まず橋に着いた。時間前ギリギリだった。5分前以上前の到着を守る一道としては遅いくらいであった。他のメンバーも着いていて話をしていたが何故か遠くにいるような気がした。
「何でよりによってあの場所に行くって言うんですか?何かあったら今度こそ・・・」
「それは分かるけどよ。こちらがまたここに来るとは考えにくいんじゃないかな?こちらの情報を伝える人間がもういないのなら?」
元気はそのように答えた。一道は軽く目を伏した。
「そういう言い方よくないですよ。もう疑う人なんていないんですからね」
和子が珍しくフォローするような言葉を言った。
「どうしてそんな風に言える?」
「根拠はないですけど、もう、今のところ、そういう人はいないのだから今、私達同士が疑い合って結束を壊す方が問題の方だって思いますけど」
「そうだな・・・今、これ以上疑っても仕方ない」
とは言いつつも視線は向けずとも一道のほうに注意が行くのは仕方ないだろう。慶と一番親しい者が一道なのだからそういった疑いをかけられるのも最もあり得ると言えるだろう。これ以上騙す事はしないとそのように仕向けておくと・・・一道自身は殆ど反応を示さなかった。
次に、悠希が黙って現れ、港、剛と続く。
「まず慶の足取りについて一道から言う事がある」
一道は元気から話を振られても暫くなにも答えず、遠い目をしていた。
「え?あ、ああ・・・」
「お前が俺に電話をかけてきたんだろうが!しっかりしろよ」
全員に慶が自主退学した事、施設も出て行ったことを伝えた。
「これで振り出しになっちまった訳だな。お前、慶の行く当てとか分からないのか?少なくとも何か不審な点はあっただろうが?些細な事でもいいんだよ。何か・・・」
「分からない。あいつの事はもう何も分からない」
元気達に言われたように何か思い出してみようと努めてみるが慶の事は殆ど浮かばなかった。弱弱しく首を振って言う一道は以前のような凛々しい面影はなかった。ただ、怯え震えているようにも見えた。それ以上、追求する事もせず、元気は、話を戻した。
「じゃぁ、行くか?待ち伏せの恐れもあるがずっと怯えているわけにもいかない。少しは攻めに転じられるようにしておかないとな・・・」
小屋に向かって出発する一行。小屋への道のりはなぜか遠く感じられた。逃げている時は歩いている時間が長く感じられた。いや、遠いのではないのだろう。ここに来る足取りが重いからこそそのように思えるのだろう。
「ここから見通しが悪くなる。俺は前を見る。和子ちゃんは左、悠希は右、剛は後ろ、港といちどーは、周辺に気をつけろ。奴らは魂の飛び道具を持っているぞ」
元気が手早く指示を出すと港がすぐに反応した。
「魂の飛び道具?一体どんな?」
「あ?言ってなかったか?」
「初耳です」
「すまん。色々ありすぎて伝えるのを忘れていた」
その飛び道具の特性を伝え、周囲に気をつけるように指示を出した。それから歩き始める。前後は見えるものの左右には木々や山のくぼみなどで隠れるところは山ほどある場所であった。全員、応答するが一道は下を向いたまま無言であった。
「分かったな。いちどー」
「え?あ!はい!」
返事はしたものの、何をするのか分かっていない様子で顔からはクエスチョンマークが出ているように見えた。
「武田さん。前とあまり変わってないですね」
かなり重傷ともいえる一道の様子を見て剛が心配していた。
「仕方ないだろ。生真面目ないちどーなんかはな・・・時間がかかる」
「・・・」
剛の表情も沈んだ。何故かと思った元気であったが、すぐに思い浮かんだ。魂が抜けた兄の今は亡き彼女を奪う形となった剛と立場は逆であるが似たようなものだろう。
「だが、立ち直らないといけない。お前は十分頑張っているよ。うん」
「はい・・・」
剛はいくらか立ち直ってきているので安心した。一方の一道はまた下を向いていた。剣術のプロとして当てにしていた一道だというのに今は完全に抜け殻となってしまって今までを知っている元気達にはそんな見るも無残な一道の姿を見るのは悲しい。
山道を歩き、外れたところに小屋がある。のぼりは結構、急である。もし待ち伏せされていたらどの方向から襲われるか分からないから周囲に気を配る事にした。歩くのは普段より遅めであるが何事もなく小屋の前に着く事が出来た。
負傷し、置き去りにするしかなかった石井 亮の姿はなかった。
「自力で下に下りていればいいんですけどね・・・」
和子は石井が倒れていたところにしゃがみ込んで希望があればと思った。
「ないと思います」
アッサリとその希望を打ち消したのは意外にも剛だった。ポチッ鉄がやられる所や倒された兄を見てそのように思えたのだろう。
「そうか・・・そう考えるのなら、亮の体を持ち出したのは誰だ?そうだ。救急車でも来たのか?いや、奴らが再度来て亮を持ち出したと思うのが早いか・・・」
だが、見つかったのは子供が捨てたお菓子のくずやら昔捨てられたようなビデオデッキなどのゴミでありそれ以上、先日、こちらを襲ってきた奴らの手がかりとなるような物は何一つ見つからなかった。
「俺は本当にあの時、ここで戦っていたのだろうか?」
元気は見覚えのある土地を見てそのように思える。今、ここは静寂に包まれている。当時の激戦を振り返っても実感が沸かなかった。記憶はあるのだが、思い出すとブルッと震えた。
「昌成」
小屋の戸の前に来た悠希が中に入ろうとしていた時に
「悠希さん。待ってください。何か罠が」
港は戸に罠でも仕掛けられているのではないかと思って悠希に注意を促そうとする前に悠希は開けていた。瞬間的にソウルドを出して構えた。
「お!おい!悠希さ!」
中に入る悠希。港が思うような罠は仕掛けられてはおらず何事もなく小屋に入る事が出来た。
「やはりいませんね」
亮がいなかったように昌成の姿も無かった。悠希は昌成を置いた場所にしゃがみ込んでなにやらボソボソと呟いていた。港は小屋内を歩き回った。
「特に何も・・・おおっ!」
港はズルッと滑った。転ばずに済んだが何とも無様な格好であった。
「犬のウンコでも踏んだか?」
ヌルッとした感触は以前、踏んだ犬の糞にそっくりであった。ポチッ鉄という犬と親しくしていた彼らならば糞もするかもしれない。足の裏を見た時に甘ったるい匂いがした。
「そうか・・・ケーキか・・・」
あの時、ケーキをひっくり返したのであった。その残骸だろう。あの時の事を思い出していた。
「あれが起きる前までは楽しかったのにな・・・」
当時の事を思い出していた。
「何か収穫はあったか?」
元気が中に入ってきた。お互いに状況を報告し合った。結局、徒労に終わり何も進展することなく全員、帰るしかなかった。帰り道も注意を払って山を下りた。
それからすぐに世にも恐ろしい事にこれから巻き込まれるなどとここまでで誰も分かっている者などいなかった。彼らの人生さえも揺るがす事件が起ころうとは・・・
次の日の夕方、元気、港、和子の3名が元気の部屋に集まっていた。今後の自分達について話し合わなければならないと思ったからだろう。人数が少ないのは、無理して出てくる事はないと思ったからだろう。剛は昨日の山での調査で体調を崩したという話で体を休めた方がいいという判断して呼ばなかった。悠希に関しては昌成に関しての事になると感情的になりすぎる為、話がこじれると思ったから除外した。慶に対して個人的に深いつながりがある一道が近くにいると話しにくい事で呼ばなかった。と言うより、ボロボロの一道は誰かが励ますよりも時間で回復してもらうしかないと思ったのだ。
「どうにかあいつらの所在を知る必要がありますね」
「みんな、近くを歩き回れば、あの人達の誰かが必ず見つかると思わない?」
「それで、見つけて追跡していって、居場所をつかむ事が出来れば、今度は俺達の方から攻める事も出来る・・・」
港と和子が積極的に話をやり取りさせていた。
「どうしたんです?元気さん?俺ら二人だけで話していてもしょうがないでしょ?何か意見を出してくださいよ」
呼び出した本人の元気がテーブルにあるテレビのリモコンを握ったまま、渋い顔をしていた。
「いや、ちょっとな・・・あの時、奴らに断らず協力していればこんな事にならなかったのかもしれなかったってな・・・」
元気は田中 勇一郎とファミレスで会った日の事を指していた。
「どうしたんですか?元気さん?何だか弱気じゃないですか」
「元気さんが元気じゃないと私達ちょっと調子狂いますよ」
「いや、ちょっとな。俺達は選択を誤っていたのかもしれないってちょっと思っただけだよ。そりゃ、そんな事を今、言ったところで何にもならないって事ぐらいは俺だって分かっているけどさ」
「も、もしかして元気さん!?今からあの人たちに協力するとかって言い出さないですよね?そんな事はいくらなんでもねぇ・・・」
和子が恐る恐る聞いてみる。だが、今の元気に全面的に連中と戦おうというような力強い目の色は見られなかった。
「色々、考えた。俺も出来ればやられた隆、ポチッ鉄、亮、そして、昌成ちゃん。みんなの仇は討ちたいと思っている。だけどよ・・・俺達だって精神的にかなり傷つけられた。それに奴らは魂の大砲なんてものを持っているんだぞ。単純に考えてそんな訳分からん物を持っている奴らに対して戦いを挑んだとして俺達に勝ち目はないだろ?どうやったら勝てるって言うんだ?次は何をされるか分からないんだぞ。今度こそ全滅する事だって考えられる。4人には悪いがそんな意固地を貫いたところで俺達は得しないだろ?ただ仇を取ったっていう満足感だ。それで何になるんだよ」
「そういう後ろ向きな話をするから、私達しか呼ばなかったんですか?」
和子が聞く。そんな話は大切な人を失った剛や悠希が聞いたらどう言うのだろうか?
「そういう訳ではないが・・・この現状でどうしろっていうんだ?」
「あの武田って人には慶を倒せって言ってしまったのに私達は何もしないんですか?」
「アイツの顔を見ただろ?今のアイツでは俺でさえ」
ピンポーン
和子と元気のトーンが上がってきたところで突然、インターホンが鳴った。元気は続ける。
「勝てそうだぞ。あんなボロボロのいちどーを加えて戦ってどうなるって言うんだ?敵討ちをしようとした事が4人に対しての弔いになるっていうのか?記念になるっていうのか?冗談じゃない。俺はそんな事で死にたくはない」
「怖気づいたんですか?」
軽い挑発をする港。元気は、そんな挑発には乗らなかった。
「そう思いたければそう思え。俺はもう誰かが傷ついたり、死んだりするのを見るのがゴメンだって言っているんだ!しかも、これをやって意味があるかどうかも分からないんだぞ」
その言葉には港も和子黙った。生き残ったものの定めであろうが、誰かが傷つき苦しんだり、誰かが死に悲しんだり、それらを全部引き受けなければならない。怒っている時は気がつかないものだがいざ、その感覚に打ちのめされたとき、全身が潰されるような絶望感に支配される事になる。
「あの~」
和子が何か言っていたが港と元気の議論はヒートアップしていた。
「けど、それでいいんですか?」
「良いか悪いかは後になって考えてみればいいだろ?今は、皆が生きられる事だけを考えて行動した方がいいと俺は考えたんだ。生きていれば何か分かってくるだろ?奴らの事とかさ」
「あの~」
「うるさい!今、重大な話しているんだぞ!見て分からないのか?和子ちゃん?トイレにでも行きたくなったのか!」
「ピンポン。何度も鳴ってますよ?」
元気は大きくため息を吐いた。話を中断させられて怒っていた。
「今、大事な話をしている最中というのは分かるだろ?そんなの無視しておけばいいのに・・・どうせ新聞か何かの勧誘だろう。適当に対応して追い返してくれ。今、恨みとか憎しみとかで行動していたらそれこそ取り返しがつかないことをやってしまいかねない。お前だって少しはそうは思わないか?」
鬱陶しそうに和子に言って再び港と話していた。
「だからと言ってこのままでいいなんて事は・・・」
「ああ!げ!げ!元気さん!!」
「港よ~。気持ちも十分に分かるけどさ・・・」
「元気さん!!」
「うるさいって言っているだろ!空気を読めよ!今、大事な・・・だ、い、じ、な・・・」
と、港の方を見ると元気が固まった。何があったのかと振り返る港もまた同様だった。
「りょ、亮さん?ど、ど、どうして?あの時・・・」
和子が言うようにそこには傷ついた石井 亮が玄関でへたり込んだ。それから壁に手をかけるようにして立ち上がった。
「うっ。あぁぁぁぁ・・・俺も良く分からない。ただ、気がついていたら生きていた。だが、かなりの傷だったからで隠れて、動けるようになるまでじっとしていたんだ。それから・・・」
喋っている亮に対して元気は立ち上がって亮のそばに近寄って手を伸ばした。
「良く、帰ってき・・・!!お前は誰なんだ!?」
亮の肩を触れようとした瞬間に元気が一段と大きい声を上げた。
「だ、誰って・・・何を言っているんです?元気さん」
港も和子も亮も元気の一言に耳を疑った。
「いや・・・誰って・・・わ、悪い。何か知らないが勝手に声に出てしまった。本当に悪い・・・俺、疲れているのかな?俺、しっかりしろ!今は重大なときだぞ!」
パンパンと両手で自分の頬を叩いてみる。それから顔を思いっきり振ってみて笑顔を作ってみせた。そんな元気を見て、呆れ顔の二人。気を取り直して亮を見た。
「本当に・・・本当に良かった。みんな、あなたがやられてショックを受けていたんですよ。あなたが帰ってきた事を知ればみんな喜びますよ」
和子がみんなと言ったが一人を除いて喜ばない人がいるだろうが・・・
「そ、そうか・・・」
「亮さんは訳も分からず撃たれて、倒れてしまって・・・みんな後悔していたんです。特に元気さんは置いていこうって言った人だから・・・」
亮の奇跡の生還にかなり感動していたが涙は出るほどではなかった。
「ああ・・・やられたお前を担ごうとしたとき、何故かもう手遅れだって思えちまってな・・・俺の感覚は随分といい加減なもんだ。それはそうと生きていたのに置いてきちまったのは本当に悪かった・・・」
元気は頭を下げて謝った。
「あ、ああ・・・あの時はみんな必死だったからな。気にするな。他の連中は?お前ら3人だけか?」
「はい。今後の事を考える上で、冷静に話せるメンバーは私達、3人だけだったんです」
「それならみんな呼んできましょうか?こんな大ニュース。俺らだけで独占している訳にはいかないでしょ~。そうでしょ?元気さん?」
「そうだな。電話してもらえるか?」
港はキッチン脇にある電話に向かった。
「で、何か飲むか?疲れただろ?一杯何か飲むと落ち着くぞ」
「いや、あ・・・遠慮しておく」
何故か元気と目を合わせようとしない亮。それは元気が自分を見捨てたというような怒りではないようであった。心なしかソワソワしている様子であった。普段のクールさは見られない。まるで友達の家に始めて上がったようなそんな感じだ。だが、負傷した後というのと亮自らここに来る事自体が凄い事なので緊張しているのだろうと思った。
「まず剛からか・・・元気さん。電話番号は?」
「そこら辺に電話帳があるだろ?探せよ。それにしても亮。あの後どうしたんだ?詳しく教えてくれ」
「あ、ああ・・・撃たれて、俺はその場で気絶していた。だが、意識を取り戻してそれから奴らに注意するように・・・隠れていたのだ。かなり重傷だったから殆ど身動きできなかったが・・・今も、不調でな・・・」
相変わらず元気と目を合わせようとしない。以前の亮であれば、積極的に目を合わせると言う事はしなかったがこちらを軽蔑するような視線を向けていたのだが、今の亮はそれがない。気まずさという方が正しいだろうか?
『やはり根に持っているようだな・・・当然か・・・殺人未遂したようなもんだもんな』
「元気さん。電話帳ないですよ」
「ない訳ないだろ?ちゃんと探せよ」
元気がゴソゴソと電話周辺を探すが見つけられなかった。
「光の奴。整理とか言って、適当な所ぶち込んだなぁ?アイツ、どんな物かあまり考えずに棚とかに入れるからなぁ・・・探す方にもなってみろってんだ」
元気の彼女は結構な世話焼きである。しかし、少々天然が入っているようで、後先を考えないようであった。だからこのような事態が度々起こる。元気は近くの引き出しを開けてみる。すると中は綺麗でありながらマンガやらお菓子などまるで区別する事なく入れられていた。だから、1つずつ出していく必要があった。取り敢えず全部を出してみた。
「あった。光にはちゃんと言わないと駄目だな・・・」
「それ、サッサとしまってくれ」
亮がそう言ったのはゲームソフトの『シューティングスターストーリー2』であった。
「別にここにあるだけじゃないか?そんなに嫌う事ないだろ?前、イベントを見せたら軽く感動していたじゃねぇか?」
「そうだったか?すっかり忘れていてな・・・」
「1週間も経ってない話だぞ」
「いや、魂を傷つけると記憶が飛んだり混同したりする事が多いらしいからな」
「じゃぁ、コレをやった事も忘れたのか?」
元気はそこにあったパゲ2を取り出した。
「そうだな。良く覚えていないな・・・」
「折角、お前とみんなで一緒に楽しんだゲームだったのになぁ・・・覚えてないのなら仕方ないな。後でパゲ2をやるか?」
「そ、そんなゲームの話より、俺の事を知らせないでいいのか?」
「それもそうだな。石井 亮の世紀の大帰還ってな・・・悪の手によって殺されたはずの亮が負傷しながらも生きていたなんて言ったら盛り上がるかもしれないな。どう思う?亮よ」
「チチッ!」
元気の軽い冗談に亮は舌打ちを二度した。その瞬間、ビクッと元気は振り返って亮を見た。その大きく見開き、まさに驚天動地という言葉が相応しいかのようにガタガタと震え始めた。
「!?お、お前は・・・まさか!?まさか?いや。そんな事はあり得ない!あり得る訳がない!!」
「まさかってどうしたんですか?元気さん」
「?」
元気が急に亮に近付き、何と頬をつねったのだ。
「いててて!お前、急に何しやがる!!」
「当然、本物・・・だよな」
突然の事で事態が飲み込めず、怪訝な顔をしている港と和子。二人で何か演じているのでないかと思えるほどだ。一方、つねられた亮は怒ったものの元気を見ることはなく、俯いていた。明らかに不自然であった。そして震え始めた。
「この亮さんが偽者とでも言いたいんですか?マスクを被ったルパン三世じゃあるまいし」
港は頬をつねる行動でそのように思った。
「だが、亮は舌打ちをするなんて事は今まで一度も無かった」
「今、偶然しただけじゃないですか?元気さん。大丈夫ですか?ね?石井さ」
和子が言っている途中、亮は突然、懐から拳銃を取り出して、元気に向けた。
「全く、鬱陶しいったらありゃしねぇ!」
「どうしたんですか?亮さん!」
「うるせ~よ。お前達、俺についてきてもらおうか?」
「え?何を言っているの?二人で私達を騙そうって言うのなら、ちゃんと打ち合わせしないと駄目ですよ」
和子には冗談をやっているように思えたのだろう。確かに、二人で訳の分からない事をやっているのだからドッキリか何かと思えたのだろう。いや、思いたかったのだろう。理解できない事に遭遇して、自分の都合の良いように解釈してしまうのは無理もない事だ。
「帯野とか言う女!あまりふざけた事を言っていると撃つぞ!こいつは殺傷力を持っているんだぞ!」
「和子ちゃん。そうだ。こいつは亮なんかじゃない。亮なんかじゃ・・・」
「じゃぁ・・・亮さんじゃないのなら誰なの?」
「そうだ。俺は石井 亮じゃない。良く見破ったよ。お前」
「!?」
しかしどこをどう見ても亮その人であった。ボケているようにしか思えなかった。
「動くんじゃねぇあて言っているだろうが!この耳なしのバカ共がッ!コイツは改造エアガンだ。バネをいじってあって、威力は当たり所によっては人でも殺れるはずだ。手なら楽に貫通するかな?人間相手にはやった事はないがな。試してみるか?」
パン!バスッ!
非常に軽い音がした。次の瞬間、壁に深々と玉がめり込み見えなくなってしまった。これが人だったら大怪我は免れられまい。
「次は壁じゃなくて人間相手だ。誰が良い?」
亮は表情を崩す事なく言った。恐らく本気だろう。
「始めからこうすりゃ良かったな。そうすりゃお前らなんかに演技なんかする必要は無かった。そこ動くんじゃねぇ!俺が言っている事は脅しじゃねぇんだぞ!」
丁度、亮の後ろにいた港が動いた。それで亮が命令した。緊張状態である。ビクッと港が止まった。が、次の瞬間であった。
「!!」
止まった事で亮は一瞬安心して和子と元気のほうを振り返ろうとした。それが隙を生んだ。
「なぬ!?」
港が玄関の傘立てにあった傘の先で亮の拳銃を握る手を突いたのだ。それによって拳銃が亮の手から離れた。
「ああ!」
床に拳銃が落ちて咄嗟に拾おうとしたところであった。すかさず港は亮を追い、その喉元に傘の先を向けた。下手な動きをすれば刺す事も出来るだろう。亮は悔しそうにして立ち上がった。
「これは一体、どう言う事なんです?全く意味が分かりませんよ!」
元気はともかく亮がドッキリに参加するとは思えなかった。
「元気さん?」
港が亮の裏切りの直後、物の見事に撃退して見せたが元気はその瞬間、立ち尽くしていた。
「元気さん!亮さんをどうするんです!?出来れば何か縛るようなものが必要だと思うんですがね」
「あ、ああ・・・」
押入れから雑誌をまとめるビニール紐と、ガムテープがあるという事で、亮の両腕を後ろ手にぐるぐる巻きにした。人を捕まえた事などないから巻き付け方など分かりはしないが、少々きつめに巻き付けたので脱出するのは不可能だろう。
「これで良し!元気さん。あなたは分かっていたようですがどう言う事なのか教えてくださいよ」
「訳が分からねぇねんだよ・・・俺だって全然分からねぇ・・・」
亮を捕まえてから結構な時間が経過していたが元気はまだ動揺していた。いや、時間が経って興奮状態が冷め始めてきた今の方が寧ろ動揺しているようであった。
「元気さん?しっかりしてくださいよ!何がどう言う事なんですか!教えてくださいよ」
「頭がおかしいと思うかも知れんが言う。コイツは・・・俺達を襲った張本人かもしれない」
「は?」
二人ともだらしなく口を開けて事態の異常さが飲み込めず、暫くそんな状態が続いた。
「そんな訳が・・・亮さんの双子か他人の空似じゃないんですか?」
「亮には兄弟はいないってポチッ鉄が言っていたし、それにここまで似ている人間が他にいるか?」
和子が言ってみるのだが、どう見てもそこで縛られているのは石井 亮その人であった。世界に自分と似た人間は3人いるというがだからと言って、顔、身なり、声、どれをとっても亮なのである。双子だからといってここまで似るわけはない。
「で、張本人がどうして亮さんなんですか!元気さんは赤の他人と戦ったんでしょ?」
港自身も何を言っているのか良く分からなかった。元気の表情は曇ったままである。
「そうだよ。俺達を襲った奴は別人だ。顔も何もかも違う。だが、コイツは亮そのものだ」
「?」
元気が言っている事の意味が分からなかった。亮そのものなのに別人。2人には理解できなかった。いや、言っている元気自身も分かっていないのかもしれない。だが、それが少しずつ明らかになっていくにつれその恐ろしい状況を理解するに至る。
「何でよりによってあの場所に行くって言うんですか?何かあったら今度こそ・・・」
「それは分かるけどよ。こちらがまたここに来るとは考えにくいんじゃないかな?こちらの情報を伝える人間がもういないのなら?」
元気はそのように答えた。一道は軽く目を伏した。
「そういう言い方よくないですよ。もう疑う人なんていないんですからね」
和子が珍しくフォローするような言葉を言った。
「どうしてそんな風に言える?」
「根拠はないですけど、もう、今のところ、そういう人はいないのだから今、私達同士が疑い合って結束を壊す方が問題の方だって思いますけど」
「そうだな・・・今、これ以上疑っても仕方ない」
とは言いつつも視線は向けずとも一道のほうに注意が行くのは仕方ないだろう。慶と一番親しい者が一道なのだからそういった疑いをかけられるのも最もあり得ると言えるだろう。これ以上騙す事はしないとそのように仕向けておくと・・・一道自身は殆ど反応を示さなかった。
次に、悠希が黙って現れ、港、剛と続く。
「まず慶の足取りについて一道から言う事がある」
一道は元気から話を振られても暫くなにも答えず、遠い目をしていた。
「え?あ、ああ・・・」
「お前が俺に電話をかけてきたんだろうが!しっかりしろよ」
全員に慶が自主退学した事、施設も出て行ったことを伝えた。
「これで振り出しになっちまった訳だな。お前、慶の行く当てとか分からないのか?少なくとも何か不審な点はあっただろうが?些細な事でもいいんだよ。何か・・・」
「分からない。あいつの事はもう何も分からない」
元気達に言われたように何か思い出してみようと努めてみるが慶の事は殆ど浮かばなかった。弱弱しく首を振って言う一道は以前のような凛々しい面影はなかった。ただ、怯え震えているようにも見えた。それ以上、追求する事もせず、元気は、話を戻した。
「じゃぁ、行くか?待ち伏せの恐れもあるがずっと怯えているわけにもいかない。少しは攻めに転じられるようにしておかないとな・・・」
小屋に向かって出発する一行。小屋への道のりはなぜか遠く感じられた。逃げている時は歩いている時間が長く感じられた。いや、遠いのではないのだろう。ここに来る足取りが重いからこそそのように思えるのだろう。
「ここから見通しが悪くなる。俺は前を見る。和子ちゃんは左、悠希は右、剛は後ろ、港といちどーは、周辺に気をつけろ。奴らは魂の飛び道具を持っているぞ」
元気が手早く指示を出すと港がすぐに反応した。
「魂の飛び道具?一体どんな?」
「あ?言ってなかったか?」
「初耳です」
「すまん。色々ありすぎて伝えるのを忘れていた」
その飛び道具の特性を伝え、周囲に気をつけるように指示を出した。それから歩き始める。前後は見えるものの左右には木々や山のくぼみなどで隠れるところは山ほどある場所であった。全員、応答するが一道は下を向いたまま無言であった。
「分かったな。いちどー」
「え?あ!はい!」
返事はしたものの、何をするのか分かっていない様子で顔からはクエスチョンマークが出ているように見えた。
「武田さん。前とあまり変わってないですね」
かなり重傷ともいえる一道の様子を見て剛が心配していた。
「仕方ないだろ。生真面目ないちどーなんかはな・・・時間がかかる」
「・・・」
剛の表情も沈んだ。何故かと思った元気であったが、すぐに思い浮かんだ。魂が抜けた兄の今は亡き彼女を奪う形となった剛と立場は逆であるが似たようなものだろう。
「だが、立ち直らないといけない。お前は十分頑張っているよ。うん」
「はい・・・」
剛はいくらか立ち直ってきているので安心した。一方の一道はまた下を向いていた。剣術のプロとして当てにしていた一道だというのに今は完全に抜け殻となってしまって今までを知っている元気達にはそんな見るも無残な一道の姿を見るのは悲しい。
山道を歩き、外れたところに小屋がある。のぼりは結構、急である。もし待ち伏せされていたらどの方向から襲われるか分からないから周囲に気を配る事にした。歩くのは普段より遅めであるが何事もなく小屋の前に着く事が出来た。
負傷し、置き去りにするしかなかった石井 亮の姿はなかった。
「自力で下に下りていればいいんですけどね・・・」
和子は石井が倒れていたところにしゃがみ込んで希望があればと思った。
「ないと思います」
アッサリとその希望を打ち消したのは意外にも剛だった。ポチッ鉄がやられる所や倒された兄を見てそのように思えたのだろう。
「そうか・・・そう考えるのなら、亮の体を持ち出したのは誰だ?そうだ。救急車でも来たのか?いや、奴らが再度来て亮を持ち出したと思うのが早いか・・・」
だが、見つかったのは子供が捨てたお菓子のくずやら昔捨てられたようなビデオデッキなどのゴミでありそれ以上、先日、こちらを襲ってきた奴らの手がかりとなるような物は何一つ見つからなかった。
「俺は本当にあの時、ここで戦っていたのだろうか?」
元気は見覚えのある土地を見てそのように思える。今、ここは静寂に包まれている。当時の激戦を振り返っても実感が沸かなかった。記憶はあるのだが、思い出すとブルッと震えた。
「昌成」
小屋の戸の前に来た悠希が中に入ろうとしていた時に
「悠希さん。待ってください。何か罠が」
港は戸に罠でも仕掛けられているのではないかと思って悠希に注意を促そうとする前に悠希は開けていた。瞬間的にソウルドを出して構えた。
「お!おい!悠希さ!」
中に入る悠希。港が思うような罠は仕掛けられてはおらず何事もなく小屋に入る事が出来た。
「やはりいませんね」
亮がいなかったように昌成の姿も無かった。悠希は昌成を置いた場所にしゃがみ込んでなにやらボソボソと呟いていた。港は小屋内を歩き回った。
「特に何も・・・おおっ!」
港はズルッと滑った。転ばずに済んだが何とも無様な格好であった。
「犬のウンコでも踏んだか?」
ヌルッとした感触は以前、踏んだ犬の糞にそっくりであった。ポチッ鉄という犬と親しくしていた彼らならば糞もするかもしれない。足の裏を見た時に甘ったるい匂いがした。
「そうか・・・ケーキか・・・」
あの時、ケーキをひっくり返したのであった。その残骸だろう。あの時の事を思い出していた。
「あれが起きる前までは楽しかったのにな・・・」
当時の事を思い出していた。
「何か収穫はあったか?」
元気が中に入ってきた。お互いに状況を報告し合った。結局、徒労に終わり何も進展することなく全員、帰るしかなかった。帰り道も注意を払って山を下りた。
それからすぐに世にも恐ろしい事にこれから巻き込まれるなどとここまでで誰も分かっている者などいなかった。彼らの人生さえも揺るがす事件が起ころうとは・・・
次の日の夕方、元気、港、和子の3名が元気の部屋に集まっていた。今後の自分達について話し合わなければならないと思ったからだろう。人数が少ないのは、無理して出てくる事はないと思ったからだろう。剛は昨日の山での調査で体調を崩したという話で体を休めた方がいいという判断して呼ばなかった。悠希に関しては昌成に関しての事になると感情的になりすぎる為、話がこじれると思ったから除外した。慶に対して個人的に深いつながりがある一道が近くにいると話しにくい事で呼ばなかった。と言うより、ボロボロの一道は誰かが励ますよりも時間で回復してもらうしかないと思ったのだ。
「どうにかあいつらの所在を知る必要がありますね」
「みんな、近くを歩き回れば、あの人達の誰かが必ず見つかると思わない?」
「それで、見つけて追跡していって、居場所をつかむ事が出来れば、今度は俺達の方から攻める事も出来る・・・」
港と和子が積極的に話をやり取りさせていた。
「どうしたんです?元気さん?俺ら二人だけで話していてもしょうがないでしょ?何か意見を出してくださいよ」
呼び出した本人の元気がテーブルにあるテレビのリモコンを握ったまま、渋い顔をしていた。
「いや、ちょっとな・・・あの時、奴らに断らず協力していればこんな事にならなかったのかもしれなかったってな・・・」
元気は田中 勇一郎とファミレスで会った日の事を指していた。
「どうしたんですか?元気さん?何だか弱気じゃないですか」
「元気さんが元気じゃないと私達ちょっと調子狂いますよ」
「いや、ちょっとな。俺達は選択を誤っていたのかもしれないってちょっと思っただけだよ。そりゃ、そんな事を今、言ったところで何にもならないって事ぐらいは俺だって分かっているけどさ」
「も、もしかして元気さん!?今からあの人たちに協力するとかって言い出さないですよね?そんな事はいくらなんでもねぇ・・・」
和子が恐る恐る聞いてみる。だが、今の元気に全面的に連中と戦おうというような力強い目の色は見られなかった。
「色々、考えた。俺も出来ればやられた隆、ポチッ鉄、亮、そして、昌成ちゃん。みんなの仇は討ちたいと思っている。だけどよ・・・俺達だって精神的にかなり傷つけられた。それに奴らは魂の大砲なんてものを持っているんだぞ。単純に考えてそんな訳分からん物を持っている奴らに対して戦いを挑んだとして俺達に勝ち目はないだろ?どうやったら勝てるって言うんだ?次は何をされるか分からないんだぞ。今度こそ全滅する事だって考えられる。4人には悪いがそんな意固地を貫いたところで俺達は得しないだろ?ただ仇を取ったっていう満足感だ。それで何になるんだよ」
「そういう後ろ向きな話をするから、私達しか呼ばなかったんですか?」
和子が聞く。そんな話は大切な人を失った剛や悠希が聞いたらどう言うのだろうか?
「そういう訳ではないが・・・この現状でどうしろっていうんだ?」
「あの武田って人には慶を倒せって言ってしまったのに私達は何もしないんですか?」
「アイツの顔を見ただろ?今のアイツでは俺でさえ」
ピンポーン
和子と元気のトーンが上がってきたところで突然、インターホンが鳴った。元気は続ける。
「勝てそうだぞ。あんなボロボロのいちどーを加えて戦ってどうなるって言うんだ?敵討ちをしようとした事が4人に対しての弔いになるっていうのか?記念になるっていうのか?冗談じゃない。俺はそんな事で死にたくはない」
「怖気づいたんですか?」
軽い挑発をする港。元気は、そんな挑発には乗らなかった。
「そう思いたければそう思え。俺はもう誰かが傷ついたり、死んだりするのを見るのがゴメンだって言っているんだ!しかも、これをやって意味があるかどうかも分からないんだぞ」
その言葉には港も和子黙った。生き残ったものの定めであろうが、誰かが傷つき苦しんだり、誰かが死に悲しんだり、それらを全部引き受けなければならない。怒っている時は気がつかないものだがいざ、その感覚に打ちのめされたとき、全身が潰されるような絶望感に支配される事になる。
「あの~」
和子が何か言っていたが港と元気の議論はヒートアップしていた。
「けど、それでいいんですか?」
「良いか悪いかは後になって考えてみればいいだろ?今は、皆が生きられる事だけを考えて行動した方がいいと俺は考えたんだ。生きていれば何か分かってくるだろ?奴らの事とかさ」
「あの~」
「うるさい!今、重大な話しているんだぞ!見て分からないのか?和子ちゃん?トイレにでも行きたくなったのか!」
「ピンポン。何度も鳴ってますよ?」
元気は大きくため息を吐いた。話を中断させられて怒っていた。
「今、大事な話をしている最中というのは分かるだろ?そんなの無視しておけばいいのに・・・どうせ新聞か何かの勧誘だろう。適当に対応して追い返してくれ。今、恨みとか憎しみとかで行動していたらそれこそ取り返しがつかないことをやってしまいかねない。お前だって少しはそうは思わないか?」
鬱陶しそうに和子に言って再び港と話していた。
「だからと言ってこのままでいいなんて事は・・・」
「ああ!げ!げ!元気さん!!」
「港よ~。気持ちも十分に分かるけどさ・・・」
「元気さん!!」
「うるさいって言っているだろ!空気を読めよ!今、大事な・・・だ、い、じ、な・・・」
と、港の方を見ると元気が固まった。何があったのかと振り返る港もまた同様だった。
「りょ、亮さん?ど、ど、どうして?あの時・・・」
和子が言うようにそこには傷ついた石井 亮が玄関でへたり込んだ。それから壁に手をかけるようにして立ち上がった。
「うっ。あぁぁぁぁ・・・俺も良く分からない。ただ、気がついていたら生きていた。だが、かなりの傷だったからで隠れて、動けるようになるまでじっとしていたんだ。それから・・・」
喋っている亮に対して元気は立ち上がって亮のそばに近寄って手を伸ばした。
「良く、帰ってき・・・!!お前は誰なんだ!?」
亮の肩を触れようとした瞬間に元気が一段と大きい声を上げた。
「だ、誰って・・・何を言っているんです?元気さん」
港も和子も亮も元気の一言に耳を疑った。
「いや・・・誰って・・・わ、悪い。何か知らないが勝手に声に出てしまった。本当に悪い・・・俺、疲れているのかな?俺、しっかりしろ!今は重大なときだぞ!」
パンパンと両手で自分の頬を叩いてみる。それから顔を思いっきり振ってみて笑顔を作ってみせた。そんな元気を見て、呆れ顔の二人。気を取り直して亮を見た。
「本当に・・・本当に良かった。みんな、あなたがやられてショックを受けていたんですよ。あなたが帰ってきた事を知ればみんな喜びますよ」
和子がみんなと言ったが一人を除いて喜ばない人がいるだろうが・・・
「そ、そうか・・・」
「亮さんは訳も分からず撃たれて、倒れてしまって・・・みんな後悔していたんです。特に元気さんは置いていこうって言った人だから・・・」
亮の奇跡の生還にかなり感動していたが涙は出るほどではなかった。
「ああ・・・やられたお前を担ごうとしたとき、何故かもう手遅れだって思えちまってな・・・俺の感覚は随分といい加減なもんだ。それはそうと生きていたのに置いてきちまったのは本当に悪かった・・・」
元気は頭を下げて謝った。
「あ、ああ・・・あの時はみんな必死だったからな。気にするな。他の連中は?お前ら3人だけか?」
「はい。今後の事を考える上で、冷静に話せるメンバーは私達、3人だけだったんです」
「それならみんな呼んできましょうか?こんな大ニュース。俺らだけで独占している訳にはいかないでしょ~。そうでしょ?元気さん?」
「そうだな。電話してもらえるか?」
港はキッチン脇にある電話に向かった。
「で、何か飲むか?疲れただろ?一杯何か飲むと落ち着くぞ」
「いや、あ・・・遠慮しておく」
何故か元気と目を合わせようとしない亮。それは元気が自分を見捨てたというような怒りではないようであった。心なしかソワソワしている様子であった。普段のクールさは見られない。まるで友達の家に始めて上がったようなそんな感じだ。だが、負傷した後というのと亮自らここに来る事自体が凄い事なので緊張しているのだろうと思った。
「まず剛からか・・・元気さん。電話番号は?」
「そこら辺に電話帳があるだろ?探せよ。それにしても亮。あの後どうしたんだ?詳しく教えてくれ」
「あ、ああ・・・撃たれて、俺はその場で気絶していた。だが、意識を取り戻してそれから奴らに注意するように・・・隠れていたのだ。かなり重傷だったから殆ど身動きできなかったが・・・今も、不調でな・・・」
相変わらず元気と目を合わせようとしない。以前の亮であれば、積極的に目を合わせると言う事はしなかったがこちらを軽蔑するような視線を向けていたのだが、今の亮はそれがない。気まずさという方が正しいだろうか?
『やはり根に持っているようだな・・・当然か・・・殺人未遂したようなもんだもんな』
「元気さん。電話帳ないですよ」
「ない訳ないだろ?ちゃんと探せよ」
元気がゴソゴソと電話周辺を探すが見つけられなかった。
「光の奴。整理とか言って、適当な所ぶち込んだなぁ?アイツ、どんな物かあまり考えずに棚とかに入れるからなぁ・・・探す方にもなってみろってんだ」
元気の彼女は結構な世話焼きである。しかし、少々天然が入っているようで、後先を考えないようであった。だからこのような事態が度々起こる。元気は近くの引き出しを開けてみる。すると中は綺麗でありながらマンガやらお菓子などまるで区別する事なく入れられていた。だから、1つずつ出していく必要があった。取り敢えず全部を出してみた。
「あった。光にはちゃんと言わないと駄目だな・・・」
「それ、サッサとしまってくれ」
亮がそう言ったのはゲームソフトの『シューティングスターストーリー2』であった。
「別にここにあるだけじゃないか?そんなに嫌う事ないだろ?前、イベントを見せたら軽く感動していたじゃねぇか?」
「そうだったか?すっかり忘れていてな・・・」
「1週間も経ってない話だぞ」
「いや、魂を傷つけると記憶が飛んだり混同したりする事が多いらしいからな」
「じゃぁ、コレをやった事も忘れたのか?」
元気はそこにあったパゲ2を取り出した。
「そうだな。良く覚えていないな・・・」
「折角、お前とみんなで一緒に楽しんだゲームだったのになぁ・・・覚えてないのなら仕方ないな。後でパゲ2をやるか?」
「そ、そんなゲームの話より、俺の事を知らせないでいいのか?」
「それもそうだな。石井 亮の世紀の大帰還ってな・・・悪の手によって殺されたはずの亮が負傷しながらも生きていたなんて言ったら盛り上がるかもしれないな。どう思う?亮よ」
「チチッ!」
元気の軽い冗談に亮は舌打ちを二度した。その瞬間、ビクッと元気は振り返って亮を見た。その大きく見開き、まさに驚天動地という言葉が相応しいかのようにガタガタと震え始めた。
「!?お、お前は・・・まさか!?まさか?いや。そんな事はあり得ない!あり得る訳がない!!」
「まさかってどうしたんですか?元気さん」
「?」
元気が急に亮に近付き、何と頬をつねったのだ。
「いててて!お前、急に何しやがる!!」
「当然、本物・・・だよな」
突然の事で事態が飲み込めず、怪訝な顔をしている港と和子。二人で何か演じているのでないかと思えるほどだ。一方、つねられた亮は怒ったものの元気を見ることはなく、俯いていた。明らかに不自然であった。そして震え始めた。
「この亮さんが偽者とでも言いたいんですか?マスクを被ったルパン三世じゃあるまいし」
港は頬をつねる行動でそのように思った。
「だが、亮は舌打ちをするなんて事は今まで一度も無かった」
「今、偶然しただけじゃないですか?元気さん。大丈夫ですか?ね?石井さ」
和子が言っている途中、亮は突然、懐から拳銃を取り出して、元気に向けた。
「全く、鬱陶しいったらありゃしねぇ!」
「どうしたんですか?亮さん!」
「うるせ~よ。お前達、俺についてきてもらおうか?」
「え?何を言っているの?二人で私達を騙そうって言うのなら、ちゃんと打ち合わせしないと駄目ですよ」
和子には冗談をやっているように思えたのだろう。確かに、二人で訳の分からない事をやっているのだからドッキリか何かと思えたのだろう。いや、思いたかったのだろう。理解できない事に遭遇して、自分の都合の良いように解釈してしまうのは無理もない事だ。
「帯野とか言う女!あまりふざけた事を言っていると撃つぞ!こいつは殺傷力を持っているんだぞ!」
「和子ちゃん。そうだ。こいつは亮なんかじゃない。亮なんかじゃ・・・」
「じゃぁ・・・亮さんじゃないのなら誰なの?」
「そうだ。俺は石井 亮じゃない。良く見破ったよ。お前」
「!?」
しかしどこをどう見ても亮その人であった。ボケているようにしか思えなかった。
「動くんじゃねぇあて言っているだろうが!この耳なしのバカ共がッ!コイツは改造エアガンだ。バネをいじってあって、威力は当たり所によっては人でも殺れるはずだ。手なら楽に貫通するかな?人間相手にはやった事はないがな。試してみるか?」
パン!バスッ!
非常に軽い音がした。次の瞬間、壁に深々と玉がめり込み見えなくなってしまった。これが人だったら大怪我は免れられまい。
「次は壁じゃなくて人間相手だ。誰が良い?」
亮は表情を崩す事なく言った。恐らく本気だろう。
「始めからこうすりゃ良かったな。そうすりゃお前らなんかに演技なんかする必要は無かった。そこ動くんじゃねぇ!俺が言っている事は脅しじゃねぇんだぞ!」
丁度、亮の後ろにいた港が動いた。それで亮が命令した。緊張状態である。ビクッと港が止まった。が、次の瞬間であった。
「!!」
止まった事で亮は一瞬安心して和子と元気のほうを振り返ろうとした。それが隙を生んだ。
「なぬ!?」
港が玄関の傘立てにあった傘の先で亮の拳銃を握る手を突いたのだ。それによって拳銃が亮の手から離れた。
「ああ!」
床に拳銃が落ちて咄嗟に拾おうとしたところであった。すかさず港は亮を追い、その喉元に傘の先を向けた。下手な動きをすれば刺す事も出来るだろう。亮は悔しそうにして立ち上がった。
「これは一体、どう言う事なんです?全く意味が分かりませんよ!」
元気はともかく亮がドッキリに参加するとは思えなかった。
「元気さん?」
港が亮の裏切りの直後、物の見事に撃退して見せたが元気はその瞬間、立ち尽くしていた。
「元気さん!亮さんをどうするんです!?出来れば何か縛るようなものが必要だと思うんですがね」
「あ、ああ・・・」
押入れから雑誌をまとめるビニール紐と、ガムテープがあるという事で、亮の両腕を後ろ手にぐるぐる巻きにした。人を捕まえた事などないから巻き付け方など分かりはしないが、少々きつめに巻き付けたので脱出するのは不可能だろう。
「これで良し!元気さん。あなたは分かっていたようですがどう言う事なのか教えてくださいよ」
「訳が分からねぇねんだよ・・・俺だって全然分からねぇ・・・」
亮を捕まえてから結構な時間が経過していたが元気はまだ動揺していた。いや、時間が経って興奮状態が冷め始めてきた今の方が寧ろ動揺しているようであった。
「元気さん?しっかりしてくださいよ!何がどう言う事なんですか!教えてくださいよ」
「頭がおかしいと思うかも知れんが言う。コイツは・・・俺達を襲った張本人かもしれない」
「は?」
二人ともだらしなく口を開けて事態の異常さが飲み込めず、暫くそんな状態が続いた。
「そんな訳が・・・亮さんの双子か他人の空似じゃないんですか?」
「亮には兄弟はいないってポチッ鉄が言っていたし、それにここまで似ている人間が他にいるか?」
和子が言ってみるのだが、どう見てもそこで縛られているのは石井 亮その人であった。世界に自分と似た人間は3人いるというがだからと言って、顔、身なり、声、どれをとっても亮なのである。双子だからといってここまで似るわけはない。
「で、張本人がどうして亮さんなんですか!元気さんは赤の他人と戦ったんでしょ?」
港自身も何を言っているのか良く分からなかった。元気の表情は曇ったままである。
「そうだよ。俺達を襲った奴は別人だ。顔も何もかも違う。だが、コイツは亮そのものだ」
「?」
元気が言っている事の意味が分からなかった。亮そのものなのに別人。2人には理解できなかった。いや、言っている元気自身も分かっていないのかもしれない。だが、それが少しずつ明らかになっていくにつれその恐ろしい状況を理解するに至る。
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