り、友達と友達の母親達と一緒にファミレスでご飯を食べ、皆と別れ家に歩いていると渡君がいた駐車場を見つけた。夏休みが終わったのだから、もう駐車場にはいないだろうと思いながら駐車場を覗いてみるとそこにはやはり渡君はいた。
「あ、いたんだ」
「・・・」
「めぐちゃん・・・え?こんな所にお友達がいるの?」
「そうだよ。渡君って言うんだよ」
「・・・」
チラッとめぐちゃんの母親と目を合わせるが何も言わずすぐに目を離し粘土をこねていた。
「へぇ~。あなたが渡君ね。めぐちゃんから聞いているよ。粘土を作るのが上手な子ってね」
「・・・」
『人見知りが激しい子なのかな?あんまり一緒にいると話さないみたいだし』
「それじゃ、うちに近いからママ、先に帰っているね。夕方までに帰って来なさいね」
「は~い」
めぐちゃんは返事して、母親は帰った。
『それにしてもめぐちゃんと一緒ねぇ・・・こういう子に惹かれるのかな?』
母親は自分の幼かった時期を少し思い返してみたが彼のようなタイプは思い出せなかった。
「今日は何を作っているの?」
「くも」
「ええ~?くも?でも、足とかないみたいだけど・・・」
「空の・・・」
「ああ!蜘蛛じゃなくて雲ね」
しかし自由な形で浮かんでいる雲など普通作るだろうか?やはり何か感性が違うようである。
「何を作る?」
「ケーキは前作ってもらったからお花かな?」
そう言うと、渡君は滑らかな手つきで花を作っていく。そこにはひまわりが出来ていた。
「わぁ!凄い!凄い!他にも作れる?」
「うん。ちょっと」
「じゃあ、あさがおは?」
「あさがお・・・作れる」
そう言って、作ってみたものの、やはり形に特徴がある花でないと単色の粘土である花はイマイチそのものかどうか分かりにくいがそれでもあさがおだと分かった。
「お花屋さん出来るね」
「?」
「お花屋さん。チューリップくださいな」
「お、おう」
「店員さん『おう』なんていわないよ。『分かりました。少々、お待ち下さい』だよ」
「わ、わかり・・・ま・・・」
「フフッ。『分かりました。少々、お待ち下さい』」
「わ、わ、わか、分かりました」
慣れない口調に戸惑う渡君。普段見せない姿なのでなかなか面白かった。そんな事を言っていると夕方のチャイムが鳴った。
「あ・・・もう5時半だ~。それじゃ、私帰るね。渡君はいつ帰るの?」
「うん」
「じゃ、一緒に帰ろ」
「うん」
渡君が粘土を粘土箱に入れたのを見るとめぐちゃんは手を伸ばした。渡君はその手を無視するかのように歩き始めていた。気が付かなかったのだろうか?その事を口に出すのは渡君に悪い気がしたし、自分から手をつなぐなんて事を言うのも変だと思ったので黙っていた。
「次は何を作る?」
渡君が聞いてきた。粘土に関しては積極的になるようだ。
「ご飯かな?そうすればおままごとが出来るから~」
「ご飯。分かった」
それからめぐちゃんのうちに着いた。
「それじゃ、渡君。また明日」
「うん」
二人は手を振って、分かれた。
次の日に幼稚園で遊ぶ。渡君におはようというぐらいは声をかけたがやはり運動をする事はなかった。外で鬼ごっこなどで走り回る事もめぐちゃんは好きであった。それで転んで大泣きする事はしばしばであった。
先生は粘土遊びをしようと言った。渡君にとっては絶好のタイミングだろうと思った。
「秋は芸術の秋って言いますから今日は、お粘土で好きなものを作りましょうね~」
「は~い」
「ええ~」
べたつく粘土を触る事に抵抗を覚える子達も少なからずいる。汚れる事はよくない事だとか悪い事だと親から徹底されているのだろう。逆に汚す事が大好きな子もいる。
「出来たぁ!先生見て!」
「上手ね~。このキリンさん」
「ええ?これ象だよ」
「え?ああ・・・確かに象だね。この長いのってお鼻なのね」
幼児が作る絵などの創作物というのは、カッ飛んでいる事が多い。まだ子供であるから物を正確に捉えきれないその上、表現すると言う事に不慣れだから他の者が見たら理解不能なものになる可能性が結構高いものだ。
「出来た!カブトムシ!」
クラスで一番元気な子である輝星(きせい)君が高々と言うと、みんなが近くに寄ってきた。角をつけて背中の羽などを書いただけであったが、カブトムシに確かに見える。
「おお~。似ている。似ている~」
「どうだ?どうだぁ?うんうん!」
他の子も自分よりも上手い輝星君の粘土に感心していた。それを見て優越感に浸り、満足げであった。
「凄い。凄い。凄いよ」
「色を塗ったら本物だよ」
「でも、私はあんまり・・・」
「うんうん。何か気持ち悪くない?」
その後、輝星君の近くにいたクラスの子達がどんどん一つの場所に集まってきた。色んな意見が飛び交っている。
「何だ?」
輝星君は何があったのだろうと人だかりの中を覗き込んだ。するとそこにあったのはクワガタであり、しかも足の節や小さな目などしっかり作られたクワガタがいたのだ。爪のように鋭い足やお腹の方も作られており、見ようによってはリアルすぎて気持ち悪いと思えるほどの出来であった。その為、女の子からは不評であった。ただ、それでも、その粘土の上手さに関しては誰もが認めていた。
「・・・」
このクワガタを前にしたら自分のカブトムシなんかイタズラか何かという気がした。
「輝星君も作っていたよね?」
「お、俺のはクワガタじゃないよ!カブトムシだよ!」
しかし、クワガタとカブトムシは頭部だけの違いと思っている子が大半だろう。だから、比較する事も出来なくはない。チラチラと見比べるとその差は更に歴然としてくる。立場がなくなってきた輝星君はこういった。
「こ、コイツは変な道具を使っているから俺より上手いんだ!そうに決まっている!」
輝星君が言うとおり渡君は粘土用の道具を使っていた。だから輝星君はそれを取り上げて自分で使おうとしていた。へらを使ったり、糸を使ったり、細い棒を使ったりそこにある様々な道具を使うものの、すぐに使いこなせるわけがなかった。
「俺はコレを使うのが初めてだから下手なのは仕方ないだろ!」
「おお~。凄い。凄い」
輝星君が道具を使うのに悪戦苦闘しているときに渡君は素手で粘土をこねて蟻を作っていた。道具などなくても粘土を伸ばしたり、薄く広げたり、ねじったり、爪で跡をつけたり、道具を使わなくても出来る事は山ほどある。
「・・・」
みんなチラッと輝星君の粘土を一瞥するが特に何も言わず、振り返り渡君が作る粘土を見ていた。ストレートにそれを言うものであるが、そう言う事さえ憚るほどの違いだったのだろう。今まで無口で地味で人から仲間はずれにされるような存在であった渡君が粘土で一躍、クラスで注目されている。
今まで、活発でクラスで一番の人気者だと思っていた輝星君にとってはそんな渡君が自分よりも優れているところを見るのは耐え難い屈辱であった。全てにおいて渡君よりも上回っていなければ気がすまない。幼い子供が十人以上集まれば1人ぐらい抱く発想かもしれない。
「何だよ!何だよ!こんなのぉぉ!」
グシャッ!
何と輝星君はクラスの子達を掻き分けて、渡君の粘土を潰した。不愉快なものを目にする事がなくなったという事で一瞬、味わう優越感。
だが、その直後に周囲からあふれ出る冷たい非難の視線が輝星君に降り注ぐ。
「あ~あ~」
「ひど~い」
「どうしたの?みんな」
教室内を見回っていた先生が声を聞いて近付いてきた。輝星君は声を出した子達に対してにらみを利かせていた。
「何だよ。何だよ!文句があるならかかってこいよ!」
それに対して誰も輝星君に目を合わせるものはいなかった。輝星君は他の子供達より一回り大きく今まで幼稚園で何度か起こった喧嘩で輝星君は負けたことを誰も見たことがないので幼稚園で一番強いのではないかと話が幼稚園で出回っていた。
「ふん」
「あのね・・・先生」
逆らうものがいなくなって満足げな輝星君。他の子達が状況を説明した。先生がここまでの経緯を知って何もしないわけはなかった。
「輝星君。ちょっとさ。渡君が作ったものを壊しちゃダメだよ。一生懸命作ったんだから・・・輝星君だって自分が作ったものを壊された悲しいでしょ?」
「うるさいな!俺は粘土なんて嫌いなんだよ!」
「あ!待って!輝星君、話は途中だよ!」
輝星君は、飛び出して行って先生も輝星君を追いかけて外に出て行った。残された園児達は粘土も壊されてしまって、話題になるようなものもなくなり、自分の席に戻っていく。渡君とは距離を置いている子達ばかりだったので特に励ますような子もいなかった。
「壊されちゃったね。ひどいよね」
めぐちゃんだけは渡君を励ましていた。粘土を壊された渡君は驚く事もなく、悲しむ事もなく、再び粘土をこね始めた。
「大丈夫?」
「別に」
「本当に?」
「うん。粘土はすぐにまた作れる」
めぐちゃん自身は気にしていたが本人は至ってケロッとしていた。やはり毎日粘土に触れていると感覚が違うのかもしれない。限られた粘土の量では気に入った作品が出来ても壊さなければ次の作品は生まれない。だから、渡君は慣れっこなのだろう。
その後、輝星君は先生に連れられて渡君に頭を下げているのを遠くで見た。と言っても本人は納得していないようで渡君に目を合わせる事をしていなかった。渡君自身も気にしていないようであった。
友達のうちの帰りには大体、駐車場を覗いてみると渡君がいて10分ぐらいお店屋さんごっこをする。既に夕方である為、あまり長く遊んでいるわけにはいかなかった。渡君にお店の店員になってもらって、品物を粘土で作ってもらう。そんなにこだわらなくても良いとめぐちゃんは言ったが渡君はかなりの凝り性のようで中途半端が許せないらしく、イメージがぼんやりとしたものを作らなかった。けれども、そういう場合は近いうちに作れるようにすると約束してそれを必ず果たした。10分遊ぶと、二人一緒に帰った。
「バイバイ。それじゃ、また明日ね」
「うん。また明日な」
そんな日が続いた。秋はどんどん深まり、それにつれて日の時間も短くなっていった。気温もグッと下がった。子供は風の子と言って半袖半ズボンの子は幼稚園でも少しいたが、渡君は寒がりなのか逆にこの時期、不自然なぐらいジャンパーを羽織り、ニット帽をかぶって完全防備していた。それでも手袋だけはしなかった。
「手、冷たくないの?」
「粘土こねていると温かくなる」
「本当?」
渡君が本当に暖かいのか手に触れようとすると渡君は瞬間的に、手を引っ込めた。普段はおっとりしているのにその反射的とも言える素早い動作にちょっと悲しくなってくる。
「本当だよ。嘘はつかない」
「ふぅん」
何故か、手を触らせてくれなかった。帰りに手をつなごうとすると手を引っ込めた。何故、手を引っ込めるのかと聞くと「粘土で汚れるぞ」とか「手を洗ってないからばい菌だらけだぞ」などと言われて、手をつなぐ事はなかった。夏に水筒を渡そうとした時の事を根に持っているのかもしれないとめぐちゃんは思っていた。
それから数日後、女の子友達とバドミントンしようという事になって公園に行くと渡君がいた。粘土をこねているわけではなく、ブランコや滑り台を見ていた。近くに近寄ってみた。
「何してるの?」
「見ているの」
そう言いながら滑り台を触っていた。恐らくじっくり観察して粘土で公園の遊具を作るのだろうと思った。
「一緒に遊ぼうよ」
「やだ」
「体を動かして遊ぶのって楽しいよ。ねぇ!」
「うう~ん」
めぐちゃんの強引さに押し切られる形となった。一緒に遊ぶと言う事で他の女の子達は表情が曇った。周囲の女にとって渡君はいつも教室の隅で粘土をこねていて何を考えているのか分からない一人ぼっちの暗い男の子という印象しかないからだろう。
「めぐちゃん。一緒に遊ぶのぉ?」
「人数は多い方が楽しいよ」
めぐちゃん達は3人で、ラケットも4本あったので渡君を入れると丁度良い。そういう理由もあって渡君を断るのは悪い気がした。
「渡君、バドミントンやった事、ある?」
めぐちゃん以外の子が渡君に話しかけている所は見たことがなかった。
「ない」
ラケットを握り、クルクルと回転させたりガットに触れてみたりしてラケットが一体何かを確認していた。
「羽根をラケットで打って下に落とさないゲームだよ」
「ふ~ん」
「ちょっとやってみようか?」
軽く、シャトルを投げてみて渡君はラケットを振るうが遅すぎて当たらなかった。
「ハハハハハ!」
その空振り具合があまりにも滑稽に見えたので3人とも笑った。これぐらいの年頃の運動の経験がない子供達にはバドミントンや野球のバッティング等の飛んでいる物に道具を当てるという事は結構難しい。
第一にまずボールを良く見ていない。近付いてきたら振るという事しか考えてないからバットやラケットが当たらないのだ。
第二に手に持っているものがどのような動きをしているかを見ていない。だからボールを見ていても飛んでくるものが当たらないのだ。
例えば、道具ですらなく自分の足を使うサッカーでさえ空振りする事があるのは自分の体の動きも把握していないからだろう。
第三に道具に振り回されるケースだ。子供用がないものがあるのもあるが、背伸びして大人用などを使ってみたはいいものの持て余してしまって上手く使いこなせない場合は多い。
飛んでくるものを良く見て、自分の打つ動きを考え、自分に合った道具を使う事でようやく、その飛んでくるものを打ち返せるのである。
「うう~・・・」
そんな事、幼稚園児が意識しているわけもないからただ、投げてみてただラケットを振るという事が続く。何度かやってみるが3回中1回ぐらいしか返せなかった。これではゲームとして成立しない。最初は笑ってみていた女の子達であったがこんな調子が続いては笑みも消えてくる。しかも上達している様子も殆ど見られなかった。
「これじゃ、ダブルス出来ないね」
「どうしよっか?」
「そうだ!渡君はめぐちゃんと練習しよう」
「・・・」
シャトルも2つあったので2つに分かれて遊ぶ事にした。めぐちゃんのナイスフォローと言ったところであった。だが、幼い渡君と言えど自分がどのような扱いを受けているかは分かる。面白く無さそうな顔をしていた。
「つまんない」
「え?」
小さい声で言ったから思わず聞き返した。
「つまんない」
「もうちょっと続けようよ」
「つまんない。このバトミンドンって奴」
トとドが逆であったがそんな事はこの際どうでもいい。
「・・・めぐちゃんも最初は渡君と同じだったんだよ」
「?」
「でも、練習して羽根が当たるようになったらとってもバドミントン、楽しくなってきたんだよ」
「・・・」
「もうちょっとやってみようよ。きっと渡君も楽しくなってくると思うよ」
「うん」
ここで嫌だと言ってはめぐちゃんに出来て自分には出来ないと認めることになる。そんな簡単に諦めると言うのは出来なかった。体は小さくても渡君は男である。だが、プライドだけで上達はする訳はない。続けてみるがあまり当たらない。でも決して当たらないわけではないので当たるたびにその調子と言って励まし、感覚を忘れないように繰り返した。といっても、殆どがまぐれ当たりだろうが・・・
今日はダブルスをやるのは無理だろうなと友達が思い始めた時であった。
「よぉ~。お?バドミントンやってんだ。俺らにもやらせて。やらせて。あ・・・」
「あ、輝星君」
輝星君たち、2人がやってきた。渡君の事に気が付いてあからさまに嫌な顔をした。
「いいよ」
友達も快く輝星君を受け入れた。
「じゃぁ、ラケットが足りない。おぅ。お前のラケットを貸してくれよ」
輝星君は当たり前のように渡君の所に言って聞いた。
「ええ?渡君は今、練習しているんだよ。私のを貸してあげるよ」
「めぐちゃんのを借りたって後1本足りないぞ。ソイツのもう1本が欲しいんだよ」
輝星君には作戦があったのだ。もしここで渡すのを断ってもそれなら、対決をして決めようと思っていたのだ。粘土ばかり触って、体を動かす事が不得意な渡君は勝てないだろうと思ったのだろう。その上、粘土の時に被った敗北感を植えつけられる。一石二鳥という所だ。
「だったら順番で使おう。そうしたら」
「いいよ。コレいらない」
渡君はラケットを差し出すようにした。その時、めぐちゃんがとめようとしていた。
「ダメだよ。渡君。たまには粘土とは別のことをして遊ぼうよ」
「俺、粘土で遊ぶからいい」
「だから、それじゃいつもと変わらないよ。今日は」
輝星君は奪い取るようにラケットを取った。
「やったぁ!それじゃ遊ぼうぜ!お前は大好きな粘土で遊んでな。ようし!バドミントンやろうぜ!」
渡君は特に悔しそうにはしていなくてスッキリとした顔をしていた。その点は輝星君にとっては当てが外れたといった感じであった。4人はダブルスを始めていた。積極的に動く子達なので先ほどの渡君とは違ってゲームとしてちゃんと成立していた。
「渡君。どうして?」
「お前、あっちで遊べ。そっちの方が楽しいんだろ?」
「でも・・・」
「俺は一人でいい」
「じゃぁ、私も一緒に遊ぶ」
「いいって」
「私も一緒に遊ぶ!」
「いいって」
「遊ぶったら遊ぶの~!」
それからいい合いをしているとバドミントンを始めていた輝星君がバドミントンをやめてこっちにやってきた。
「どうしたんだよ?」
「渡君が一緒に遊ぼうって言ったらバドミントンやれって言うの」
「そう言ってるならめぐちゃんもあっちでバドミントンやろうぜ。こいつは粘土の方が楽しいんだろ?」
「そうしたら渡君1人になっちゃうよ」
「そいつは1人で粘土をやっているからいいんだろ?だったらいいじゃん」
輝星君は少し目を細めてまずめぐちゃんを見て、それから渡君を見る。
「せっかく一緒なんだから別の事をして分かれるなんて変だよ」
「ふ~ん。でも、何でそんなに渡の事を気にするんだ?」
「だって友達だからだよ」
「もしかしてお前、渡の事好きなんじゃないの?」
「な、何を言ってるの?私は渡君に一人で粘土をやっているよりもみんなで一緒に遊んだ方が楽しいよって・・・」
みるみるうちにめぐちゃんの顔が赤くなってくる。そんな事は意識した事もなかった。しかし初めてそんな事を言われたものだから急に恥ずかしさやら照れなどで火照ってくるのが自分でも分かった。
「ダブルスやっているんだから早く戻ってよ。輝星君~」
「どうしたんだぁ?」
みんなが何か面白そうとでも思ったのが全員バドミントンをやめてこちらに集まってきていた。それが更に、めぐちゃんの照れに拍車をかける。
「めぐちゃんはそいつの事好きなんじゃないかってさ」
「だから~」
「じゃぁ、お前の方はどうなんだよ。めぐちゃんをどう思っているんだ?当然、好きだよな~。そういえば一緒にいる事多いもんな。そう考えるとやっぱり・・・」
男の子特有の心理を突いてくる。好きな子について聞かれると他人に知られたくないから否定する。その否定する事がその好きな子に対して酷い行動をしてしまうというケースである。輝星君はそこまで考えていないだろうが何か面白い事になるに違いないと思っていた。
「うん」
「あ?今、何て言った?」
「うんって言った」
「な、何が『うん』なんだよ」
言われた輝星君の方が動揺してしまった。一体、コイツは何を言っているのか。こっちはからかうつもりで言っているのに何故すんなり認めているのか。信じられなかった。
「好きだ」
「ふ、ふざけているんだろ?お、お、お前!俺はちゃんと聞いているんだぞ」
何度も確認しようと思うほど驚くべき事態であった。他の3人は絶句しているような状態が続いた。ただ、渡君の言い方は恋愛としての好きではなく、ハンバーグが好きか嫌いといった自分の好みを言っただけという聞こえなくもなかった。そんな小さな事よりも好きだといった事実の方が大きい。ゆっくりとめぐちゃんの方に視線を向けると・・・
「え?あ?あの?あぁ・・・うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
めぐちゃんは突然泣き出して、走り出してしまった。
「あ!めぐちゃん!おい!」
めぐちゃんは公園からいなくなってしまった。その行動も良く分からずただ見送るしかない全員。
「お前、泣~かした!泣~かした!」
「お、お前が変な事言うからめぐちゃん泣いたんだぞ!」
男の子達が囃し立てる。
「全然、変な事じゃないよ」
「そうだよ」
女の子が意外にも渡君のフォローに回った。
「じゃぁどうして帰ったんだよ。アイツが言ったからめぐちゃん帰ったんじゃないか!嫌われていたんだよ!気持ち悪くなって逃げたんだよ」
「それはそうかもしれないけど・・・」
「全く、めぐちゃんも大変だよ。嫌いな奴から好かれてさ。だからもう一緒にいるのやめとけよな。めぐちゃん可哀想だから・・・」
めぐちゃんから逃げられた渡君は静かに目を落とし、粘土を粘土箱に入れて無言で立ち上がって歩き出した。
「何だよ。めぐちゃんのうちに謝りに行くのか?やめとけ!やめとけ!もっと嫌われるだけだぞ~ハハハハ!」
「うるさいから帰る」
渡君の家は途中までめぐちゃんのうちの方向であるからそのように言われるのは仕方ないのかもしれない。
「ハッハッハ~。それじゃバドミントンやるかぁ?」
「何か面白く無くなったから帰る。行こ。ユカちゃん」
「うん。行こ。ナミちゃん」
バドミントンをそそくさと仕舞って歩き出した。輝星君に冷たい視線を向けて
「お、おい。待てよ。何だよ。何で帰るんだよ。面白かったのに・・・」
「そうだよね~。アイツら何、変な顔していたんだよね~」
残された男の子2人はもうバドミントンはできないという事でブツブツと言いながら持ってきたリュックを開けて携帯ゲーム機を取り出してプレイし始めた。
「あ、いたんだ」
「・・・」
「めぐちゃん・・・え?こんな所にお友達がいるの?」
「そうだよ。渡君って言うんだよ」
「・・・」
チラッとめぐちゃんの母親と目を合わせるが何も言わずすぐに目を離し粘土をこねていた。
「へぇ~。あなたが渡君ね。めぐちゃんから聞いているよ。粘土を作るのが上手な子ってね」
「・・・」
『人見知りが激しい子なのかな?あんまり一緒にいると話さないみたいだし』
「それじゃ、うちに近いからママ、先に帰っているね。夕方までに帰って来なさいね」
「は~い」
めぐちゃんは返事して、母親は帰った。
『それにしてもめぐちゃんと一緒ねぇ・・・こういう子に惹かれるのかな?』
母親は自分の幼かった時期を少し思い返してみたが彼のようなタイプは思い出せなかった。
「今日は何を作っているの?」
「くも」
「ええ~?くも?でも、足とかないみたいだけど・・・」
「空の・・・」
「ああ!蜘蛛じゃなくて雲ね」
しかし自由な形で浮かんでいる雲など普通作るだろうか?やはり何か感性が違うようである。
「何を作る?」
「ケーキは前作ってもらったからお花かな?」
そう言うと、渡君は滑らかな手つきで花を作っていく。そこにはひまわりが出来ていた。
「わぁ!凄い!凄い!他にも作れる?」
「うん。ちょっと」
「じゃあ、あさがおは?」
「あさがお・・・作れる」
そう言って、作ってみたものの、やはり形に特徴がある花でないと単色の粘土である花はイマイチそのものかどうか分かりにくいがそれでもあさがおだと分かった。
「お花屋さん出来るね」
「?」
「お花屋さん。チューリップくださいな」
「お、おう」
「店員さん『おう』なんていわないよ。『分かりました。少々、お待ち下さい』だよ」
「わ、わかり・・・ま・・・」
「フフッ。『分かりました。少々、お待ち下さい』」
「わ、わ、わか、分かりました」
慣れない口調に戸惑う渡君。普段見せない姿なのでなかなか面白かった。そんな事を言っていると夕方のチャイムが鳴った。
「あ・・・もう5時半だ~。それじゃ、私帰るね。渡君はいつ帰るの?」
「うん」
「じゃ、一緒に帰ろ」
「うん」
渡君が粘土を粘土箱に入れたのを見るとめぐちゃんは手を伸ばした。渡君はその手を無視するかのように歩き始めていた。気が付かなかったのだろうか?その事を口に出すのは渡君に悪い気がしたし、自分から手をつなぐなんて事を言うのも変だと思ったので黙っていた。
「次は何を作る?」
渡君が聞いてきた。粘土に関しては積極的になるようだ。
「ご飯かな?そうすればおままごとが出来るから~」
「ご飯。分かった」
それからめぐちゃんのうちに着いた。
「それじゃ、渡君。また明日」
「うん」
二人は手を振って、分かれた。
次の日に幼稚園で遊ぶ。渡君におはようというぐらいは声をかけたがやはり運動をする事はなかった。外で鬼ごっこなどで走り回る事もめぐちゃんは好きであった。それで転んで大泣きする事はしばしばであった。
先生は粘土遊びをしようと言った。渡君にとっては絶好のタイミングだろうと思った。
「秋は芸術の秋って言いますから今日は、お粘土で好きなものを作りましょうね~」
「は~い」
「ええ~」
べたつく粘土を触る事に抵抗を覚える子達も少なからずいる。汚れる事はよくない事だとか悪い事だと親から徹底されているのだろう。逆に汚す事が大好きな子もいる。
「出来たぁ!先生見て!」
「上手ね~。このキリンさん」
「ええ?これ象だよ」
「え?ああ・・・確かに象だね。この長いのってお鼻なのね」
幼児が作る絵などの創作物というのは、カッ飛んでいる事が多い。まだ子供であるから物を正確に捉えきれないその上、表現すると言う事に不慣れだから他の者が見たら理解不能なものになる可能性が結構高いものだ。
「出来た!カブトムシ!」
クラスで一番元気な子である輝星(きせい)君が高々と言うと、みんなが近くに寄ってきた。角をつけて背中の羽などを書いただけであったが、カブトムシに確かに見える。
「おお~。似ている。似ている~」
「どうだ?どうだぁ?うんうん!」
他の子も自分よりも上手い輝星君の粘土に感心していた。それを見て優越感に浸り、満足げであった。
「凄い。凄い。凄いよ」
「色を塗ったら本物だよ」
「でも、私はあんまり・・・」
「うんうん。何か気持ち悪くない?」
その後、輝星君の近くにいたクラスの子達がどんどん一つの場所に集まってきた。色んな意見が飛び交っている。
「何だ?」
輝星君は何があったのだろうと人だかりの中を覗き込んだ。するとそこにあったのはクワガタであり、しかも足の節や小さな目などしっかり作られたクワガタがいたのだ。爪のように鋭い足やお腹の方も作られており、見ようによってはリアルすぎて気持ち悪いと思えるほどの出来であった。その為、女の子からは不評であった。ただ、それでも、その粘土の上手さに関しては誰もが認めていた。
「・・・」
このクワガタを前にしたら自分のカブトムシなんかイタズラか何かという気がした。
「輝星君も作っていたよね?」
「お、俺のはクワガタじゃないよ!カブトムシだよ!」
しかし、クワガタとカブトムシは頭部だけの違いと思っている子が大半だろう。だから、比較する事も出来なくはない。チラチラと見比べるとその差は更に歴然としてくる。立場がなくなってきた輝星君はこういった。
「こ、コイツは変な道具を使っているから俺より上手いんだ!そうに決まっている!」
輝星君が言うとおり渡君は粘土用の道具を使っていた。だから輝星君はそれを取り上げて自分で使おうとしていた。へらを使ったり、糸を使ったり、細い棒を使ったりそこにある様々な道具を使うものの、すぐに使いこなせるわけがなかった。
「俺はコレを使うのが初めてだから下手なのは仕方ないだろ!」
「おお~。凄い。凄い」
輝星君が道具を使うのに悪戦苦闘しているときに渡君は素手で粘土をこねて蟻を作っていた。道具などなくても粘土を伸ばしたり、薄く広げたり、ねじったり、爪で跡をつけたり、道具を使わなくても出来る事は山ほどある。
「・・・」
みんなチラッと輝星君の粘土を一瞥するが特に何も言わず、振り返り渡君が作る粘土を見ていた。ストレートにそれを言うものであるが、そう言う事さえ憚るほどの違いだったのだろう。今まで無口で地味で人から仲間はずれにされるような存在であった渡君が粘土で一躍、クラスで注目されている。
今まで、活発でクラスで一番の人気者だと思っていた輝星君にとってはそんな渡君が自分よりも優れているところを見るのは耐え難い屈辱であった。全てにおいて渡君よりも上回っていなければ気がすまない。幼い子供が十人以上集まれば1人ぐらい抱く発想かもしれない。
「何だよ!何だよ!こんなのぉぉ!」
グシャッ!
何と輝星君はクラスの子達を掻き分けて、渡君の粘土を潰した。不愉快なものを目にする事がなくなったという事で一瞬、味わう優越感。
だが、その直後に周囲からあふれ出る冷たい非難の視線が輝星君に降り注ぐ。
「あ~あ~」
「ひど~い」
「どうしたの?みんな」
教室内を見回っていた先生が声を聞いて近付いてきた。輝星君は声を出した子達に対してにらみを利かせていた。
「何だよ。何だよ!文句があるならかかってこいよ!」
それに対して誰も輝星君に目を合わせるものはいなかった。輝星君は他の子供達より一回り大きく今まで幼稚園で何度か起こった喧嘩で輝星君は負けたことを誰も見たことがないので幼稚園で一番強いのではないかと話が幼稚園で出回っていた。
「ふん」
「あのね・・・先生」
逆らうものがいなくなって満足げな輝星君。他の子達が状況を説明した。先生がここまでの経緯を知って何もしないわけはなかった。
「輝星君。ちょっとさ。渡君が作ったものを壊しちゃダメだよ。一生懸命作ったんだから・・・輝星君だって自分が作ったものを壊された悲しいでしょ?」
「うるさいな!俺は粘土なんて嫌いなんだよ!」
「あ!待って!輝星君、話は途中だよ!」
輝星君は、飛び出して行って先生も輝星君を追いかけて外に出て行った。残された園児達は粘土も壊されてしまって、話題になるようなものもなくなり、自分の席に戻っていく。渡君とは距離を置いている子達ばかりだったので特に励ますような子もいなかった。
「壊されちゃったね。ひどいよね」
めぐちゃんだけは渡君を励ましていた。粘土を壊された渡君は驚く事もなく、悲しむ事もなく、再び粘土をこね始めた。
「大丈夫?」
「別に」
「本当に?」
「うん。粘土はすぐにまた作れる」
めぐちゃん自身は気にしていたが本人は至ってケロッとしていた。やはり毎日粘土に触れていると感覚が違うのかもしれない。限られた粘土の量では気に入った作品が出来ても壊さなければ次の作品は生まれない。だから、渡君は慣れっこなのだろう。
その後、輝星君は先生に連れられて渡君に頭を下げているのを遠くで見た。と言っても本人は納得していないようで渡君に目を合わせる事をしていなかった。渡君自身も気にしていないようであった。
友達のうちの帰りには大体、駐車場を覗いてみると渡君がいて10分ぐらいお店屋さんごっこをする。既に夕方である為、あまり長く遊んでいるわけにはいかなかった。渡君にお店の店員になってもらって、品物を粘土で作ってもらう。そんなにこだわらなくても良いとめぐちゃんは言ったが渡君はかなりの凝り性のようで中途半端が許せないらしく、イメージがぼんやりとしたものを作らなかった。けれども、そういう場合は近いうちに作れるようにすると約束してそれを必ず果たした。10分遊ぶと、二人一緒に帰った。
「バイバイ。それじゃ、また明日ね」
「うん。また明日な」
そんな日が続いた。秋はどんどん深まり、それにつれて日の時間も短くなっていった。気温もグッと下がった。子供は風の子と言って半袖半ズボンの子は幼稚園でも少しいたが、渡君は寒がりなのか逆にこの時期、不自然なぐらいジャンパーを羽織り、ニット帽をかぶって完全防備していた。それでも手袋だけはしなかった。
「手、冷たくないの?」
「粘土こねていると温かくなる」
「本当?」
渡君が本当に暖かいのか手に触れようとすると渡君は瞬間的に、手を引っ込めた。普段はおっとりしているのにその反射的とも言える素早い動作にちょっと悲しくなってくる。
「本当だよ。嘘はつかない」
「ふぅん」
何故か、手を触らせてくれなかった。帰りに手をつなごうとすると手を引っ込めた。何故、手を引っ込めるのかと聞くと「粘土で汚れるぞ」とか「手を洗ってないからばい菌だらけだぞ」などと言われて、手をつなぐ事はなかった。夏に水筒を渡そうとした時の事を根に持っているのかもしれないとめぐちゃんは思っていた。
それから数日後、女の子友達とバドミントンしようという事になって公園に行くと渡君がいた。粘土をこねているわけではなく、ブランコや滑り台を見ていた。近くに近寄ってみた。
「何してるの?」
「見ているの」
そう言いながら滑り台を触っていた。恐らくじっくり観察して粘土で公園の遊具を作るのだろうと思った。
「一緒に遊ぼうよ」
「やだ」
「体を動かして遊ぶのって楽しいよ。ねぇ!」
「うう~ん」
めぐちゃんの強引さに押し切られる形となった。一緒に遊ぶと言う事で他の女の子達は表情が曇った。周囲の女にとって渡君はいつも教室の隅で粘土をこねていて何を考えているのか分からない一人ぼっちの暗い男の子という印象しかないからだろう。
「めぐちゃん。一緒に遊ぶのぉ?」
「人数は多い方が楽しいよ」
めぐちゃん達は3人で、ラケットも4本あったので渡君を入れると丁度良い。そういう理由もあって渡君を断るのは悪い気がした。
「渡君、バドミントンやった事、ある?」
めぐちゃん以外の子が渡君に話しかけている所は見たことがなかった。
「ない」
ラケットを握り、クルクルと回転させたりガットに触れてみたりしてラケットが一体何かを確認していた。
「羽根をラケットで打って下に落とさないゲームだよ」
「ふ~ん」
「ちょっとやってみようか?」
軽く、シャトルを投げてみて渡君はラケットを振るうが遅すぎて当たらなかった。
「ハハハハハ!」
その空振り具合があまりにも滑稽に見えたので3人とも笑った。これぐらいの年頃の運動の経験がない子供達にはバドミントンや野球のバッティング等の飛んでいる物に道具を当てるという事は結構難しい。
第一にまずボールを良く見ていない。近付いてきたら振るという事しか考えてないからバットやラケットが当たらないのだ。
第二に手に持っているものがどのような動きをしているかを見ていない。だからボールを見ていても飛んでくるものが当たらないのだ。
例えば、道具ですらなく自分の足を使うサッカーでさえ空振りする事があるのは自分の体の動きも把握していないからだろう。
第三に道具に振り回されるケースだ。子供用がないものがあるのもあるが、背伸びして大人用などを使ってみたはいいものの持て余してしまって上手く使いこなせない場合は多い。
飛んでくるものを良く見て、自分の打つ動きを考え、自分に合った道具を使う事でようやく、その飛んでくるものを打ち返せるのである。
「うう~・・・」
そんな事、幼稚園児が意識しているわけもないからただ、投げてみてただラケットを振るという事が続く。何度かやってみるが3回中1回ぐらいしか返せなかった。これではゲームとして成立しない。最初は笑ってみていた女の子達であったがこんな調子が続いては笑みも消えてくる。しかも上達している様子も殆ど見られなかった。
「これじゃ、ダブルス出来ないね」
「どうしよっか?」
「そうだ!渡君はめぐちゃんと練習しよう」
「・・・」
シャトルも2つあったので2つに分かれて遊ぶ事にした。めぐちゃんのナイスフォローと言ったところであった。だが、幼い渡君と言えど自分がどのような扱いを受けているかは分かる。面白く無さそうな顔をしていた。
「つまんない」
「え?」
小さい声で言ったから思わず聞き返した。
「つまんない」
「もうちょっと続けようよ」
「つまんない。このバトミンドンって奴」
トとドが逆であったがそんな事はこの際どうでもいい。
「・・・めぐちゃんも最初は渡君と同じだったんだよ」
「?」
「でも、練習して羽根が当たるようになったらとってもバドミントン、楽しくなってきたんだよ」
「・・・」
「もうちょっとやってみようよ。きっと渡君も楽しくなってくると思うよ」
「うん」
ここで嫌だと言ってはめぐちゃんに出来て自分には出来ないと認めることになる。そんな簡単に諦めると言うのは出来なかった。体は小さくても渡君は男である。だが、プライドだけで上達はする訳はない。続けてみるがあまり当たらない。でも決して当たらないわけではないので当たるたびにその調子と言って励まし、感覚を忘れないように繰り返した。といっても、殆どがまぐれ当たりだろうが・・・
今日はダブルスをやるのは無理だろうなと友達が思い始めた時であった。
「よぉ~。お?バドミントンやってんだ。俺らにもやらせて。やらせて。あ・・・」
「あ、輝星君」
輝星君たち、2人がやってきた。渡君の事に気が付いてあからさまに嫌な顔をした。
「いいよ」
友達も快く輝星君を受け入れた。
「じゃぁ、ラケットが足りない。おぅ。お前のラケットを貸してくれよ」
輝星君は当たり前のように渡君の所に言って聞いた。
「ええ?渡君は今、練習しているんだよ。私のを貸してあげるよ」
「めぐちゃんのを借りたって後1本足りないぞ。ソイツのもう1本が欲しいんだよ」
輝星君には作戦があったのだ。もしここで渡すのを断ってもそれなら、対決をして決めようと思っていたのだ。粘土ばかり触って、体を動かす事が不得意な渡君は勝てないだろうと思ったのだろう。その上、粘土の時に被った敗北感を植えつけられる。一石二鳥という所だ。
「だったら順番で使おう。そうしたら」
「いいよ。コレいらない」
渡君はラケットを差し出すようにした。その時、めぐちゃんがとめようとしていた。
「ダメだよ。渡君。たまには粘土とは別のことをして遊ぼうよ」
「俺、粘土で遊ぶからいい」
「だから、それじゃいつもと変わらないよ。今日は」
輝星君は奪い取るようにラケットを取った。
「やったぁ!それじゃ遊ぼうぜ!お前は大好きな粘土で遊んでな。ようし!バドミントンやろうぜ!」
渡君は特に悔しそうにはしていなくてスッキリとした顔をしていた。その点は輝星君にとっては当てが外れたといった感じであった。4人はダブルスを始めていた。積極的に動く子達なので先ほどの渡君とは違ってゲームとしてちゃんと成立していた。
「渡君。どうして?」
「お前、あっちで遊べ。そっちの方が楽しいんだろ?」
「でも・・・」
「俺は一人でいい」
「じゃぁ、私も一緒に遊ぶ」
「いいって」
「私も一緒に遊ぶ!」
「いいって」
「遊ぶったら遊ぶの~!」
それからいい合いをしているとバドミントンを始めていた輝星君がバドミントンをやめてこっちにやってきた。
「どうしたんだよ?」
「渡君が一緒に遊ぼうって言ったらバドミントンやれって言うの」
「そう言ってるならめぐちゃんもあっちでバドミントンやろうぜ。こいつは粘土の方が楽しいんだろ?」
「そうしたら渡君1人になっちゃうよ」
「そいつは1人で粘土をやっているからいいんだろ?だったらいいじゃん」
輝星君は少し目を細めてまずめぐちゃんを見て、それから渡君を見る。
「せっかく一緒なんだから別の事をして分かれるなんて変だよ」
「ふ~ん。でも、何でそんなに渡の事を気にするんだ?」
「だって友達だからだよ」
「もしかしてお前、渡の事好きなんじゃないの?」
「な、何を言ってるの?私は渡君に一人で粘土をやっているよりもみんなで一緒に遊んだ方が楽しいよって・・・」
みるみるうちにめぐちゃんの顔が赤くなってくる。そんな事は意識した事もなかった。しかし初めてそんな事を言われたものだから急に恥ずかしさやら照れなどで火照ってくるのが自分でも分かった。
「ダブルスやっているんだから早く戻ってよ。輝星君~」
「どうしたんだぁ?」
みんなが何か面白そうとでも思ったのが全員バドミントンをやめてこちらに集まってきていた。それが更に、めぐちゃんの照れに拍車をかける。
「めぐちゃんはそいつの事好きなんじゃないかってさ」
「だから~」
「じゃぁ、お前の方はどうなんだよ。めぐちゃんをどう思っているんだ?当然、好きだよな~。そういえば一緒にいる事多いもんな。そう考えるとやっぱり・・・」
男の子特有の心理を突いてくる。好きな子について聞かれると他人に知られたくないから否定する。その否定する事がその好きな子に対して酷い行動をしてしまうというケースである。輝星君はそこまで考えていないだろうが何か面白い事になるに違いないと思っていた。
「うん」
「あ?今、何て言った?」
「うんって言った」
「な、何が『うん』なんだよ」
言われた輝星君の方が動揺してしまった。一体、コイツは何を言っているのか。こっちはからかうつもりで言っているのに何故すんなり認めているのか。信じられなかった。
「好きだ」
「ふ、ふざけているんだろ?お、お、お前!俺はちゃんと聞いているんだぞ」
何度も確認しようと思うほど驚くべき事態であった。他の3人は絶句しているような状態が続いた。ただ、渡君の言い方は恋愛としての好きではなく、ハンバーグが好きか嫌いといった自分の好みを言っただけという聞こえなくもなかった。そんな小さな事よりも好きだといった事実の方が大きい。ゆっくりとめぐちゃんの方に視線を向けると・・・
「え?あ?あの?あぁ・・・うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
めぐちゃんは突然泣き出して、走り出してしまった。
「あ!めぐちゃん!おい!」
めぐちゃんは公園からいなくなってしまった。その行動も良く分からずただ見送るしかない全員。
「お前、泣~かした!泣~かした!」
「お、お前が変な事言うからめぐちゃん泣いたんだぞ!」
男の子達が囃し立てる。
「全然、変な事じゃないよ」
「そうだよ」
女の子が意外にも渡君のフォローに回った。
「じゃぁどうして帰ったんだよ。アイツが言ったからめぐちゃん帰ったんじゃないか!嫌われていたんだよ!気持ち悪くなって逃げたんだよ」
「それはそうかもしれないけど・・・」
「全く、めぐちゃんも大変だよ。嫌いな奴から好かれてさ。だからもう一緒にいるのやめとけよな。めぐちゃん可哀想だから・・・」
めぐちゃんから逃げられた渡君は静かに目を落とし、粘土を粘土箱に入れて無言で立ち上がって歩き出した。
「何だよ。めぐちゃんのうちに謝りに行くのか?やめとけ!やめとけ!もっと嫌われるだけだぞ~ハハハハ!」
「うるさいから帰る」
渡君の家は途中までめぐちゃんのうちの方向であるからそのように言われるのは仕方ないのかもしれない。
「ハッハッハ~。それじゃバドミントンやるかぁ?」
「何か面白く無くなったから帰る。行こ。ユカちゃん」
「うん。行こ。ナミちゃん」
バドミントンをそそくさと仕舞って歩き出した。輝星君に冷たい視線を向けて
「お、おい。待てよ。何だよ。何で帰るんだよ。面白かったのに・・・」
「そうだよね~。アイツら何、変な顔していたんだよね~」
残された男の子2人はもうバドミントンはできないという事でブツブツと言いながら持ってきたリュックを開けて携帯ゲーム機を取り出してプレイし始めた。
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