『かずちゃん。あなたは悪くないわ。悪いのは私だから・・・』
母親が慰めてくれた。しかし、一道にとってはそのような心の声は一道の心に届きはしたが響かなかった。
「お前が知ってからずっと苦しませていたか・・・俺はそれに気付かなかった。気付けなかった・・・情けねぇ・・・」
自分の体に母親の魂が宿っている事。和子を助けた直後、慶に言った。説明する為に言わなければならなかった。確かに、それを聞いた慶は複雑な顔をしていた。それは、いきなり魂なんて得体の知れない事を言われて戸惑っているのだろうと一道は思っていた。だが、それは間違いであり、慶が約束を破られた事にショックだったのだと今頃になって分かった。それはあまりにも遅すぎた事だったのかもしれない。
母親が言うように、母親の魂の事はずっと隠し続けていた。当時、幼い子供である一道少年が、母親の事を少しでも言えば世間から白い目で見られる事など分かるはずもない。ただでさえ、施設で暮らしている彼である。頭がおかしいのだと陰湿ないじめを受ける可能性さえある。だから、母親は自分の存在を決して言ってはいけないという約束をしていた。当然、慶にも言わなかった。その結果が今となってやってきたのだ。
「あの時も隠すべきだったのか・・・いや、いずれにせよバレていた事なのか・・・」
和子の件の後、打ち明かした事。それについて後悔の念が強まってくる。
「はぁ・・・」
瞬きするぐらいの短い間であっても、一気に昔の事が鮮やかに蘇って来た。慶が始めて施設に来た日の事だ。数日前まで温かく、素晴らしい両親だと思っていた彼が、何もかもをめちゃくちゃになった上、親戚達のまるで生ゴミを見るような視線。そんな人の嫌な面をこれでもかというぐらい見せられた挙句、見知らぬところに放り込まれるのである。多感な幼児である。正常を保てるわけなどなかった。慶は元々あった明るさは消えうせ、完全な人間不信になっていた。キョロキョロと挙動不審で、近付いてくる子を避けるようにしていた。
「この子が羽端 慶君。私達の新しい家族だから仲良くしてあげてね」
「は~い!」
慶は全員の視線を伺うように見ていた。伺うというよりは既に疑っていたという方がいいだろうか?そんな事を気にせず施設の子が話しかけた。気にしないというより、自分達も同じようなものだと同類意識が働いたのだ。
「慶君!遊ぼうぜ」
「・・・」
こちらをじっと見てはいるが何も言わない。何の意思表示も示さなかった。無視ではなく有視とでも言うのだろうか?ただ、こちらをじっと見ているだけだ。
「慶君、遊ぼうぜ!」
強引に慶の腕を引くが、こちらを凝視したまま動かなかった。
「お前、何だよ」
拒絶するのならば強引に自分達のペースに引き込むことが出来たが、こんな反応は今まで誰もしなかった。だから、子供達は戸惑った。そんな事が何度か続いた為、施設の子達もあまりの気味の悪い反応をする慶を無視しようと言い合っていた。
共同部屋であるので慶と同じ部屋で一緒に他の子が遊んでいた。慶は隅っこで膝を抱えるようにして座りこちらの様子を見ていた。無言で目が据わっていたので何を考えているか分からないと気味悪がっていた。そんな時、慶に新聞紙を丸めた玉が額に当たった。
「取って」
「・・・」
慶は玉を拾おうともせず、相変わらず立ったままで玉を見てから取りに来た少年を見続けて、暫く動かない。それはまるでこちらの動きを伺う獣のようであった。
「取って」
「・・・」
そんなやり取りが2~3度繰り返されたが慶は見続けるというだけ後は何もしなかった。さすがに待ちきれなくなったので新たに、新聞紙を丸めて、投げて当ててみた。
「取って」
「・・・」
また動かない。仕方ないのでまた投げてみる。今度は当たらなかったが、慶の反応は変わらない。更に何度かやってみたが何も変化はなく、慶は行動を示す事をしなかった。そうなると投げる方も向きになっていく。しかも最初は放っている程度であったが、投げるスピードも上がり、新聞紙を小さく潰すので硬くなり当たるのも当たれば怪我をするほどではないが痛くなってくる。
「つっ!」
新聞紙が右目に当たり、思わず固く目を閉じ、声を出した。その反応に喜ぶ子供達。今
「やったぁぁ!!」
それに対して、慶もまた、からかわれていると思ったのか、向きになって同じ反応を続けた。
「次!次だよ!次!」
「次ってもう新聞紙ないよ」
「何だよ~それ~!」
それに対して、静かに、後ろを向いた。彼の周りには沢山の丸めた新聞紙が転がっていた。だが、負ける訳にもいかなかった。こうなったらどちらが音を上げるかの勝負となっていた。
「一人、一個何かやってアイツを泣くか怒らせた奴の勝ち」
そんなゲームが始まった。各自1つずつ何かしていく。変な顔をしてみたり、くすぐったり、お尻を叩いてみたりと色々な事を試していくが慶には効果が無かった。だが、一人の子供がやった事、それだけが慶の心を大きく突き動かした。
「お前のか~ちゃん。髭ボ~ボ~!」
彼にとって今、母親の話題は禁句であった。それを聞いた瞬間に、彼は立ち上がった。
「やった!俺のかっ!!」
勝ちと言いたかったのだろうが、その瞬間に慶の拳が少年の口に炸裂した。無防備な状態であったし、あまりにも素早いパンチであった為、見事と言えるほどに直撃した。殴られた少年はすぐさま泣き出し、その場にうずくまった。自分の歯で口を切ったらしく血まみれになっていた。そんな状況になっても慶は追い討ちで蹴りを入れまくっていた。
「お前!殺してやる!絶対に殺してやる!!」
「や、やめろ!」
と、止めに入ろうとするほかの友達も殴られ泣き出してしまい、始めに殴られて泣いている少年を執拗に殴り続け、誰も止められないような状態になっていたとき、一道が前に出た。
「悪かったよ!悪かったからもうやめろよ!」
「うるさい!コイツだけは!コイツだけは殺してやる!」
慶は一道を殴り、まだ言いだしっぺの少年をまだ蹴っ飛ばした。本当に殺しかねないというような凄みがその時の慶にはあった。その目は母親とその男を殺した父親と同じだった。本人はそれを知る由もないが・・・
「どけ!!邪魔なんだよ!お前も殺すぞ!!」
「許してやれって言ってんだ!」
今度は一道が慶を殴った。慶も殴られて怒り狂い、周りは止められないほどの大喧嘩を繰り広げていた。殴り、蹴り、抓り(つねり)、髪の毛を引っ張り、あらゆる事をしていた。そんな二人は涙を泣きながらも喧嘩を続けた。お互い、顔は腫れ、唇は切れて血を出している。それでも暫く喧嘩は続いた。
「はぁ・・・」
「ぐぅ・・・」
最後に、一道が殴りかかろうとして慶が蹴ろうとした。
「ウッ!!」
偶然、出した拳がみぞおちに直撃し、慶はその場に倒れこんだ。
「あ・・・ああ・・・あ・・・かはぁ!!ゴホッ!ゴホッ!」
息も出来ないほど苦しむ慶。そのまま慶はへたりこみ、何度かの堰の後、吐いた。一道もまた倒れた慶の上に折り重なるように倒れこんだ。それから少し経って動きだしまた県下を再会しようとした所で
「お!おい!母さんに言わないと!」
他の子が院長を呼んできた。それから、全員こっぴどく院長に怒られた。それから度々、慶と子供達との衝突が起きた。
前のように慶にちょっかい出したり、おかずを取ったり、おもちゃを取ったり、その程度の事であった。無視していた慶であったが、子供達の中で慶のNGワードが分かってしまい、それを言われる事で慶が怒り出して、最終的に殴り合いになり、それを終わらせるのは決まっては一道であった。だが、そんな殴る事で嫌な事を忘れられるのか前のような暗さは無くなって来ていた。が、乱暴者というレッテルが貼られてしまった。
「お前、本当にやな奴だよな。いつも邪魔してきて・・・」
慶が誰にでも庇いたがる一道に言う。
「お前がすぐ人を殴るからだ」
一道は、慶に対して言う。この一件以降、慶は急速に明るくなっていったわけではないが少なくとも、一道の存在を無視できなくなっていった。
そんなある日、学校の校庭での出来事であった。慶は孤立して、ブランコで遊んでいた。そこへ、何人かの上級生と同級生がいた。
「コイツだよ」
同級生が指差していた。その兄らしい上級生が近付いてきた。
「お前が弟を殴ったんだって?」
慶は無視して、ブランコをこぎ続けていた。慶は、同級生の子を確かに殴った。それは、彼が慶の作っていた粘土の工作を故意に壊したからだ。同級生の子は態と他人にちょっかいを出し、相手が抗議してくるとすぐに兄貴を呼ぶぞと言って自分では何も出来ない典型的なヘタレ野郎だった。
それで、慶を挑発して、兄の名前を出したが慶はその子を殴った。かなり殴ったので兄貴の登場という訳だ。この兄貴は同級生にはペコペコしているくせに下級生であった途端、強がる典型的なヘタレであった。しかも、兄貴だけではない。その兄貴の友達も連れているというかなりのヘタレであった。やはり兄弟である以上血は争えないという所かもしれない。そんなヘタレ兄弟であった。
「聞いてんのかよ!お前!」
ブランコを無理矢理止める兄。慶は、ブランコから下りそのまま立ち去ろうとすると前に立ちふさがった。
「てめぇ!無視すんなって言ってんだろーが!羽端とか言うの!」
殴ろうとしたら慶は易々と避けて、兄はバランスを崩した。
「お前、羽端って今、言ったのか?」
兄の友人が何かに気付いたようであった。
「知っているのか?こいつの事」
「知らないよ。でもよ。結構、前、ニュースにならなかったか?羽端って男が奥さん殺したって」
「そういえばそんな事言っていたな。羽端は殺人犯って!」
彼らは、慶がその殺人犯の息子と言う事を知らない。ただ、同じ苗字だからというその程度の理由で言っただけだ。だが、それがまさか父親だったとは夢にも思わなかった。
「ぶっ殺す!」
ヘタレ兄の腹を思いっきり殴った。突然の攻撃にうずくまるヘタレ兄。その脇から加勢が入り、慶は投げ飛ばされた。小学生の3年という差は大きい。体格も違えば、力もまるで違う。しかもそれが3人いるのだから多勢に無勢であった。押さえつけられた挙句、殴られ、蹴られた。
「てめぇ・・・良くもやってくれたな」
「ぬああ!!」
「ぐあっぁぁぁぁいてぇぇぇぇ!」
慶は蹴られ、殴られたがヘタレ兄の対して噛み付いたのだ。どうにか引き離され、それから一方的な攻撃が始まった。
「お前!良くもやってくれたな!この!この!この!」
「ぶっ殺すとか言ってくれたよな!てめ!この馬鹿が!」
羽交い絞めにされた慶はヘタレ兄に殴られる。慶は既に鼻血を流していた。
「なめた事しれやがって・・・さっき、ぶっ殺すなんて言っていたよな!だったら俺達がお前をぶっこッ!!」
「!?」
後ろから股間に蹴りを決めていた。ヘタレ兄はその場に崩れ落ちた。鼻水と唾を垂らしながらガタガタとうずくまっていた。
「た、武田!」
「お、お前なんなんだよ!1年の分際で!コイツのダチか?」
「年上が3人も寄って年下1人をいじめるのか!この卑怯者!!」
一道の言動は3人に強烈に響いた。それから一道、慶と上級生達との大喧嘩が始まった。殴る蹴るは勿論、つねったり、髪の毛を引っ張ったり、引っかいたり、あらゆる事をしてやっていた。特に、声を掛け合ったり、合図を出したり、している訳もないのに、二人の息はピッタリとあって、一道が一人を蹴って吹っ飛ばしたところを、慶がパンチを入れるという連携までやっていて互角。いや、互角以上だった。何と二人は上級生を圧倒していた。
「みんな、やめなさい!」
と、騒ぎを聞きつけて先生がやってきてようやく喧嘩は収まった。全ての発端となったのはヘタレ弟と言う事で上級生達はこっぴどく怒られた。だが、一道や慶もやり過ぎだと言う事で叱られた。絆創膏を何枚も張り、顔中、傷だらけであった。
「お、おい。お前、何で俺を助けたんだよ」
怒られてそのまま帰ろうとする一道を慶は止めた。
「お前は俺の事、嫌いだろ?なのに何で助けたんだよ」
「知らねぇよ」
「知らない訳ないだろ?飛び出してきたんだからよ。答えろよ」
「うるさいな。口、切って痛いんだよ」
それから無言で歩き始めた2人。行き先は同じ施設。喧嘩をした二人は言葉を交わさなかったものの奇妙な連帯感を持ち始めて来た。お互い、何も言わずとも意識していた。目を合わせて目を逸らす。そんな事の繰り返し。だから度々、衝突して殴りあう事があった。
数日後、施設内で駆け回っていた。
「待てよ~」
鬼ごっこをしていたのだ。一道は逃げまくっていた。上手く部屋中を逃げていたのだが丁度、同じ施設の友達とでぶつかって、ぶつかった子が勢い余ってテーブルぶつかり、乗っていた皿が落ちて割れた。それは院長のお茶碗であった。
「おい!かずみっちゃん!何、するんだよ!お前の所為で割っちゃったじゃないか!」
「俺の所為じゃないよ!そんな所にいるのが悪いんだよ」
「いや!お前の所為だ~」
こういう時、子供は不公平な見方をする。普段から素直で、真面目である一道は優等生ぶっているように見えるのだ。その為、時にはみんなでハメようという心も働くものだ。
「院長に謝っておけよな」
施設内で暴れまわるのは禁止と言われているから、怒られるのは確実である。自分はあまり悪くないと分かっていても完全に自分の責任ではないと言い切れないから院長の所に行こうとした。そうは思っても、怒る時は怒る院長だから一道を躊躇わせた。だが、意を決し院長の部屋に入った。
「ごめんなさい!お母さん!お茶碗を割ってしまいました」
「え?」
「何ってお茶碗を・・・」
院長はきょとんとしていた。
「偉いねぇ。かずみっちゃん」
「え?」
「慶君の身代わりをしようとするなんて・・・普通じゃ出来ないわよ」
「えええ?慶じゃなくてそれは俺が・・・」
「分かった。分かった」
その時、インターホンが鳴ったので院長はそっちの方に相手にしにいった。一道はどう言う事なのか分からないまま部屋に戻り、そこにいた慶に問い詰めた。
「茶碗を割ったのは俺じゃないか?どうして、勝手なことをしたんだ?」
「知らねぇよ・・・」
「・・・」
お互いを見ながら暫しの沈黙。
「・・・。ハハハハハハ・・・」
「ハハハハハハハハハ・・・」
同じ事を慶に言われた一道はポカンとしていたらだらしない顔をしていたと言う事もあって、慶が噴き出した。施設の中で始めて慶は笑った。それに釣られて一道も笑っていた。
それから二人は特に何も言わずとも互いに行動を共にするようになっていた。
一道が竹刀を振るうのなら慶も箒を振るい、慶がブロックで家を作っていれば一道もそれに倣って同じ事をしていた。真似をされているというよりは対抗しているという感じだろうか?
そんな事で、慶が紙飛行機を作っていた。慶が作った紙飛行機は飛ばすと真っ直ぐにかなり遠くまで飛ぶのだが、一道が作った紙飛行機はすぐに旋回してしまう。
「そこ、そうじゃねぇよ」
「お、おう・・・」
慶は紙飛行機の先端を軽くまげて、それを重りとすることで紙飛行機のバランスを保った。
「で、投げ方はこう。力いっぱい投げても飛ばない」
「お、おう」
言われて見てやるが慶ほど上手く行かない。どうやらコツがあるようであるが、先ほど、一道だけでやっていた場合に比べ見違えるほど紙飛行機は飛んでいった。
「コレ、飛ばしに行こう」
一道が誘ってみた。紙飛行機の折り方を教えてくれたからそのお返しがしたいのだろう。
「どこに?」
「高いところ」
そう言って、施設から少しはなれたところに丘があり、そこには茂みがあり、更に奥にはいるとフェンスが張ってあり、『この先、崖のため危険』という看板が立っている。一道は気にせずフェンスをよじ登り、飛び降りた。
「どうしたの?」
フェンスの反対側で渋い顔をしている慶を見て、一道は声をかけた。
「まだこの先に行くのか?」
「怖いのか?」
「怖いわけないだろ!」
慶は向きになって、フェンスを登り、下りた。一道は気を取り直して進む。それから歩く事、数m。茂みが切れた。
「うおおおお!!すげぇ・・・」
すぐ目の前は崖であった。転がり落ちたら大怪我、下手をすれば死ぬ事も考えられるだろう。だが、その反面、町中を見渡せる絶好の場所であった。
「じゃ、俺から行くぞ。それ!」
一道が放った紙飛行機はふんわりと飛んでいった。風の影響も殆ど受けずとおくまで飛んでいった。20~30mぐらいだろうか?人のうちの庭に着地した。
「次、俺だな」
次に慶が放った紙飛行機は直進して飛んでいく。かなり高い位置で殆ど落ちずに飛んでいる。明らかに慶の方が飛ぶだろうと思えた。しかし、そこで風が吹いて少し流されてしまった。その所為で目の前にある家の壁にぶつかってしまい、そこで紙飛行機は落ちた。
「あれは、俺の方が飛んでいたぞ!」
「いや!俺のほうが飛んだ!」
だが、方向が若干異なるために遠くに飛んだように錯覚させていた。何度か言い争いをして次で決めようと言って何枚も紙飛行機を折って飛ばした。
そんな事があったのでむしゃくしゃする事があると紙飛行機を作っては飛ばしに行っていた。一道が1人で行くと特に合わせている訳でもないのに慶が先に来ている事もあったぐらい2人にとってお気に入りの場所となった。慶は施設に入った当初は一人でいることが多かったが一道とのやり取りがあって明るさを取り戻してきて、積極的に話しかけて来るぐらいに回復してきた。
そんな時に、慶がこう言って来た。
「俺とお前、どんな事でも隠し事はなしだからな!いいな!!」
「おう!」
昔、交わした約束。慶との友情が高まったものであったから決して小さいものではなかったが、年月が経っていたから次第に遠く色褪せていったものであったが、今になって大きく、重く、ドンと一道に圧力をかけてくる。一道はその圧力に耐えられなかった。足取りは覚束無い。だが、行き先は決まっていた。
「・・・」
ピンポーン!
たどり着いた場所は、元気が住むアパートであった。元気がその後どうなったかなど今の一道には考えが及ばなかった。ただ、慶が自分達を裏切ったという事実は、みんなに教えなければならないだろう。
『慶・・・俺が始めから言っていればお前も苦しまずに済んだものをな・・・』
何度かインターホンを押すが反応が無い。暫くしてから再度押す。だが、一道自身、何度も押しているという事にさえ気がついていなかった。既にインターホンを10回以上は押していただろう。留守の家に何度も無言でインターホンを押す奴など傍から見れば通報物である。
「いない?あ、そうだったな。元気さん・・・もしかして無事じゃないのか?」
敵の注意を引いて自分達を逃がすために山に残った元気の事を思い出した。その身の事を案じた。留守である事も分かり、その場から離れようとしたときであった。何と、ドアが開いた。
「どちらさま・・・あ・・・」
元気が現れたが、生気を失っているおり、まるでゾンビのような表情をしていた。今まで見た事もない顔に一道は驚いた。
「あ、げ、元気さん、いるのにどうしてこんなに出てくるのが遅いんですか?」
「昨日は大変だったから今日は休んでいるんだよ・・・。体の調子も悪い。ってお前の方が悪そうじゃないか?」
マンションの手すりに掴まっている一道は当然、不調であった。
「戻っていらっしゃってホッとしました」
「まぁな・・・運が良かっただけだろうと思う。お前らもあれから連中と戦ったらしいが何とか切り抜けたらしくて良かったな・・・亮と昌成の事はあるが・・・」
「・・・」
「で、何しに来た?まぁ、俺も話さなければならない事があるからな・・・入れよ」
「ハイ」
一道は元気の部屋に入った。部屋は雨戸を閉め切っており、電気もつけてないので真っ暗であった。それでも、元気は電気をつける素振りも見せず、ベッドに座り込んだ。そして、ゆっくりと語り始めた。昨日の出来事の後を・・・
「すまないが飲んでいいか?」
「飲むって何を?」
元気は冷蔵庫からビールを取り出した。
「これだよ。これ」
「どうぞ・・・」
言われた元気は缶ビールを開けて飲み始めた。数回口にしてゲップをした後、口を開いた。
「昨日よ。家に何とか帰ってきてから敵を見つけて戦ったのはいいけどよ。それから、みんなの様子を確かめる為に電話をかけたらよ。そしたら言われたよ」
「言われたって何を?」
「お前が仕組んだんだろう?殺してやるってな・・・」
「そんな事、誰に?」
「あの無表情の悠希にさ。お前が私達を呼び出しさえしなければ私達は引っ越して新しいスタートを踏んでいたのに、全てが壊れたってな。それに、今回の件は始めからお前らが仕組んだじゃないのか?私はお前を許さない。殺してやるってよ・・・何で命がけで戦った俺がそんな事言われなきゃいけないんだろうな・・・」
最後の方、元気の声は消えそうであった。ガックリとうな垂れつかれきった顔でいった。
「また、同じ事をよ・・・また・・・」
元気は、川で溺れ、助かった。だが、その為に助けようとした2人の未来ある人が死んだ。それによって、亡くなった2人の家族や知人らから度重なる嫌がらせを受けた。その嫌がらせは元気自身だけではなく元気の家族にも及び、本来は元気自身を勇気付けなければならない立場の両親さえもその嫌がらせに嫌気が差し、元気を責めた。それについて思い出してしまった。元気の心境を慮ってかけてやる言葉など一道にはない。だが、言わなければならない言葉を思い出していた。
母親が慰めてくれた。しかし、一道にとってはそのような心の声は一道の心に届きはしたが響かなかった。
「お前が知ってからずっと苦しませていたか・・・俺はそれに気付かなかった。気付けなかった・・・情けねぇ・・・」
自分の体に母親の魂が宿っている事。和子を助けた直後、慶に言った。説明する為に言わなければならなかった。確かに、それを聞いた慶は複雑な顔をしていた。それは、いきなり魂なんて得体の知れない事を言われて戸惑っているのだろうと一道は思っていた。だが、それは間違いであり、慶が約束を破られた事にショックだったのだと今頃になって分かった。それはあまりにも遅すぎた事だったのかもしれない。
母親が言うように、母親の魂の事はずっと隠し続けていた。当時、幼い子供である一道少年が、母親の事を少しでも言えば世間から白い目で見られる事など分かるはずもない。ただでさえ、施設で暮らしている彼である。頭がおかしいのだと陰湿ないじめを受ける可能性さえある。だから、母親は自分の存在を決して言ってはいけないという約束をしていた。当然、慶にも言わなかった。その結果が今となってやってきたのだ。
「あの時も隠すべきだったのか・・・いや、いずれにせよバレていた事なのか・・・」
和子の件の後、打ち明かした事。それについて後悔の念が強まってくる。
「はぁ・・・」
瞬きするぐらいの短い間であっても、一気に昔の事が鮮やかに蘇って来た。慶が始めて施設に来た日の事だ。数日前まで温かく、素晴らしい両親だと思っていた彼が、何もかもをめちゃくちゃになった上、親戚達のまるで生ゴミを見るような視線。そんな人の嫌な面をこれでもかというぐらい見せられた挙句、見知らぬところに放り込まれるのである。多感な幼児である。正常を保てるわけなどなかった。慶は元々あった明るさは消えうせ、完全な人間不信になっていた。キョロキョロと挙動不審で、近付いてくる子を避けるようにしていた。
「この子が羽端 慶君。私達の新しい家族だから仲良くしてあげてね」
「は~い!」
慶は全員の視線を伺うように見ていた。伺うというよりは既に疑っていたという方がいいだろうか?そんな事を気にせず施設の子が話しかけた。気にしないというより、自分達も同じようなものだと同類意識が働いたのだ。
「慶君!遊ぼうぜ」
「・・・」
こちらをじっと見てはいるが何も言わない。何の意思表示も示さなかった。無視ではなく有視とでも言うのだろうか?ただ、こちらをじっと見ているだけだ。
「慶君、遊ぼうぜ!」
強引に慶の腕を引くが、こちらを凝視したまま動かなかった。
「お前、何だよ」
拒絶するのならば強引に自分達のペースに引き込むことが出来たが、こんな反応は今まで誰もしなかった。だから、子供達は戸惑った。そんな事が何度か続いた為、施設の子達もあまりの気味の悪い反応をする慶を無視しようと言い合っていた。
共同部屋であるので慶と同じ部屋で一緒に他の子が遊んでいた。慶は隅っこで膝を抱えるようにして座りこちらの様子を見ていた。無言で目が据わっていたので何を考えているか分からないと気味悪がっていた。そんな時、慶に新聞紙を丸めた玉が額に当たった。
「取って」
「・・・」
慶は玉を拾おうともせず、相変わらず立ったままで玉を見てから取りに来た少年を見続けて、暫く動かない。それはまるでこちらの動きを伺う獣のようであった。
「取って」
「・・・」
そんなやり取りが2~3度繰り返されたが慶は見続けるというだけ後は何もしなかった。さすがに待ちきれなくなったので新たに、新聞紙を丸めて、投げて当ててみた。
「取って」
「・・・」
また動かない。仕方ないのでまた投げてみる。今度は当たらなかったが、慶の反応は変わらない。更に何度かやってみたが何も変化はなく、慶は行動を示す事をしなかった。そうなると投げる方も向きになっていく。しかも最初は放っている程度であったが、投げるスピードも上がり、新聞紙を小さく潰すので硬くなり当たるのも当たれば怪我をするほどではないが痛くなってくる。
「つっ!」
新聞紙が右目に当たり、思わず固く目を閉じ、声を出した。その反応に喜ぶ子供達。今
「やったぁぁ!!」
それに対して、慶もまた、からかわれていると思ったのか、向きになって同じ反応を続けた。
「次!次だよ!次!」
「次ってもう新聞紙ないよ」
「何だよ~それ~!」
それに対して、静かに、後ろを向いた。彼の周りには沢山の丸めた新聞紙が転がっていた。だが、負ける訳にもいかなかった。こうなったらどちらが音を上げるかの勝負となっていた。
「一人、一個何かやってアイツを泣くか怒らせた奴の勝ち」
そんなゲームが始まった。各自1つずつ何かしていく。変な顔をしてみたり、くすぐったり、お尻を叩いてみたりと色々な事を試していくが慶には効果が無かった。だが、一人の子供がやった事、それだけが慶の心を大きく突き動かした。
「お前のか~ちゃん。髭ボ~ボ~!」
彼にとって今、母親の話題は禁句であった。それを聞いた瞬間に、彼は立ち上がった。
「やった!俺のかっ!!」
勝ちと言いたかったのだろうが、その瞬間に慶の拳が少年の口に炸裂した。無防備な状態であったし、あまりにも素早いパンチであった為、見事と言えるほどに直撃した。殴られた少年はすぐさま泣き出し、その場にうずくまった。自分の歯で口を切ったらしく血まみれになっていた。そんな状況になっても慶は追い討ちで蹴りを入れまくっていた。
「お前!殺してやる!絶対に殺してやる!!」
「や、やめろ!」
と、止めに入ろうとするほかの友達も殴られ泣き出してしまい、始めに殴られて泣いている少年を執拗に殴り続け、誰も止められないような状態になっていたとき、一道が前に出た。
「悪かったよ!悪かったからもうやめろよ!」
「うるさい!コイツだけは!コイツだけは殺してやる!」
慶は一道を殴り、まだ言いだしっぺの少年をまだ蹴っ飛ばした。本当に殺しかねないというような凄みがその時の慶にはあった。その目は母親とその男を殺した父親と同じだった。本人はそれを知る由もないが・・・
「どけ!!邪魔なんだよ!お前も殺すぞ!!」
「許してやれって言ってんだ!」
今度は一道が慶を殴った。慶も殴られて怒り狂い、周りは止められないほどの大喧嘩を繰り広げていた。殴り、蹴り、抓り(つねり)、髪の毛を引っ張り、あらゆる事をしていた。そんな二人は涙を泣きながらも喧嘩を続けた。お互い、顔は腫れ、唇は切れて血を出している。それでも暫く喧嘩は続いた。
「はぁ・・・」
「ぐぅ・・・」
最後に、一道が殴りかかろうとして慶が蹴ろうとした。
「ウッ!!」
偶然、出した拳がみぞおちに直撃し、慶はその場に倒れこんだ。
「あ・・・ああ・・・あ・・・かはぁ!!ゴホッ!ゴホッ!」
息も出来ないほど苦しむ慶。そのまま慶はへたりこみ、何度かの堰の後、吐いた。一道もまた倒れた慶の上に折り重なるように倒れこんだ。それから少し経って動きだしまた県下を再会しようとした所で
「お!おい!母さんに言わないと!」
他の子が院長を呼んできた。それから、全員こっぴどく院長に怒られた。それから度々、慶と子供達との衝突が起きた。
前のように慶にちょっかい出したり、おかずを取ったり、おもちゃを取ったり、その程度の事であった。無視していた慶であったが、子供達の中で慶のNGワードが分かってしまい、それを言われる事で慶が怒り出して、最終的に殴り合いになり、それを終わらせるのは決まっては一道であった。だが、そんな殴る事で嫌な事を忘れられるのか前のような暗さは無くなって来ていた。が、乱暴者というレッテルが貼られてしまった。
「お前、本当にやな奴だよな。いつも邪魔してきて・・・」
慶が誰にでも庇いたがる一道に言う。
「お前がすぐ人を殴るからだ」
一道は、慶に対して言う。この一件以降、慶は急速に明るくなっていったわけではないが少なくとも、一道の存在を無視できなくなっていった。
そんなある日、学校の校庭での出来事であった。慶は孤立して、ブランコで遊んでいた。そこへ、何人かの上級生と同級生がいた。
「コイツだよ」
同級生が指差していた。その兄らしい上級生が近付いてきた。
「お前が弟を殴ったんだって?」
慶は無視して、ブランコをこぎ続けていた。慶は、同級生の子を確かに殴った。それは、彼が慶の作っていた粘土の工作を故意に壊したからだ。同級生の子は態と他人にちょっかいを出し、相手が抗議してくるとすぐに兄貴を呼ぶぞと言って自分では何も出来ない典型的なヘタレ野郎だった。
それで、慶を挑発して、兄の名前を出したが慶はその子を殴った。かなり殴ったので兄貴の登場という訳だ。この兄貴は同級生にはペコペコしているくせに下級生であった途端、強がる典型的なヘタレであった。しかも、兄貴だけではない。その兄貴の友達も連れているというかなりのヘタレであった。やはり兄弟である以上血は争えないという所かもしれない。そんなヘタレ兄弟であった。
「聞いてんのかよ!お前!」
ブランコを無理矢理止める兄。慶は、ブランコから下りそのまま立ち去ろうとすると前に立ちふさがった。
「てめぇ!無視すんなって言ってんだろーが!羽端とか言うの!」
殴ろうとしたら慶は易々と避けて、兄はバランスを崩した。
「お前、羽端って今、言ったのか?」
兄の友人が何かに気付いたようであった。
「知っているのか?こいつの事」
「知らないよ。でもよ。結構、前、ニュースにならなかったか?羽端って男が奥さん殺したって」
「そういえばそんな事言っていたな。羽端は殺人犯って!」
彼らは、慶がその殺人犯の息子と言う事を知らない。ただ、同じ苗字だからというその程度の理由で言っただけだ。だが、それがまさか父親だったとは夢にも思わなかった。
「ぶっ殺す!」
ヘタレ兄の腹を思いっきり殴った。突然の攻撃にうずくまるヘタレ兄。その脇から加勢が入り、慶は投げ飛ばされた。小学生の3年という差は大きい。体格も違えば、力もまるで違う。しかもそれが3人いるのだから多勢に無勢であった。押さえつけられた挙句、殴られ、蹴られた。
「てめぇ・・・良くもやってくれたな」
「ぬああ!!」
「ぐあっぁぁぁぁいてぇぇぇぇ!」
慶は蹴られ、殴られたがヘタレ兄の対して噛み付いたのだ。どうにか引き離され、それから一方的な攻撃が始まった。
「お前!良くもやってくれたな!この!この!この!」
「ぶっ殺すとか言ってくれたよな!てめ!この馬鹿が!」
羽交い絞めにされた慶はヘタレ兄に殴られる。慶は既に鼻血を流していた。
「なめた事しれやがって・・・さっき、ぶっ殺すなんて言っていたよな!だったら俺達がお前をぶっこッ!!」
「!?」
後ろから股間に蹴りを決めていた。ヘタレ兄はその場に崩れ落ちた。鼻水と唾を垂らしながらガタガタとうずくまっていた。
「た、武田!」
「お、お前なんなんだよ!1年の分際で!コイツのダチか?」
「年上が3人も寄って年下1人をいじめるのか!この卑怯者!!」
一道の言動は3人に強烈に響いた。それから一道、慶と上級生達との大喧嘩が始まった。殴る蹴るは勿論、つねったり、髪の毛を引っ張ったり、引っかいたり、あらゆる事をしてやっていた。特に、声を掛け合ったり、合図を出したり、している訳もないのに、二人の息はピッタリとあって、一道が一人を蹴って吹っ飛ばしたところを、慶がパンチを入れるという連携までやっていて互角。いや、互角以上だった。何と二人は上級生を圧倒していた。
「みんな、やめなさい!」
と、騒ぎを聞きつけて先生がやってきてようやく喧嘩は収まった。全ての発端となったのはヘタレ弟と言う事で上級生達はこっぴどく怒られた。だが、一道や慶もやり過ぎだと言う事で叱られた。絆創膏を何枚も張り、顔中、傷だらけであった。
「お、おい。お前、何で俺を助けたんだよ」
怒られてそのまま帰ろうとする一道を慶は止めた。
「お前は俺の事、嫌いだろ?なのに何で助けたんだよ」
「知らねぇよ」
「知らない訳ないだろ?飛び出してきたんだからよ。答えろよ」
「うるさいな。口、切って痛いんだよ」
それから無言で歩き始めた2人。行き先は同じ施設。喧嘩をした二人は言葉を交わさなかったものの奇妙な連帯感を持ち始めて来た。お互い、何も言わずとも意識していた。目を合わせて目を逸らす。そんな事の繰り返し。だから度々、衝突して殴りあう事があった。
数日後、施設内で駆け回っていた。
「待てよ~」
鬼ごっこをしていたのだ。一道は逃げまくっていた。上手く部屋中を逃げていたのだが丁度、同じ施設の友達とでぶつかって、ぶつかった子が勢い余ってテーブルぶつかり、乗っていた皿が落ちて割れた。それは院長のお茶碗であった。
「おい!かずみっちゃん!何、するんだよ!お前の所為で割っちゃったじゃないか!」
「俺の所為じゃないよ!そんな所にいるのが悪いんだよ」
「いや!お前の所為だ~」
こういう時、子供は不公平な見方をする。普段から素直で、真面目である一道は優等生ぶっているように見えるのだ。その為、時にはみんなでハメようという心も働くものだ。
「院長に謝っておけよな」
施設内で暴れまわるのは禁止と言われているから、怒られるのは確実である。自分はあまり悪くないと分かっていても完全に自分の責任ではないと言い切れないから院長の所に行こうとした。そうは思っても、怒る時は怒る院長だから一道を躊躇わせた。だが、意を決し院長の部屋に入った。
「ごめんなさい!お母さん!お茶碗を割ってしまいました」
「え?」
「何ってお茶碗を・・・」
院長はきょとんとしていた。
「偉いねぇ。かずみっちゃん」
「え?」
「慶君の身代わりをしようとするなんて・・・普通じゃ出来ないわよ」
「えええ?慶じゃなくてそれは俺が・・・」
「分かった。分かった」
その時、インターホンが鳴ったので院長はそっちの方に相手にしにいった。一道はどう言う事なのか分からないまま部屋に戻り、そこにいた慶に問い詰めた。
「茶碗を割ったのは俺じゃないか?どうして、勝手なことをしたんだ?」
「知らねぇよ・・・」
「・・・」
お互いを見ながら暫しの沈黙。
「・・・。ハハハハハハ・・・」
「ハハハハハハハハハ・・・」
同じ事を慶に言われた一道はポカンとしていたらだらしない顔をしていたと言う事もあって、慶が噴き出した。施設の中で始めて慶は笑った。それに釣られて一道も笑っていた。
それから二人は特に何も言わずとも互いに行動を共にするようになっていた。
一道が竹刀を振るうのなら慶も箒を振るい、慶がブロックで家を作っていれば一道もそれに倣って同じ事をしていた。真似をされているというよりは対抗しているという感じだろうか?
そんな事で、慶が紙飛行機を作っていた。慶が作った紙飛行機は飛ばすと真っ直ぐにかなり遠くまで飛ぶのだが、一道が作った紙飛行機はすぐに旋回してしまう。
「そこ、そうじゃねぇよ」
「お、おう・・・」
慶は紙飛行機の先端を軽くまげて、それを重りとすることで紙飛行機のバランスを保った。
「で、投げ方はこう。力いっぱい投げても飛ばない」
「お、おう」
言われて見てやるが慶ほど上手く行かない。どうやらコツがあるようであるが、先ほど、一道だけでやっていた場合に比べ見違えるほど紙飛行機は飛んでいった。
「コレ、飛ばしに行こう」
一道が誘ってみた。紙飛行機の折り方を教えてくれたからそのお返しがしたいのだろう。
「どこに?」
「高いところ」
そう言って、施設から少しはなれたところに丘があり、そこには茂みがあり、更に奥にはいるとフェンスが張ってあり、『この先、崖のため危険』という看板が立っている。一道は気にせずフェンスをよじ登り、飛び降りた。
「どうしたの?」
フェンスの反対側で渋い顔をしている慶を見て、一道は声をかけた。
「まだこの先に行くのか?」
「怖いのか?」
「怖いわけないだろ!」
慶は向きになって、フェンスを登り、下りた。一道は気を取り直して進む。それから歩く事、数m。茂みが切れた。
「うおおおお!!すげぇ・・・」
すぐ目の前は崖であった。転がり落ちたら大怪我、下手をすれば死ぬ事も考えられるだろう。だが、その反面、町中を見渡せる絶好の場所であった。
「じゃ、俺から行くぞ。それ!」
一道が放った紙飛行機はふんわりと飛んでいった。風の影響も殆ど受けずとおくまで飛んでいった。20~30mぐらいだろうか?人のうちの庭に着地した。
「次、俺だな」
次に慶が放った紙飛行機は直進して飛んでいく。かなり高い位置で殆ど落ちずに飛んでいる。明らかに慶の方が飛ぶだろうと思えた。しかし、そこで風が吹いて少し流されてしまった。その所為で目の前にある家の壁にぶつかってしまい、そこで紙飛行機は落ちた。
「あれは、俺の方が飛んでいたぞ!」
「いや!俺のほうが飛んだ!」
だが、方向が若干異なるために遠くに飛んだように錯覚させていた。何度か言い争いをして次で決めようと言って何枚も紙飛行機を折って飛ばした。
そんな事があったのでむしゃくしゃする事があると紙飛行機を作っては飛ばしに行っていた。一道が1人で行くと特に合わせている訳でもないのに慶が先に来ている事もあったぐらい2人にとってお気に入りの場所となった。慶は施設に入った当初は一人でいることが多かったが一道とのやり取りがあって明るさを取り戻してきて、積極的に話しかけて来るぐらいに回復してきた。
そんな時に、慶がこう言って来た。
「俺とお前、どんな事でも隠し事はなしだからな!いいな!!」
「おう!」
昔、交わした約束。慶との友情が高まったものであったから決して小さいものではなかったが、年月が経っていたから次第に遠く色褪せていったものであったが、今になって大きく、重く、ドンと一道に圧力をかけてくる。一道はその圧力に耐えられなかった。足取りは覚束無い。だが、行き先は決まっていた。
「・・・」
ピンポーン!
たどり着いた場所は、元気が住むアパートであった。元気がその後どうなったかなど今の一道には考えが及ばなかった。ただ、慶が自分達を裏切ったという事実は、みんなに教えなければならないだろう。
『慶・・・俺が始めから言っていればお前も苦しまずに済んだものをな・・・』
何度かインターホンを押すが反応が無い。暫くしてから再度押す。だが、一道自身、何度も押しているという事にさえ気がついていなかった。既にインターホンを10回以上は押していただろう。留守の家に何度も無言でインターホンを押す奴など傍から見れば通報物である。
「いない?あ、そうだったな。元気さん・・・もしかして無事じゃないのか?」
敵の注意を引いて自分達を逃がすために山に残った元気の事を思い出した。その身の事を案じた。留守である事も分かり、その場から離れようとしたときであった。何と、ドアが開いた。
「どちらさま・・・あ・・・」
元気が現れたが、生気を失っているおり、まるでゾンビのような表情をしていた。今まで見た事もない顔に一道は驚いた。
「あ、げ、元気さん、いるのにどうしてこんなに出てくるのが遅いんですか?」
「昨日は大変だったから今日は休んでいるんだよ・・・。体の調子も悪い。ってお前の方が悪そうじゃないか?」
マンションの手すりに掴まっている一道は当然、不調であった。
「戻っていらっしゃってホッとしました」
「まぁな・・・運が良かっただけだろうと思う。お前らもあれから連中と戦ったらしいが何とか切り抜けたらしくて良かったな・・・亮と昌成の事はあるが・・・」
「・・・」
「で、何しに来た?まぁ、俺も話さなければならない事があるからな・・・入れよ」
「ハイ」
一道は元気の部屋に入った。部屋は雨戸を閉め切っており、電気もつけてないので真っ暗であった。それでも、元気は電気をつける素振りも見せず、ベッドに座り込んだ。そして、ゆっくりと語り始めた。昨日の出来事の後を・・・
「すまないが飲んでいいか?」
「飲むって何を?」
元気は冷蔵庫からビールを取り出した。
「これだよ。これ」
「どうぞ・・・」
言われた元気は缶ビールを開けて飲み始めた。数回口にしてゲップをした後、口を開いた。
「昨日よ。家に何とか帰ってきてから敵を見つけて戦ったのはいいけどよ。それから、みんなの様子を確かめる為に電話をかけたらよ。そしたら言われたよ」
「言われたって何を?」
「お前が仕組んだんだろう?殺してやるってな・・・」
「そんな事、誰に?」
「あの無表情の悠希にさ。お前が私達を呼び出しさえしなければ私達は引っ越して新しいスタートを踏んでいたのに、全てが壊れたってな。それに、今回の件は始めからお前らが仕組んだじゃないのか?私はお前を許さない。殺してやるってよ・・・何で命がけで戦った俺がそんな事言われなきゃいけないんだろうな・・・」
最後の方、元気の声は消えそうであった。ガックリとうな垂れつかれきった顔でいった。
「また、同じ事をよ・・・また・・・」
元気は、川で溺れ、助かった。だが、その為に助けようとした2人の未来ある人が死んだ。それによって、亡くなった2人の家族や知人らから度重なる嫌がらせを受けた。その嫌がらせは元気自身だけではなく元気の家族にも及び、本来は元気自身を勇気付けなければならない立場の両親さえもその嫌がらせに嫌気が差し、元気を責めた。それについて思い出してしまった。元気の心境を慮ってかけてやる言葉など一道にはない。だが、言わなければならない言葉を思い出していた。
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