【ビジネスの裏側】
米人気女優アンジェリーナ・ジョリーさん(38)が踏み切ったことで話題になった乳がん予防のための乳房の切除・再建手術。しかし、ここにきて強力な放射線で腫瘍を狙い撃ちし、手術せずに完治を目指す「粒子線治療」が脚光を浴びている。放射線医学総合研究所(放医研、千葉市)が5月下旬、乳がん対象の臨床研究を始めたためだ。粒子線治療装置の“草分け”である三菱電機は、既に国内8カ所に納入済みだが、ビジネスチャンスの到来とみて、国内外で売り込みを強化する。
■放射線治療よりも低い副作用、高い効果
「(安倍晋三政権の経済政策)アベノミクス効果で医療機関が投資に意欲的になるのを期待したい」
最先端技術の塊である粒子線治療装置の価格は1台100億円程度と医療機器の中でも超高額商品だが、三菱電機の関係者は、好景気は絶好のチャンスと意気込む。
粒子線治療は、炭素イオンか陽子(水素の原子核)を入射器と呼ぶ加速器で加速して、ビームにして患部に当てる。ピンポイントでがんに照射できるため、従来の放射線(X線、γ線)治療よりも副作用が少なく、手術や化学療法と比べ体への負担が小さいとされる。
また、従来の放射線治療や手術では難しかった病巣の治療もできるという。放医研が乳がんを対象に臨床試験を始めたのは、炭素イオンを照射する重粒子線治療だ。
最大手、ベルギーのIBAは陽子線装置にほぼ特化している半面、三菱電機は重粒子線と陽子線いずれも手がける世界でも数少ないメーカー。日本には現在、粒子線治療を行う施設は建設中も含めて10カ所あり、三菱電機は放医研など8施設に納入している。
■新技術も開発中
三菱電機は新技術の開発にも余念がない。患部に当てる陽子線ビーム量を従来の3倍以上に引き上げ、照射時間を従来の4分の1に短縮できる最新装置を開発。これまでは患部に応じて照射方法を切り換える必要があったが、患部の部位や場所を問わないノズルも採用した。
粒子線治療装置は、巨大な加速器と一体になっているため広大な敷地が必要だったが、新装置は、構造の見直しなどで従来の4割程度のコンパクト化にも成功。立地面積に制約がある都市部の病院にも売り込みを強化する。
5月には、最新装置を検証する「検証施設」を神戸市の工場に設置し、報道陣に公開した。同施設は今年3月、税制優遇などの対象となる「関西イノベーション国際戦略総合特区」の認定を受けており、最新装置が医療機器製造販売の承認を早期に取得できるよう、品質・評価検証を進める。
■高まる関心。海外展開も視野
同社が5月末に東京都内で開催した経営戦略説明会では、報道陣の最大の関心事は粒子線治療装置だった。
国内では、トップメーカーの同社も海外での販売実績はゼロだが、山西健一郎社長は「今後はどんどん海外に売り込んでいく」と強調し、中国とロシア、フランスで具体的な引き合いがあることを明らかにした。日本政府が成長戦略の柱の一つとして、「医療の国際展開」を掲げたことも、海外展開の追い風として期待する。
会見終了後に山西社長を取り囲んだ報道陣からは、引き続き同装置への質問が集中するなど、“アンジー効果”で、粒子線治療は一躍脚光を浴びている。
■対象外のがんも
大阪府も重粒子線治療施設の整備を進める。府庁本館(大阪市中央区)に隣接する土地に、府立成人病センターが平成28年度に移転するのに合わせ、高度ながん治療の新拠点とする考えだ。
しかし、粒子線治療も副作用が生じる場合があり、多くの患者への適用拡大には慎重な意見もある。転移したがんのほか、不規則に臓器が動く胃がん、大腸がんといった消化器のがんなどは対象にならない場合が多い。
また、施設整備費が115億円、年間維持費に5億8千万円もかかることから、「必要とする患者はどれだけいるのか」「大阪市中心部に建てたのでは、将来拡張できない」といった批判は根強い。高額な治療費を払うことができる患者も限られている。
ただ、日本の最先端のモノづくり技術が詰め込まれた医療装置を世界に売り込む千載一遇の商機がめぐってきたのは事実だ。
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