(これまでのこと)
当直の話が出たついでに、あることを思い出した。
何かの打ち上げで、検査室の希望者で飲みに行った。
斜め向かいに最初の頃一緒に働いていた彼がいた。彼は酒癖が悪く、Drに向かって名前を呼び捨てにした事があった。それで出世は見込めなかった。おまけに自損事故で片眼を失明し、眼帯をしたままだった。
最初は取り止めのないことを喋っていたが、ビールの量が増えてきたところで、私に向かって「◯◯さん、なんで当直に入らんの」と聞いてきた。
私が「技師長に聞いてみて」と言うとそんなのダメ、だと言う。
「◯◯さん、家を建てたやろ」と言うから、「建てたよ」と答える。何やらそれが気にくわないらしい。
私が「じゃあ私、乳癌になったの知ってる?」と問うと「知らない。◯◯さんも大変やったんやねぇ。」と急に言葉が和らいだ。元々優しい人だった。
どうも家の話は噂になっていて、癌の話は伝わってなかったらしい。
彼は正直な人だったから言ってくれた。彼も酷い高血圧を持っていて、当直に入らなければならないことに合点が行かなかったのだろう。私は申し訳ない気持ちだった。
彼はそこで席を立ち、帰ろうとしたので、咄嗟に持っていたMSのパンフレットを渡し、「私、この病気も持っているの。よかったら読んで!」と言った。
彼は去って行った。
羨ましい話には羽がはえたように広がり、どうでも良い話は広がらない。世の常かも知れない。
彼が正直だったから、皆んなが何を思っているかが分かった。
でもそんな噂はどうでもいい。
家を建てることは自由だし、私は病気があるから建てることに踏み切れたのかも知れない。
無責任な人の噂、そんなのを気にしていたら生きていけない。
向かいの優しい人が、「◯◯さんの病気のことは、こっち(検査室が離れている)の人はよく知ってるんよ。だから気にしなくていいんよ。」と言われた途端、私の目から涙がとめどなく流れて、止まらなくなった。優しい言葉を掛けられると緊張が取れるのか感情を制御出来なくなる。
「もうやめて、お願い、ありがとう」と必死でそれを遮った。
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