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こねこねっこねこ SP (1)

2009-05-25 21:42:39 | 
この物語は「こねこねっこねこ」が始まる数ヶ月前のトコちゃんが家に来て粘土との出会いについてまとめられたものである。

「この猫ちゃん、可愛いね~」
小さな女の子がペットショップの猫のケージの前で母親に問いかけていた。
「そうだね」
「欲しい!欲しい!この猫ちゃん欲しい!」
値札には7万円と書かれていた。他の猫に比べれば比較的安い部類である。だが、即断して買えるような価格ではない。ましてや生き物である。今後どうなるか考えていた。
「めぐちゃん。今、お金ないの。だからまた今度ね」
「欲しいったら欲しい!」
「だから、今、お金ないの。また今度来た時にね」
「うう~ああぁぁぁぁ!」
お店の前で泣き出してしまった。母親はまるで動じていなかった。『またか』という程度の認識である。めぐちゃんはかなりの泣き虫だった。転んで泣くのは当たり前。叱られて泣く。お願いを聞き入れてもらえないと泣く。箸の持ち方など教えられた事が上手く行かないと泣く。美味しくないものを食べると泣く。泣き虫と言うよりは泣き癖がついているんじゃないかというぐらい良く泣く女の子であった。
ねだられて泣くのもいつもの調子だから、母親も慣れたもので、対処法も分かっている。
最初のうちはいくらあやしても聞き入れてくれないからほんの少しだけ放置し、それから1分ぐらい泣いていると泣く声音が若干、変化してくるのでその時を見計らって撫でると大抵、泣き止んでくれた。母親曰く、最初の1分ぐらいはそのことについて嫌だから泣いているだけ。その時に何かやってもダメ。特に何か物を欲しがっている時に近付いたり撫でたりしたら本人が買ってくれると勘違いするから絶対にあやしてはいけない。1分を超えて声音が変わった辺りからは『私がこんなに泣いているのに無視するの?』と、不安になってくるからこの時はすぐに駆け寄ってあげないと拗ねてしまうらしい。
その微妙な声音の変化は母親本人にしか分からず、父親は
「やはり母親は違うな。俺には全然分からん」
と、感心していた。
「でも、昔、自分がそうだったから分かるんじゃないか?」
などとも言っていた。そんな事はない。実に利口な子供だったと母親は言う。
「ああああ!!」
泣いているめぐちゃんを見て完全に放置していると周囲から眉をひそめられるから、一応申し訳なさそうな顔はしておく。
「欲しい!欲しい!猫ちゃん欲しい!
もう1分経ったのに、泣き方が変わらない。いつもと違うめぐちゃんの様子に母親も焦ってくる。
「どうしたの?めぐちゃん」
あまり長時間泣いているわが子を放置している訳にもいかないので近付いてしゃがんでめぐちゃんに話しかける。
「本当に今日はお金がないの。ね。今日は帰ろう」
「やだ!やだ!やだぁ!」
「そ。じゃぁそうやって泣いてなさい。ママ帰って今日買ったアイス食べるから~」
めぐちゃんの好物はアイスだった。勝手に食べてしまうと泣いて怒るほどだった。
「アイスいらないもん。だから・・・」
「アイス食べなくてもお金ないからあの猫は買えないの。今度、お金を持ってくるから」
「本当?」
「本当。本当」
「良かったね~。今度、会ったらうちに来られるよ」
ケージの中の猫はパッチリとした目をしばたかせていた。めぐちゃんはようやく納得して帰るときはずっとその猫を見て手を振っていた。
『当分、めぐちゃんと一緒ではこの店には来られないなぁ・・・お肉安いのに・・・』
このペットショップはデパートの一区画なので他にも食料品や衣料品、家具や電化製品等多くの種類があり、お客も多い。特に肉の週1回に特売日があるこの店にここに来られないのは経済的に少々痛くなるだろう。
『でも、1ヶ月もすれば売れているだろうし・・・めぐちゃんも忘れてくれるかな?』
子猫や子犬は入れ替わりが激しい。人間とは比べ物にならないぐらい成長がまるで違うからである。それに、飼い主になつくかどうかも生まれて早いほうがいい。だから、ほんの1ヶ月程度で同じ種類でもまるで違うほどだ。当然、価格も下がってくる。母親は事情を知っているわけではないが、大体そういうものだろうと想像した。

帰ってきてから買ってきたアイスを開けるととめぐちゃんは上の空といった様子であった。めぐちゃんのお気に入りは抹茶のカップアイスであった。前にスティックタイプを大事に食べていて、溶けてボトッと床に落としてしまい大泣きした事があって、それ以降あまり、食べたくないようだ。
「どうしたの?」
めぐちゃんはアイスを買ったときにもらった木のへらでアイスをつついていた。
「あの猫ちゃんどうしているかな~」
「きっと寝ているんじゃないかしらね?アイス食べないと溶けちゃうよ」
「うん。いらない」
「え?アイスいらないの?じゃぁ、ママ食べちゃうよ」
「うん。ママにあげる」
そう言って、アイスを差し出してきた。そういわれて安易に食べてしまうと、後で怒るかも知れないと蓋を閉めて冷凍庫に入れるのだが、こんな事初めてであった。
『そんなに猫が欲しいんだ。でも、一時的なものでしょ』
自宅は一軒家であり猫アレルギーとかペットを飼えない事情がある訳ではない。母親だって猫のような小さな動物は好きである。だが、結構な額を出してまで飼って、めぐちゃんがちゃんと面倒を見るのか不安だったのだ。
母親はそのままにしておけば良いと思っていたが思わぬ出来事が起きた。

5日後の土曜日、車で山にハイキングに行った。小さな山の頂上に神社があるのでそこにお参りをかねてであった。山から下山しての帰り道、めぐちゃんは疲れで眠ってしまった。山道は、めぐちゃんが歩けるほどだから大したことはなかったが、朝早起きしてお弁当を作ったのが祟って睡魔に襲われ、眠ってしまった。
「着いたよ」
「あ・・・寝ちゃった。ごめんごめん。あなたも疲れてるのに。あれ?ここはうちじゃない」
気がついて良く周辺を見ると見覚えのある駐車場であった。
「そうだよ。疲れているのに帰ってから料理を作るのも大変だろ?だから、夕食はここで食べようと思ってね」
「だからって何でここなの?他にお店は沢山あるでしょ?ここは!」
ハッと気付いて、その後は耳元で囁く。
「めぐちゃんが欲しいって言った猫がいるペットショップがあるんだよ。また駄々をこねるに決まっているじゃないの?その時言い聞かせられるの?」
父親は気を遣う事なく、普通のトーンで話した。何も悪い事など話していないと思っているのだろう。
「別にいいだろ。俺だってめぐちゃんが好きな猫がどんな奴なのか見てみたいんだからさ」
『ねだられたら絶対、折れる。この人』
その予感は見事に的中してしまうのだが、どうにか回避したいところであった。
「でも、今ならまだ間に合うよ。お店替えよう。他に美味しいお店が・・・」
「猫ちゃん!猫ちゃん!早く行こう!」
起きていためぐちゃんは車外に出て、両親を待っているような態勢であって、店を出るタイミングを逸していた。
「まず、ご飯を食べてからだよ。めぐちゃん。パパ、ずっと運転していからお腹ペコペコだよ」
デパート内のレストランは充実しており、和洋中など一通り揃っており、後はパスタの専門店とラーメン屋などがある、商品の店には寄らずご飯だけ食べに来るお客さんもいるぐらいである。
そこで洋風レストランでハンバーグを食べる事にしたのだが、めぐちゃんは猫が気になるようで料理が来るまで近くをウロウロして落ち着きがなかった。料理が来ると普段は食べるのが遅いめぐちゃんが一番最初に食べて、両親が食べ終えるのを急かした。
そうしてようやく、ご飯も食べ終えてペットショップに向かって歩き始めた。
「まぁだぁ~?パパもママも早くしてよ~」
「そんなに急ぐと転ぶよ。めぐちゃん」
短い足をパタパタと動かし、両親の周りを行ったり来たりを繰り返した。普段見せないはしゃぎぶりで思ったとおり転倒した。
「あらら~。だから言ったのに・・・めぐちゃん、大丈夫?」
「ううう~」
珍しく痛いのを我慢しているようであった。だが、目から涙がこぼれていた。父親はそんなめぐちゃんを抱きかかえた。
「よく我慢したね。少しお姉ちゃんになったからかな?」
エレベータでペットショップがある1階に下りて向かう。ペットショップ手前まで行くと下ろしてというのでめぐちゃんを下ろすと一目散で前のケージに行った。
『売れちゃっているいいけどな。諦めもつくんだろうけど・・・』
母親の小さな期待はめぐちゃんの笑顔によってかき消された。残念であるがその笑顔を見ると必ずしも残念とは言えなかった。
「こんにちは猫ちゃん!」
「へぇ~。これがめぐちゃんが欲しいって言っている猫か・・・確かに可愛いな」
始めから反対するような事はせず好意的に受け入れている夫に少々ムッとする。
「でしょ?でしょ?だから飼っていいでしょ?ね?パパ?」
「俺は良いと思うけど、ママが良いって言わないとパパは買ってあげられないなぁ?」
「ちょっとパパ・・・いいかな?」
夫を小さく手招きして小声で話す。
「何で説得してくれないの?」
「別にいいじゃないか?それとも何か飼っちゃいけない事でもあるのか?」
「生き物を飼うって大変なんだよ。幼いめぐちゃんに出来ると思っているの?それに、結構な値じゃない?だったらみんなで旅行に行った方が良いよ。そうだ!猫なんて飼っちゃったら旅行にだっていけなくなるし、今じゃなくてもいいんじゃない?」
さすがお母さん。一家の財布の紐を握っているだけあって現実的に物事を考えている。
「ダメなの?ママ?」
「ダメなの?ママ?」
娘が言ったのに合わせて夫も同じように上目遣いで訴えかけて来た。
『何で私が悪者になるわけ?』
特に母親は猫が嫌いという訳ではない。ただ、動物を飼った経験がない母親はペットを飼うという事が未知である事でイマイチ分からず、いざ飼うとなったらどうなるのかと漠然とした不安にとらわれていたから快く許可を出せなかった。
「何で、そんな猫に・・・」
ジ~ッ
しゃがんで猫を見てみると目が合った。小さくつぶらな瞳がキラキラと輝いていた。まるで水晶玉ぐらい澄んでいて自分の姿が見えた気がした。その瞬間、ハートを打ち抜かれた。
「はぁ・・・分かった。飼いましょう」
「やったぁ!やったぁ!」
「やったな~めぐちゃん!」
ようやく許可が出て、二人の親子は飛び跳ねて喜んだ。
「お客様?その猫ちゃんご購入なさいますか?」
店員はそのタイミングを見計らっていたようで横からスッと現れて、購入の事を聞いてきた。勿論、飼う事にするのだが、ただの電化製品を買うのとは訳が違う。猫の飼い方や何かあったときの対処法等、長々と説明を受けた後、飼育法が書かれた分厚い本を受け取り、それに合わせて猫の餌、その餌を食べる皿、猫用遊具、猫が好きなクッション、猫用トイレ等、猫を飼う時に必要なものを一通り買う事にした。
父親もペットを飼った経験がなかったので、店員の言われるままであった。

「結局、10万円以上もかかった上に何、この荷物?」
2人の大人が荷物を抱えて持っていかなければならないぐらいの量があった。ハイキング帰りの疲れも相俟って生き物を飼うのってこんなに大変なのかと気が滅入りそうになった。
「良かったね~。うちに来られて~」
猫が入った籠を持つめぐちゃんはずっと猫に微笑みかけていた。一方の猫は、急に外に出されて不安そうな目をして震えていた。慣れた土地から無理矢理出され、自分の身に何が起こるか分からないのだから

家に帰ってから猫に餌と水をあげる事にした。
「どれだけ、あげれば良かったんだっけ?」
「え?えっと・・・」
説明を受けたがどれだけあげれば良かったのか忘れていた。マニュアルを開いて、餌と水の適量を調べて皿に盛った。
「めぐちゃんがあげる!めぐちゃんがあげる!」
駄々をこねるから仕方なく手渡した。めぐちゃんは満足げに取って猫の前に置いた。猫は見向きもせず、キョロキョロと周囲を見回しながら部屋の隅っこの方に歩いていき、じっとこちらを見ている。
「猫ちゃん!どうしたの?ご飯だよ~」
めぐちゃんの呼びかけにはまるで応じず、こちらを見ている。
「猫ちゃん!どうしたの?お腹減ってないの?ねぇ?」
お皿を持って猫に近付くと、猫はめぐちゃんから離れていく。
「めぐちゃん。急にうちに釣れて来られて戸惑っているのかもしれないな。暫く様子を見たほうがいいみたいだね」
「ええ~」
「お腹が減ったらこっちに来てくれるさ」
「うん」
猫が食べに来るまでめぐちゃんは隠れてみていたが猫は動く様子を見せず、10分ぐらい経つとめぐちゃんはこくりこくりとし始めた。それに父親はめぐちゃんを抱きかかえ、布団で寝かせた。
「歩き回った後だからしょうがないよね~。良く頑張った。頑張った。偉い偉い。」
「あなた!食べてるよ!」
「お?本当か?」
結局、めぐちゃんは猫が始めてうちでご飯を食べているところは見られなかった。そんな事で、猫とこの一家の共同生活がスタートした。

次の日のお昼頃、めぐちゃんはずっと猫を眺めていた。母親が声をかけた。
「めぐちゃん」
「なぁに?」
「猫ちゃんに名前つけたほうがいいんじゃない?いつまでも猫ちゃんじゃ可哀想じゃない?」
「あ!名前!名前・・・名前・・・」
渋い顔をして考えるめぐちゃん。母親は生まれて始めて悩んでいるのではないかと思った。何故かとても微笑ましかった。1時間も経った夕食前にもそんな調子であるから心配になってきた。
「まだ考えているんだ・・・どんな名前を考えたか教えてくれない?思い浮かんだ名前だけでもいいから~」
「まだ決まってな~いの!」
1時間も経って候補も出来てないというのは遅すぎるだろうと思った。
「じゃぁ、ママが考えた名前はね~。ハナちゃんなんかどう?」
「ダメ!」
「どうして?可愛らしい良い名前じゃない?お花よ。お花」
「由佳ちゃんちのハムスターとおんなじ名前~」
ハムスターの名前は知らなかったが他のうちのペットと考えた名前がかぶったのは少々ショックであった。それから父親が帰ってきて、考え込むめぐちゃんを見て何かあったのかと不安になった。
「猫の名前を考えているの」
「名前ねぇ・・・シロちゃんなんてどうだ?」
「ダメ!そんな見たまんまの名前なんて!」
父親は見た目どおりのシンプルで分かりやすい名前でいいと思ったのだが、すぐに否定されたのがショックだった。確かに安直であるというのは分かっていたが・・・そんな事を言っているとその猫が現れた。おなかが減ったのだろう。猫を見た瞬間に名前を考える事を忘れたようで同じように歩いている。
「猫ちゃん歩く~。トコトコ歩く~。トコトコ?トコちゃん?パパ、ママ!トコちゃんって名前いいよね?」
猫の名前よりもめぐちゃんが考え込む姿からパッと表情が明るくなりとても可愛らしい瞬間であった。
「うんうん。良い名前だね」
「これから名前はトコちゃんだよ。よろしくね!」
「にぁ」
「ホラ!トコちゃんも良い名前だって言ってくれたよ!」
ただ、お腹が減ったからこっちに来たのだろうと思ったけど、喜んでいるところに水を差すみたいだったからやめた。

母親はトコちゃんがあくびしたり、伸びをしたり、顔を洗ったりとそういう仕草は可愛いと思ったが積極的に撫でたり、抱きしめたりという事はしなかった。昔、近所の飼い猫に手を出して引っかかれたという事があったからだ。
それにめぐちゃんだけでも手がかかるというのに、猫の飼い方も知らなければならないというのは精神的にちょっとした負担であった。
だが、それからすぐにその考えは改められる事になる。めぐちゃんを幼稚園に出して、洗濯や掃除を済ませて一段落して、ソファに座って紅茶でも飲んで買って来た雑誌を読んでいたときの事だ。何か足にもぞもぞと動く感触がしたのでバッと雑誌をどけてみるとトコちゃんが小さく丸まっていた。
「ヤバイ・・・可愛い」
犬みたいにご主人を見たらすぐに駆け寄ってくれる方が良いと思っていた。だが猫のように普段は愛想を振り撒く事などしないのに不意に近くに寄ってこられるとグッと来る。撫でる事はせず、暫くトコちゃんを眺めていたら気がついた。
「お昼食べたいけど動けない・・・」
この寝顔を見ていたらお昼抜きでもいいかなと思ったがすぐにトイレに行きたくなったのでさすがにそのままという訳にもいかなかった。
「トコちゃんごめんね」
トコちゃんをソファに寝かせた。猫を飼う事にして良かったかなと実感するようになった。

「うわぁぁぁぁ!」
夕食を作っている最中に隣の部屋からめぐちゃんの鳴き声がしたので、ガスの火を弱めて駆け寄った。
「めぐちゃん。どうしたの?」
トコちゃんに引っかかれたのかと思って手や顔を見たりするがどこも引っかかれた様子は見られなかった。
「トコちゃん。私から逃げちゃう!トコちゃん私の事嫌いなのかなぁ?こんなに大好きなのに~」
思いは目には見えない物だから気持ちを分かってくれないのは仕方ない事であるが、まだ幼いめぐちゃんには分からないのだろう。
「めぐちゃん、トコちゃんを引っ張ってきたり、抱きしめたりしているんじゃない?だから怒るんじゃないかな?」
「どうして?好きだからやっているんだよ」
「トコちゃんはそれが好きかどうか分からないじゃない」
「そうなの?」
その猫の本に書かれていたのは
『抱きしめられる事を嫌がる猫は多い。だが、その人の事を必ずしも嫌いという事はない』
『寧ろ何もしないでじっとしている方が猫自身から寄ってくる事もある』
などと書かれていた。確かに、何もしてない方がいいのかもしれない。
「トコちゃんは、何もしないで動かない方が近くに来てくれるんじゃない?私も本を読んでいるとトコちゃん膝の上に乗ってきてくれるんだよ」
「本当に?」
「試してみたら?」
「でも私、字読めない」
「本を読まなくたっていいでしょ。テレビを見ているのだって、絵を描いているのだって動かないって事じゃない?」
「うん。やってみる・・・」
何でそんな事でトコちゃんが寄ってくるのか分からず半信半疑という様子であった。
「こればっかりはトコちゃんに気を遣ってなんて言っても仕方ないよねぇ・・・」
母親はトコちゃんがめぐちゃんの膝に行く事を願うしかなかった。2日間やっても効果が見られずめぐちゃんはイライラして泣いた事があったがそれは、異様なほどにトコちゃんを意識しすぎているのだ。わざとトコちゃんの横に行って絵を描くというあからさまな事をやるからトコちゃんはすぐに部屋から出て行ってしまった。
だが、それからすぐの事であった。夕方、めぐちゃんの大きな声がした。
「ママ!ママ!トコちゃんが!トコちゃんが!あ!待って!トコちゃん!わぁぁぁぁ!」
自分を呼ぶ声がしたので向かったがその呼ぶ声はすぐに泣き声に変わった。
「どうしたの?」
「ううう~。トコちゃん!そこにいたのに、私が起きたらいなくなっちゃった」
「え?」
幼い子の説明だから理解するのに時間がかかる。しかも、泣いている時である。少し感情が高ぶっているのだろう。少ししてから再び説明をさせてみてようやく状況が見えてきた。
どうやら、めぐちゃんは絵を描いているときに眠ってしまったらしい。起きた時にトコちゃんが自分のお腹の上にいたというのだ。それで喜んでママに見てもらおうと呼んだら、トコちゃんは逃げて行ったという話なのだ。
「どうして逃げちゃうのかなぁ?」
その本にはこうも書かれていた。
『猫は子供、特に幼児を好まない事が多い。落ち着きがなく動きが読めないから何をされるか分からず警戒してしまうようだ』
確かに、人間の大人からすれば小さく可愛い子供のように見えても猫からすれば自分の体格の数倍もある巨人である。それが急に走ったり、跳ねたり、騒いだりすれば何をするか分からないものだと見えてしまうことだろう。
ただ、犬の場合はそういった危機を意識した感情よりも自分のご主人と言った感情が強いからでかかろうが近付いてくるのだと思われる。
「ホラ、近くに来てくれたのなら嫌いじゃないんだよ。でも、あんまり大声を出したからトコちゃんびっくりしたんじゃないかな?」
「本当?」
「私には分からないけど、きっとそうだと思うな」
「うう~ん・・・」
相手の事を慮る心。それは相手が人間に限らず動物であってもである。身に着けて欲しい優しさだけど、まだ幼いめぐちゃんには難しいのかもしれない。頑張れと母親は心の中で応援した。

それから1週間ぐらいの時間が過ぎた。トコちゃんはすっかり家に馴染み、用を足す時は外でする事もあったが家の中で必ずトイレを使うようになっていた。そして『ねるこども』略して『ねこ』というぐらい1日の半分以上を寝ているようであった。それでも可愛いのであるが、趣味は特に決まってなく、ペットショップで買った玉っころや猫じゃらしのようなものやぜんまい式で跳ねるおもちゃなどで遊んでいた。しかし、すぐに飽きてしまうようでいくつかを順番で使うというのがトコちゃんとの遊び方となっていた。それでやりすぎてトコちゃんに引っかかれて大泣きするなんて事件も発生するのであるが・・・それでもトコちゃんを避けたり嫌ったりしないのは本当に好きだからなのだろうという事が伺えた。そしてトコちゃんもめぐちゃんをさほど嫌いではないだろうという事も分かった。



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