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(小説)美月リバーシブル ~その16~

2012-12-21 18:45:02 | 美月リバーシブル (小説)

2010年12月21日(火曜日)
試験休み最終日、どのように練習すればいいのかと頭に叩き込んでイメージする。だが、ボディタッチが出来るだとか関係が深まるだとか下心が先行してしまうのは致し方ないことなのかもしれない。
午前中の間に肘当てや膝当てや自転車用ヘルメットと自転車用工具の数種類を自転車屋で買った。それはかなり痛い出費だった。
「ああ~。今月の遊園地と言い、出費が半端ねぇ。もうこれで年末まで極貧生活だわ」
財布の中身を見てガッカリする。だが、彼は近いうちに重大なイベントがある事をすっかり忘れていた。日が暮れてから彼女のうちに着いた。
「こんばんは」
「こんばんは」
そう言うと夜の美月が出てきた。
「じゃぁ、早速、練習しに行こうか?川沿いの駐車場にね。そこなら車や自転車も来ないから安全だよ」
「でも、そこにいるオタクな人には要注意だけどね」
現れたのは村上 小春であった。美月の見張りみたいなものだろうと思ってガッカリした。
「そう。嫌な顔しないの。私だって二人のお邪魔虫みたいで嫌なんだから。でも、アミちゃんがどうしても着いていってって言うもんだからさ。ヨミちゃんに何かしないかって」
「光輝さんはそんな事しませんよ」
美月がフォローする。光輝は嬉しく思ったがあまり真面目キャラが定着しすぎると何をやるにもやりにくくなる。
彼が言った川沿いの駐車場まで歩いて移動する。川沿いには野球やサッカーなどが出来るぐらいの大きさのグラウンドがある。彼が自転車練習で最適な場所と言ったのはグラウンド使用者の為の駐車場であった。夜になってしまえば誰も来ない。
但し、夏場になると不良などのたまり場となっていたが真冬のこの時期なら風も強い川沿いの駐車場などには集まらないものだ。駐車場に着くと街灯も殆どなく暗かった。
「ホント、人気もないし、暗いし、何か悪巧みをしようと思えば簡単に出来そうね」
「だからしないって・・・じゃ、まず準備として・・・」
彼はリュックから工具を取り出そうとゴソゴソと探るがかなり手間取った。
「暗ッ」
「何をするのそれで?改造?」
彼は自分の自転車の前でしゃがんだ。
「そんなんじゃないよ。それにしても暗い。くそぉ・・・こんな事なら懐中電灯を持って来ればよかった」
携帯電話のか細い光を頼りに自転車に工具を当てて動かして、彼は自転車のペダルを外した。それだけで5分ぐらいはかかっただろう。
「おっそ。ちょっとぐらい暗くても男ならちゃっちゃと外せたらカッコいいのに」
「無理言わないでよ。暗いんだし、寒いから手が悴んで上手く動かなかったんだから」
「言い訳しないの。その前に、手を動かす」
それを言われたら何をやるにも詰んでいると思う。
「それで私はどうすればいいんですか?」
「自転車を跨いで、そのまま歩く。それが第一段階での練習」
「それだけでいいんですか?背中を押してもらって乗るものだってコハちゃんが」
「色々と調べたんだけど、自転車に乗れない最大の原因がバランス感覚。右か左かどちらかに知らぬ間に体重をかけちゃうから転んじゃう。だからまず、サドルに座って歩く事でバランス感覚を養ってからペダルを漕ぐという事をすると上手く行きやすいんだって」
「ふぅん。自分で考えたの?」
「いや、俺はネットで調べただけなんだよね」
「ならネットの手柄ね」
「まぁ・・・ね」
「でも、そうやって探す事は大変なんじゃないですか?」
「ヨミちゃん。そんなの自転車の乗り方なんて検索サイトで文字を入力すればいいだけの話だから簡単よ。私だってやれば出来る」
「コハちゃん。倉石さんにあまり意地悪しては可哀想ですよ」
「別に気にしてないよね。心、優しい優しい倉石君だから~」
相変わらず言い方に悪意を感じる。
「ま、まぁ・・・練習を始めようよ。ね?話していても寒くなるだけだからさ」
「そ、そうですね」
サドルを調整して練習が始まる。楽々に進むかと思って見たがそうも行かなかった。美月は跨ってみたがやはり緊張しているのかガッチガチになってしまい、ハンドルに力を込めすぎてしまうようで右へ右へと傾いてしまう。
「もっと楽にして、真っ直ぐ真っ直ぐ」
彼がハンドルの右に手を添える事で直進するように修正した。それからそのような要領で駐車場を往復し続け、すぐに、補助なしで直進できるようになった。
「次はハンドルを使って左右に曲がる練習。それを覚えれば半分乗れるようになったもんじゃないかな?」
「何だか難しそうです」
「ハンドルを傾けてそれから戻せば良いだけだからそんなに難しくないよ」
「ふぁぁぁぁ。ううっ。さむぅ!」
見ているだけの小春はあくびの直後、体を震わせた。駐車場はだだっ広いだけで風を遮るようなものもなく、風がふけばもろに体に受けるような状態にあったので体も動かさないと非常に寒いだろう。最初はそばにいてあげたが少し慣れて来て心配ないだろうと判断したら美月が自転車の練習しているのを二人は見つめていた。すると小春が話しかけてきた。
「あ・・・そうそう。アミちゃんとヨミちゃん。喧嘩したから」
「喧嘩!?どうして?」
「昨日の夜、アミちゃんの彼氏にヨミちゃんがキツイ事を言ったからよ」
「キツイ事って?」
「詳しい事は知らないけど、アミちゃんが彼氏からその事を聞いたら、アミちゃん怒っちゃって、ヨミちゃんもそんなに酷い事は言ってないって」
夜の方の美月がどんな酷い事を言ったのか物凄く気になった。自分がそんな事を言われたらどうなるのかと考える。
「二人ともなんか険悪ね。珍しく」
「そう・・・なんだ・・・」
「何、それ。他人事?」
「二人だけの話にどう入っていいものかなぁと」
「・・・。あっそ」
軽く失望したかのような顔をして、話を切って小春は自転車に乗る美月の方を見ながら話し始めた。
「明らかにアンタより大和田って人の方がアミちゃんの方がかなりリードしているね」
「やっぱりそうだよねぇ・・・」
「それはそうよ。ヨミちゃんは大和田って人にも会うけどアンタ、アミちゃんに会うどころか近付く事も出来ないぐらい嫌われているじゃない」
「う・・・」
「私からしてもアンタか大和田って人かを選べって言われたらまずアンタは選ばないもの。アンタがヨミちゃんとつなぎとめている要素ってなんだろうね。カッコいい訳でもないし、気が利く訳でもないし・・・あ、『先に出会った』ってだけじゃない?」
全身がビクッと震え、金縛りにあったかのように動けなくなった。
「逆ならアンタなんて取り入れる隙なんて絶対にない」
前の美月は非処女という件もそうだが光輝にとって小春はどぎつい事を吐く人であった。
「私からすれば頑張ってとしか言いようが無いけどね。前も同じようなこと言ったけど私は、アンタでも大和田って人の味方でもなく、みっちゃんの味方だから」
暫く声を発することが出来無さそうだった。そんな時、視線を自転車に乗る美月の方に移すと美月は駐車場の車止めに乗り上げそうになっているのが見えた。
「あ!危ない!」
声をあげると、美月は驚いたようでブレーキを引いたようだった。それがいけなかった。加減を知らないその手は急ブレーキとなって、彼女を自転車から放り出した。そのまま彼女は地面に転倒した。光輝はすぐさま彼女に駆け寄った。
「美月さん、大丈夫?」
「はい。ちょっと速くて驚いてしまって・・・いっつっ」
立ち上がろうとして顔をしかめる美月。
「ちょっと足を見せて」
小春がズボンの裾をまくり携帯のライトを当てて触ってみた。
「ちょっと赤くなって腫れてるね」
どうやら駐車場の車止めにすねをぶつけたようだった。
『打ち身?切り傷用に絆創膏と消毒液は持ってきたけど湿布は持ってこなかった・・・』
膝当てと肘当てがあるので打ち付けるという発想が生まれなかったのが原因だろう。
「ひどくはないみたいだけど、これ以上は続けない方がいいね」
「い、いえ、出来ますよ。もうちょっとで乗れるようになりますからこれくらいの痛みは」
美月は軽いジャンプをしてなんでもない所をアピールするが二人に続行する気はなかった。
「暗いし、もっと寒くなるともっと体も硬くなるし、今日はやめよう。今日出来なくても次の機会があるし」
「でも・・・。はい。分かりました。ごめんなさい」
「美月さんが謝る必要なんてないよ。焦らずゆっくりやればよかったのかもしれない」
「そんな事ないですよ。私が上手くやれば」
「いや、俺がもっと近くにいれば」
「いえ」
いつまでも、責任のかぶりあいをしようとしているので小春が割って入った。
「2人とももういいから。ヨミちゃん。足、痛くて歩けないんじゃない?」
「そんな事ないですよ。十分、歩けます」
「そう?歩けないようなら誰かが支えてあげるしかないと思ったんだけどな。人に迷惑をかけないようにするのがヨミちゃんの事だから本当は無理してんじゃない?」
「いえ、歩けますから・・・大丈夫です」
美月もそれに気付いたのか断った。小春がすぐにこちらをにらみつけたかと思うとガッカリした表情に変わった。光輝は突然の事で何が何だか分からなかった。
『俺も、支えさせるように言えよって事かぁ?急にそんな事、読み切れないって・・・。普通の人なら分かるのかぁ?』
光輝としてはそれほど残念には思っていなかった。あまりくっついているところを他の人に見られでもしたら昼、大変な目に遭いかねないと思ったからだ。自転車の練習は切り上げて帰ることになった。自転車は、光輝が引く。
「それにしてもアンタも残念だよね」
「何が?」
さっきの件を責めてくるのかと思った。
「だってアンタ、ヨミちゃんと会っているのって1日おきなんでしょ?今日が21日だからアンタ、イブに会えないじゃない」
「!?」
彼は忘れていた。クリスマスという行事がある事を。小学校中学年ぐらいまでは家でクリスマスケーキなど食べてプレゼントをもらっていたがそれからは一切行わなくなった。クリスマスなど無縁なもので周囲がクリスマスムードでいっぱいになっても自分とは違う別世界でのお祝いだと思っていた。当然、今は状況が異なる。
「どうしたの?」
「いや、それはまぁ・・・仕方ないでしょ。運が無かったって事でさ。ハハハ。まぁ、イブはダメでもクリスマスの当日は大丈夫だし」
どうにも答え方が空々しい。小春はちょっと小悪魔的な顔になった。
「本当に?無理してるでしょ?だって、大和田って人とヨミちゃん、イブにいるって事になるのを笑ってられるのぉ?」
「ま、まぁね。これはもう決めた事だから仕方ないんだよ。うんうん」
自分に言い聞かせるように言うが痛々しい。
「でも、イブって特別な日じゃない。2人の男女が愛を語り合うような・・・」
「コハちゃん。もういいじゃないですか。倉石さん困っているじゃないですか」
急に美月が入ってきたので二人ともちょっと驚いた。美月自身、ムッとしているようだった。
「そ、そうだな。俺の事は良いとして、村川さんは諏訪さんと一緒なの?」
「そんなの当たり前すぎるじゃない。レストランでご飯を食べる約束しているのよね。予約取ってさ。将ちゃんもバイトしている身だからそんな高級レストランじゃないけどささやかにね」
イブに予約となれば相当前に準備していた事だろう。すっかり忘れていた自分と比べたら桁が違うと思った。
「去年は、彼のうちに行ってね。去年は彼は実家だったから、家族がいてね。くしゅッ!」
小春は突然、くしゃみをした。
「コハちゃん大丈夫?」
「あ・・・。ちょっと体が熱っぽいかも。ちょっと頭も痛くなってきたからその自転車で先に帰ることにするね。この大事な時期に風邪引いて台無しにする訳にもいかないから」
「ごめんなさい。私の自転車の練習に付き合わせてしまって」
「倉石君も言っていたけど気にしすぎだよ。私は自分で来たくて来ただけだもの。何でもかんでも背負い込まないの。ヨミちゃんの悪い癖だよ」
「・・・はい。そうですね」
自転車を彼女に渡そうとすると耳元で彼女が囁いた。
「いざとなったら暗がりで押し倒しちゃったら?この辺り誰もいないし」
「はぁ!?」
あまりの唐突な言葉に彼の思考回路は一瞬にぶっ飛んでしまった。
「ハハハハハハハ。バイバイ。上手くやんなさいよ。くしゅッ!」
彼女は笑いながら自転車で走り去っていった。
『普通、頑張れとか励ますぐらいなものだろうに・・・完全に遊ばれているな。俺』
本人には言えないような失礼な言葉を思いついていた。何はともあれ、二人っきりになった。川沿いの街灯も少ない暗い道から比較的明るい歩道に移動して彼女の家に向かった。
「美月さんは自転車に乗れるようになったらどこに行きたい?」
「ここという所はありません。家の近くの事全然知りませんから・・・でも、色んなところに自分の力で行ってみたいです。今まではお父さんやお母さんに連れて行ってもらうだけでしたけど、今度は自分で自分の行きたいところに」
「でも、夜に行くっていうのは危ないよ」
「やっぱり、そうですよね。コハちゃんにもそう言われましたし」
「だ、だから、その時になったら俺に言ってくれればいいよ。どこでも着いていくからさ」
「でも、悪くありませんか?」
「いいんだよ。俺も一緒に行きたいし、美月さんがどこに行きたいのかも知りたいな」
「そ、そんな大した所に行きたい訳ではないですから、あまり期待されても・・・」
「どこだっていいじゃない。別に自販機でジュースを買いに行くのも良いし、ファミレスでご飯食べるのだって良いし、美月さんと一緒ならどこへだってさぁ~何てね。ハハハ」
ちょっと気安く言い過ぎたような気がした。
「私も倉石さんの行きたい所・・・」
「い~しや~きいも~♪お芋♪ほっかほかのお芋いらんかねぇ?さぁ。早い者勝ちだよ!」
遠くから聞こえてくるようなら良かったのに突然、焼き芋屋の軽トラックのスピーカーから大きな声を出した。
『野郎!!このバカぁぁぁ!何故か俺の周りが空気読んでくれないよな』
「焼き芋屋さ~ん。下さーい」
「あいよ」
丁度、2人が向かう途中に客がいたようで車は止まって、手早く焼き芋を取り、やって来たおばちゃんに渡していた。
「どうだい。あんたらも」
目の前に差し掛かったとき、焼き芋屋のじいさんが声をかけてきた。
『折角、良い話をしていたところを邪魔してくれたアンタの物なんて誰が買うかい』
「いえ・・・」
そのように言ったが自転車の練習などでちょっと疲れたし、小腹も減ってきたところだった。火の温かい色に心が吸い寄せられる気持ちになった。
「じゃぁ・・・」
「お!買ってくれるのか!毎度!どれが欲しいんだい?」
と、値段表を見ると最低300円。薄暗い中、お札は無く、銀色のメダルは4枚見えた。
『ぐおっ。どんだけ金欠なんだ!』
今更、断る訳にも行かなくなってしまったので取り敢えず1本だけは買うことにした。
「一番安いのを1本」
「・・・。あいよ」
美月の方を見て、そこからこちらを見て、それ以上何も言わず無愛想に芋を漁り新聞紙で包んで渡してくれた。
「あぁ・・・不景気だねぇ・・・」
ボソッとおじさんはそのように呟いて軽トラに乗り込んで走り出した。歌が次第に遠くなっていく。
「食べる?疲れた後は甘い物を食べた方がいいからね」
光輝はそのまま美月に手渡した。渡された美月はきょとんとしていた。
「い、いえ、私だけじゃ悪いですから半分ずつにしましょうよ。ね?」
「半分?ああ。そうだね。俺の方が何だか疲れてみるみたいだ。ははは」
買ったサツマイモを割った。割れ口は綺麗な小金色で湯気がバッと舞う。いかにも旨そうに見えた。よく見ると新聞紙は2重で包んであったので1枚を美月の方に巻いて上げて渡した。
「はい。どうぞ」
「ありがとうございます」
ふーふーと息を吹きかけて頬張る事にした。
「ごめんね。俺は、出来れば2個買って1人1個にしたかったんだけど。手持ちが無くってさ」
「いえ、私もお財布を持ってくれば良かったんですよ。でも、はんぶんこっていいと思いませんか?1つの事を2人でちょっとずつで同じ気持ちになれるってとても素敵な事だと思いませんか?」
「ああ、そういう事ね。分かる分かる。楽しさは倍。悲しさは半分って言うし」
「楽しさは倍。悲しさは半分。いい言葉ですね」
「でしょ?」
軽く話が弾んだ気がして焼き芋屋のおじさんに少し感謝しようと思えてきた。
「でも、考えてみれば私達も同じなのかもしれませんね。私だけでは1人の人としては半分ですから。アミちゃんがいてやっと1人」
「・・・」
いつも自分でいられる光輝にはその言葉は非常に重い。彼女にはどれだけの苦労を背負って生きてきたのだろうかという事を思うと迂闊な言葉はかけられない。機転が利けば何か良い言葉でもかけられたのかもしれないが焼き芋を食べているように見せかけてただ沈黙するしかなかった。そんな自分が情けない。
「あ。ごめんなさい。私ったら何を言っているんでしょうね。忘れてください」
美月は手にしている焼き芋を口にした。食べ終えてから再び美月のうちに歩き出して彼女のうちの前までやってきた。
「焼き芋、ご馳走様でした。とっても美味しかったです」
「気にしなくていいよ。金欠なのが恨めしい」
「いえ、そんな事ありません。1本なんて私食べられませんでしたから半分ぐらいで丁度良かったんですよ」
美月の気遣いに心が痛い。
「今度、練習したら乗れるようになるといいね」
「はい」
「それじゃ、お休み」
「おやすみなさい」
別れて、家路へと急いだ。
『金が無さ過ぎる。前借するしかないかなぁ・・・』


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