマトナデシコ、

退任後が凄い

国際交流基金常務理事を経て、
1999年(平成11年)7月、
特命全権大使(在ウズベキスタン及び在タジキスタン)に就任[要出典]。
その直後の1999年(平成11年)8月23日、
隣国キルギスの南西部オシェ州で、
日本人鉱山技師4人を含む7人がIMU(ウズベキスタン・イスラム運動)と見られるウズベキスタン反政府武装グループに拉致されるキルギス日本人誘拐事件が発生する。
キルギス政府に交渉を一任せよとの外務省の方針に背き、
救出劇の先頭に立った。


武装グループに対して影響力を持つタジキスタン政府や関係者を通じて交渉・説得を行い、
人質の解放に成功する。

因みに朝日・毎日新聞等は
山中恭子さんを一切褒めない。

大使退任直後の2002年(平成14年)9月拉致被害者家族担当の内閣官房参与に就任、
翌月北朝鮮に拉致被害者5人を出迎えた。
それ以降も拉致問題に尽力し、
2004年(平成16年)9月に任務を果たし終えたとして辞任。

最高の拉致担当者だった。

その中山恭子先生、
もう、この暑いのに、
頑張ってる
倒れないで、
日本のこころ』
『日本のこころ』
を大切にせねばイケないと言う、

日本の伝統文化を守ってこそ、
平和!

この言葉、
三島由紀夫!
柳田国男!
夏目漱石
西郷隆盛
司馬遼太郎
李登輝先生
の言葉とも言えなくもない。







コメント (1)
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