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The Sword 第十二話 (3)

2010-12-03 19:06:59 | The Sword(長編小説)
「元気さん。俺も言わなければならない事があります」
「そうだな。どういう状況で連中との戦いを切り抜けたのか聞いておかないとな」
「俺達を裏切ったのは・・・慶です」
「は?な、何?今、何て言った?」
元気はキョトンとした顔をしていた。聞きたいこととは別の事を言われたから驚いたのだろう。
「ですから、裏切ったのは慶です。それを伝えに今日、ここまで来たんです」
元気の目が変わり、一道の胸倉をつかんだ。
「ど!どう言う事なんだ!慶が?話の筋が見えてこない!分かるように説明しろ!」
一道は胸倉をつかまれたままで元気の手を払う事なく慶が裏切った理由の全てを語った。
全部聞き終えた元気は一道から手を離し、一瞬ふらついて、冷蔵庫に行き、また一本ビールを取り出して飲み始めた。
「何でだよ・・・慶。なんで・・・」
今まで、カラオケに行ったり、公園で遊んだりとみんなで交流を深めてきた慶が何故裏切るのか?信じがたかったが、現実はあまりにも残酷であった。
「この事はみんなに言うぞ。和子ちゃんの時のようには行かねぇ・・・いいな?」
最後の確認の言葉は何の意味があるのだろうと思った。駄目だと言っても皆に言わなければならない内容である。それに、覚悟ははじめから出来ていたのだから・・・
「分かっていますよ。だから、電話ではなく直接、言いに来たんです。まずは元気さんにお伝えするべきだと思いまして・・・」
「今すぐ、みんなを集めなければならないな」
元気は受話器を手に取った。電話のダイヤルを叩き、全員を呼び出していく。内容はまだ言わない。ただ、敵と戦った情報を教えるとだけ言って皆を呼び出したのだ。今回はソウルドを使えない港も呼び出すことにした。彼がいなければ全滅していた可能性があったのだから言わば彼は恩人であった。部外者という訳にはいかないだろうという判断であった。
「最後は悠希か・・・はぁ・・・」
さっき、殺人者扱いされた為、気が重いが、電話をするしかないだろう。ダイヤルを押してコール音がなる。その間、一道の方に元気は視線を移してみた。
「いちどー!お前、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ・・・」
「大丈夫って、お前、顔が真っ青じゃないか?」
元気の言うとおり一道の顔はさっきよりも悪くなっていた。一道は魂の負傷をしており全快という訳ではないのだ。それに、慶の一件がある。一道も精神的にガタガタなのは無理もない事なのかもしれない。
「お前もまだ全快じゃない。帰って休んだ方がいいんじゃないか?説明は俺がしておこうか?」
「何、言っているんです。石井さんや昌成君が俺の所為で殺されたんですよ。俺だけ、帰って寝ている場合じゃないでしょ?」
「そりゃそうだが・・・そんな状態でいられてもな・・・それに、悠希がいて話を聞いて、お前が目の前にいたらどうなるか分からんのだしな」
「分かっています。それに、罰を受けなけ・・・」
壁に寄りかかるようにして座っているのがやっとという所で一道は話す。一道の話し途中で、コール音が途切れた。だが、罰という言葉を聞いて、一道は重大な問題だとして捉えていると言う事が良く分かった。
「もしもし・・・」
「!!2度と電話してくるなって言っただろうッッ!!この人殺し!」
ブツッ!
ちょっと離れた一道からも怒り狂う悠希の声が聞こえた。一旦、受話器を下ろし、再びダイヤルを押そうとする。
「つれぇなぁ~これ。これが女の言う事か?俺が直々に行くしかないか・・・」
全く元気の言う事の聞く耳を持たない悠希に対してはすぐに切る事が出来る電話ではなく直接会うしかないかと思っていた。ただ、バイクで行こうとしているのなら飲酒運転である。
「俺が話しますよ。元気さんでは声を聞いただけで怒ってしまうみたいですから・・・」
「いや、だからってキツイぞ・・・」
「皆さんの苦しみからすればこれぐらいの事・・・」
元気がダイヤルを押し、一道が受話器を取る。長いコール音の後、ようやく出てくれた。
「この人殺し!!」
「そうですよ。俺は人殺しです」
「え!?あ、あ・・・すいません。ど、ど、どなたですか?」
てっきり元気が出てくるものだと思ったらしく、一道が出てきてかなり焦る悠希。しかも、一道とは殆どコミュニケーションを取った事がない悠希である。声など覚えてなかったのだろう。
「俺は、武田 一道です。みんなに教えなければならない事があります。一度、元気さんのうちにお出でになっていただけませんか?」
「何でアイツの家なんか!」
「あなたの勘違いしている事の真実を全て教えます・・・」
「私が勘違いしている?何を?」
「それを全て教えますから一度お出でになってください。お願いします」
「ここで言ってよ」
よほど元気の事が嫌いなのか拒否を続ける悠希。だが、一道の説得に応じざるを得なかった。
「駄目です。来て下さい。直接会ってから話します。来なければ話しません。その間は、何も聞かないでください」
「・・・。分かった。言ったら全部話してくれるのね。大した事じゃなかったら承知しないよ」
「分かっています。ありがとうございます」
「でも、私、アイツのうちなんか知らないよ」
家が分からないという問題に関しては、元気が歩いて迎えに行くという事になった。電話で連絡した事で他の面々が集まった。今日は日曜日、皆、予定があったかもしれないが少なからず魂の負傷をしている為、皆、不調で家で療養していて全員、集まる事が出来た。それもまた何かの運命なのかもしれない。
「武田先輩、どうしたって言うんです?」
「何を知っているっていうの?」
普段、あまり積極的に話しかけて来る事の無い一道が急に呼び出したのだからただ事ではないという事は港も、和子も勘付いていた。一道は座り込み、目を瞑ったままである。やはり全員揃うまで教えないつもりのようだ。
「そういえば、慶さんがいませんけど、やっぱり重傷で動けないんですが?僕らの中では一番酷いように見えましたけど・・・」
剛に話しかけられたが一道は沈黙を続けた。そして、悠希を迎えに行った元気が戻ってきた。全員、一道に集中している。これからどんな事を言うのか、想像をめぐらせていた。
「全員揃いましたね。では・・・」
今迄で黙り込んで神妙な面持ちであった一道が更に、難しい顔をして話し始めた。その話は全員が息を呑む事となる。
「今回の事件の発端は全て俺から始まっています」
「まさかアンタがアイツに全部教えたっての!?何で?」
「それ、本当ですか?」
さっき聞いた元気以外の全員が瞬時に驚きの表情を浮かべた。一道の様子が普段にも増して真面目ぶっている所を見れば何かとんでもない事があると言う事は分かったが、そこまで外れた事をするとは思わなかったのだろう。
「アンタの所為で!アンタの所為で昌成君が殺されたっていうの!?」
即座に一道に飛び掛らんとする悠希の腕を元気がつかんだ。
「待てよ!悠希!何をするにもいちどーの話を全部、聞いてからにしろ!」
「アンタも邪魔するの?コイツの所為で殺されたり、みんなだって怪我したんでしょうが!それなのになんでコイツの肩を持つの?」
悠希は元気も疑っていた。和子達も行動では示さないものの、疑念を抱いているのは確かである。今は、元気の言うように一道の動向を見守ろうというところだ。
「まずは話を聞きましょう沼里さん。何かするにしても元気さんの言うとおり、武田先輩の話を聞いてからでも遅くないと思いますよ。何も分からないまま事を起こしてもそれが間違いだったり誤解だったりしたら何もかも手遅れになるかもしれませんよ?」
港の気の利いた言葉により、悠希は一道をつかんでいた手を離し、一道に話を続けるように無言で促した。だが、手遅れになるかもしれない行動の意味するところは、かなり重い。が、彼女の瞬きもせず、一道の目を下からのぞきこむようにしている姿は、これから真実を伝えようという凄みがあった。
「港。すまない・・・」
一道は話し始めた。裏切ったのは慶であり、慶が裏切る原因を作ったのは自分であると・・・話が終わる前にプルプルと拳を震わせる悠希。

「やっぱりお前の所為で!お前の所為でぇぇぇ!」
悠希は全てを聞き、今までたまりに溜まっていた怒りをぶちまけようとした。ソウルドも発動し、いかにも斬りかからんという勢いであった。一道は下からゆっくりと視線を悠希に向ける。
「・・・」
一道が向けるその目は非常に冷たい。いや、冷たいというより全てを話し終えて生気を失っているようであった。30分も経ってないのに、さっきまでの覚悟を決めた顔とは打って変わり疲れきってやつれているような印象さえ受けた。
「待て!待て!待て!悠希!今、いちどーを殺してしまっては俺達が困る」
「落ち着いてください。悠希さん!」
「早まらないでください。悠希さん」
「そんなの関係ないよ!コイツを殺さなければみんな浮かばれないじゃない!昌成君が殺されて花を持ってきてくれた彼だって殺されちゃってさ!それにみんな殺されるかもしれないぐらい危ない目に遭ったのにさ!それはみんな、みんな、コイツの所為じゃない!それなのに何でコイツを庇うの?頭おかしいよ!」
悠希は、皆の本心を声として代弁してくれていた。だが、人にはそれぞれの事情というものがある。気持ちは十分に理解できても賛同してくれるものはいなかった。出来なかった。
「どうぞ・・・俺は構いませんよ。その為に皆さんをこうして集めたのですから・・・」
元気が悠希を抑えている中、一道は悠希から送られる燃え滾るぐらいの殺意溢れる視線を外そうとしなかった。
「バカいちどーが!俺達が折角止めているのに!火に油を注ぐような事を言うんじゃねぇよ!」
「だから俺は構わないと、溜まりに溜まった感情をぶつけた方がスッキリするというものです。苦悩を抱えたまま生きろだなんて俺には言えません」
「ずるいですよ。武田さん」
ここまで黙って聞いているだけであった剛が、急に口を開いた。
「ずるい?」
「そうです。武田さんは逃げようとしているのです。全部、自分の所為だと背負い込んで殺されればそれで済むと思っているんです。そんな事でみんなに納得してもらおうなんてずるいですよ」
「!?」
一道は大きく目を開いた。
「本当。剛君の言うとおり。それで彼を今、殺してしまったら彼の思うとおりじゃない。それに私達は心を深く傷つけられたのにみんなに辛い事を残して自分だけ死んで償っておしまいだなんて勝手すぎるよ」
和子の言う事もまた正しい。一道は目を閉じ、何を言われても甘んじて受けようと口を結んでいた。
「俺は、武田先輩の気持ちは分かりますよ。もっと羽端先輩を分かってやればこのような事は避けられたって・・・いや、だからと言って武田先輩を支持しませんけどね・・・」
港は中間的な意見を出していた。話は平行線に進もうとしていてそんな似え切れない状態に悠希は苛立っていた。
「じゃぁどうするのよ!何もしない事がコイツの望まない事だからってこのまま放っておけっていうの!嫌よ!そんなの私の気が済まないよ!」
「それは悠希の言うとおりだな・・・このまま、いちどーを何もしないという訳にはいかない・・・俺だってさっきまで悠希から酷い言われ方をされたんだ。いちどーにもそれなりの罰を受けてもらわないとな・・・」
「煮るなり焼くなり好きにしてくださいよ。俺はもう・・・」
一道は相変わらずであった。その相変わらずのその態度は全員の怒りを逆撫でした。和子がそんな一道に対して言った。
「あなたね!『この事は俺の所為じゃない!慶の所為だ!』って責任転嫁してくれればみんなあなたを簡単に憎めるのに『俺の所為だ』なんて言われちゃったら怒りを誰に向けたらいいのか分からなくなるじゃない!それがどんなに辛いか分かっているの?そんな素直に何でもしろだなんて!私達は人の心を持った人間なのよ!あなたを殺して良かった。良かったなんて思えるわけないでしょ!!」
和子の言葉は全員の上手く気持ちをまとめていた。皆、口に出して賛同しなかったが頷いていた。一道は、握りこぶしを作り、震えるだけで何も言わなかった。
「いちどー。ちょっと待ってろ。お前をどうするか全員で決める。極力全員の意見を取り入れて納得できる形にしてな・・・」
元気が仕切って全員が小声で話し始めた。話す事30分ぐらいが経っただろうか?その間、一道は目を瞑り、正座をして待っていた。
「決まった」
「言ってください。自分は何を言われても、何をされても抵抗せず受ける所存にあります」
「その言葉に偽りはないな?」
最終確認の意味であろう。だが、一道にそれを拒否できる立場ではない。間をおかず答えた。
「はい」
その一道への要求はまさに一道にとって殺される事よりも遥かに重く厳しい事であった。
「お前自身の手で・・・慶を戦って倒せ。出来るな?」
「!!そ、それは・・・」
今まで、渋い顔をして固まっていた一道がビクリと体を硬直させ、震え始めた。
「聞こえなかったのか?お前自身の手で慶を倒すんだ。倒すと言うのはただ単に戦って勝てばいいという意味ではない事は分かるな?」
「お、俺が?慶を?」
「そうだ。死ぬ覚悟をしていたお前を今ここで俺達が怒りに任せて殺した所でお前からしたら予定通りでしかないからな。本当の罰にはならない。それでは俺達の気が収まらない。それにそんな事をしたって空しいだけだし、何よりお前の力は貴重だ。それを俺達だけの気分だけで失うわけにはいかない。そう考えて、お前自身に精神的に重い罰を与え、俺達の行き場のない怒りを静め、なおかつ、俺達に有利に働かせるにはお前に慶を倒してもらうしかないと考えたわけだ」
言うなれば一石三鳥という所だろうか?だが、一道には溜まったものではなかった。目が泳ぎ完全に動揺していた。
「さっきやると啖呵を切ったのだから嫌だとは言わせねぇからな」
元気だけではなく他の者達にも視線を移すが皆、それが当然という目をしていた。誰も自分に同情してくれたり、反対してくれたりする事はなかった。
「それで、慶はどこに行ったんだ?当てはないのか?あいつが行きそうな場所だとか・・・」
それから元気達が言った事の殆どを一道は覚えていなかった。何か喋ったような気がするが、殆ど無意識であった。
『俺が慶を倒す?それは即ち俺が殺す?』
そればかりが頭の中を駆け巡っていた。だが、思いもよらない事だったので想像すらできなかった。ただ、俺が慶を殺すという言葉だけが頭から離れなかった。

慶の居場所が分からないのに、これ以上、狭い元気のうちに滞在している理由はないと言う事で解散という運びになり、一道は家路へと歩き始めていた。しかし、足取りは覚束無い。
「武田先輩。相当なショックを受けているみたいでしたね」
「それだけ慶を倒せってのが想像以上にきつかったんだろ?小学生ぐらいの頃からずっと一緒だったって話だからな。いくら裏切って人が死んだっつってもいきなり親友を倒せといわれりゃ~な・・・」
「何、甘い事を言っているの?私はね!出来ればこの手でアイツを昌成君と同じようにお腹に穴を開けて!」
「悠希よ~。アイツの落ち込みっぷりを見て少しはざまぁみろって思えよな」
人が苦しむ姿を見て喜べというのは人間としてかなり問題がある行為だろうが、単純で分かりやすい。
「ふん!それぐらいの事なんだっていうの?私が受けた心の傷はそんなものじゃないよ。そもそもアンタがあんな会を開こうなんて思いつかなければあんな事には・・・」
「やめましょうよ。悠希さん。今、そんな事を言っても昌成君は帰ってきません。僕の兄のように・・・ひょっとしたら間 要とあなたが一緒にいたことで僕の兄は死んだのかもしれませんよ」
「!」
剛が悠希と一時期仲良くしていた間 要の話を持ち出した。たらればの話を始めたら切りがないだろう。皆が悠希を宥めて落ち着かせた。
『慶を倒せってのはキツイだろうが、それ以上にキツイのはそのアイデアを思いついたのは和子ちゃんだって事だよな・・・』
その事実を知る立場の元気もまた辛い。

「慶・・・」
施設への帰り道、1人になると行きの道程と同じように慶との思い出をいくつも思い出す。町内探検と称し、遠くまで行き過ぎて院長に怒られたり、運動会の徒競走でたまたま一緒に走ることになって、かなり激しく競い合って、自分が転倒してビリになったり、秘密基地を一緒になって作っていたが、その森の所有者である最近では珍しい頑固ジジイに見つかって追い回されたりしたこと、など、沢山の楽しい思い出、辛い思い出、疲れた思い出など、慶との思い出が知らぬ間に数え切れぬ思い出が溢れてくる。それが1つ1つ、出てくるたびに一道の目から涙がこぼれた。

帰るのを憚られたが心配をかけさせるわけにはいかないと言う事、施設に戻った。ひょっとしたら慶も戻っている可能性があったからだ。だが、もしいたら戦うのか?殺すのか?そんな事が出来るのか・・・
「慶ちゃんなら、さっき電話があって泊りがけだって・・・」
「泊りがけ?」
「そう。友達が大変な事があって、今日は帰れないって言っていたけど・・・何があったかかずみっちゃん知っている?」
何故、帰れないのだろうか?帰れないような事情が発生したのだろうか?それとも
『俺と顔を会わせたくないからか?』
確かに、それならば考えられた。だが、それだけの理由で、施設に帰らずみんなに心配をかけさせるような事をするだろうか?
『俺は、分かっていた気になっていただけだったんだな・・・』
今まで、慶の体のほくろの数までも知っているような仲だと思っていた一道であったが、慶が自分の母親の事を知ってショックを受けていたなどと全く気がついていなかった。そんな自分は慶が考えていることなど分からなくなっていた。
食事をして、風呂に入り、布団に入ったときであった。今までの慶の事ばかりを思い出し、これから慶の夢でも見るのだろうなんて思っていた所で珍しく一道の母親である澄乃が話しかけてきた。
『私の判断が慶ちゃんを寂しがらせていたのかもね・・・』
慶にも自分の存在を黙っていた方がいいと幼い一道に言っていたのは誰あろう澄乃自身であった。それは、勿論、母親の魂が自分の肉体に宿っているなどと言えば一道が世間から孤立してしまうのではないかという懸念からの澄乃の判断であった。それが引っ張り続けて、今になってこんな悲劇を生もうなどと夢にも思わなかった。
『いや、お袋の所為じゃないさ。俺がもっと言い方を考えれば良かったんだ・・・俺が口下手だからアイツを孤独にさせた。それで、アイツは俺から離れていった・・・』
和子が襲われかけた日、施設に帰った一道は慶にソウルドについて話した。そして母親の魂の事も・・・慶がショックを受けないような言い方が出来たのではないかと思えた。
『そんな事ないわ。かずちゃんの所為じゃない。私がもっとちゃんと説明するようにしていたら慶ちゃんだってこんな事をせずに済んだのかもしれない・・・』
『そんな事ないって・・・』
お互い、相手の所為ではない自分の所為だといい続けた。美しい親子愛のようにも思えなくないが、ある意味、傷の舐めあいをしていると言えた。やはり同じようになるのは親子だからなのかもしれない。二人のそんなやり取りが夜、遅くまで続き、知らぬ間に一道は眠っていた。

今日は、月曜日、学校に行かなければならない日である。
慶はやはり帰ってくる事はなく、一道だけで学校に向かう。一人だけで学校に行くなんていうのは珍しい事だ。どちらかの体調不良の日、もしくは中学生のときに部活の朝練で登校時間がずれたときぐらいなものであった。
『慶は帰ってくるのだろうか?いや、あいつなら・・・このままかもしれない・・・でも、本当にそう言いきれるのか?』
慶について分からなくなっている一道としては断定できなかったがそのように思えた。今日の天気はどんよりとした曇りで午後から雨が降るというそんな重苦しい通学路であった。幼稚園児達を一緒に送るが心は上の空であった。学校に着くが当然の事ながら慶の姿はなかった。ホームルームがあり、授業になるが元々つまらない授業をする中年男の声など耳に入らなかった。それから休み時間になったそんな時であった。
ピンポンパン
学校の放送が流れた。
「武田 一道君。ご家族から電話が来ております。至急職員室まで来てください」
「・・・」
自分の名前を呼ばれても遠くを見ていて、放送の事に気がついていないようだから沢 竹伸が話しかけてきた。
「何、ボケッとしているんだ!いちどー!お前放送で呼び出されているんだぞ?」
「ええ?何だって?」
「繰り返します。武田 一道君・・・」
2度目の放送で、気がついて、職員室の方まで歩いていった。
『何だろうか?慶が何かしたとでもいうのか?』
慶の事を考えようとする一道、しかし全く想像もつかなかった。ノックし、挨拶してから職員室に入る。それから受話器を受け取った。電話の主は施設の院長だそうだ。
「もしもし・・・」
「もしもし!かずみっちゃん?聞こえてる?」
かなり慌てていた。普段見られない珍しい事であった。
「どうしたんです?」
「どうしたもこうしたもないわ!慶ちゃんが急に戻ってきて、早々、アルバイトのコックに弟子入りしたからここから出て行きます。学校には退学届けを出しました。長い間お世話になりましたってぶっきらぼうに言ってそのままいなくなっちゃったのよ!かずみっちゃん!慶ちゃんの事、分からない?一体何があったって言うのよ!今までこんな事、なかったっていうのに」
「俺も・・・何も・・・聞いて・・・いません」
「そう。どういった心変わりなのかしらね?かずみっちゃんにも言わないなんてよっぽどの事よね?本当、どうしたのかしらねぇ~」
院長はそれだけで引き下がったものの一道の嘘を見抜いているだろう。彼女は百人を超える子供達と接してきたのだから・・・それに、分かりやすい性格の一道である。分からないはずなどない。だが、敢えて聞かなかった。幼い子であればそれを指摘するがもう高校生である。嘘をついたら自分で責任を取るぐらいの事は出来るだろう。ただ、何か知っているかだけは知りたかった。
「出来ればもう誰にも会いたくないが・・・連絡しなければならないんだよな」
その直後、元気に電話をして連絡を取った。当然、全員集まるという話になった。そこで集合場所として選んだのは大多摩橋。教われて一時逃げ込んだ橋であった。それから小屋に向かう。小屋を集合場所に選ばなかったのは個人個人で集まると待ち伏せされたとき、対処しにくいからだ。慶がいなくなった今、待ち伏せは考えにくいが用心である。そこに行く目的は連中の足取りをつかめるようなものや連中に関係しているものなどが落ちている可能性だってある。調べる事は多いのだ。


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