ブルッ!
「何だったんだ?今のは?全く・・・夢ばかり見る日だな。今日って日は・・・」
視界いっぱいにあるのは少しばかり遠い天井。先ほどとは違いちゃんと天井があって電気が点灯していて少々まぶしい。
「ビシビシ来るな・・・痛みが・・・これが本当の『生』という実感。何か嬉しくて笑みがこぼれるな~。ハハハハ・・・」
体勢を起こしていると一道は体から何かが抜けていく感覚があった。
『ずっといたかったけどどうやら私達が出来るのはここまでみたい』
『後はお前が上手くやれよ。いちどー』
一道は上を見上げた。声が聞こえた気がしたからであったが既にそこには何もなく魂の欠片さえもなかった。
『和子?慶?いや聞こえるわけはない。幻聴に決まっている。アイツらは既に死んでいたんだから・・・いや、それこそ違うな。俺がこうしていられるのはアイツらが守っていたからに違いない』
先ほどの攻撃を受けてこうして生きていられるのは二人のおかげだと思った。でなければ即死していたに違いない。そう思うことにした。
「さっき慶の魂は生きているなんて言ったが事実、生きていたんだなぁ・・・」
『ううっ・・・かずちゃん?』
『気がついたかお袋。俺達はまだ生きているらしい・・・』
『そうみたい・・・ね・・・かずちゃん。大丈夫?』
『うん。少しの間だけ一人だった。誰も、何も無い空間に放り出された。けど、まだ死んでない。生き続けてやるって思ったら帰ってこられた』
『へぇ。そうだったの。私は、あの人に会ったわ。あなたのお父さん。もう何もかも終わったからこっちに来なよって誘ってくれた。でも、断ったの。かずちゃんにもうちょっと用があるって・・・そうしたら、またそうやって私を待たせるのかって呆れてた。けど、優しい目をしていたな。あの時のままだった』
母親は母親でまた別の空間にいたようであった。かなり嬉しかったようでその気持ちが伝わってきた。二人は、元の世界に戻って来ることが出来て少しホッとしていた。
一道が立ち上がったところを見た少女は目を丸くしていた。
「何故、立っていられるのですか?これを受けたのに・・・理由は分かりませんが、怖がらないでください。身を委ねてくれればいいのですよ」
少女が腕を上げた。そこから放たれた極太の魂。その全てが明らかになる。
「何じゃありゃ・・・」
一道が呆然としていたのは無理もなかった。それはソウルドであったのだがその巨大さと異形の物は想像を絶していた。それはもはやソウルドと形容するものではなかった。天井を越えていて、横に振ったときは20mぐらいあろうかというぐらいの一本の巨大なソウルドからいくつもソウルドが枝分かれしていたのだから・・・その枝分かれしたソウルドから更に細いソウルドが枝分かれしていた。そして最も細いソウルドの先が微か揺らめいている。それは言うなれば大樹であった。。勿論その全貌を視覚で捉える事は出来ないが、その魂で大きさを感じ取る事が出来た。あまりにも巨大で美しく神々しささえ漂うもので見とれてしまった。だが、対峙する一道にとっては絶望の淵に叩き落されるぐらいのものであった。そしてその根元にいるのが小さい少女。
『どうやら俺はとんでもないのを敵に回そうとしていたみたいだな・・・人間の剣で太刀打ち出来るような相手じゃない』
『どうするの?かずちゃん?』
『そうだな。何をやってダメと分かっているからこのまま向かって行って死んでみようかなって。一応、挑戦したのだからそれでみんな許してくれるよ』
『そうね。みんなに会ってここまでやったって報告すれば誉めてくれるよ。きっと』
『そこは止めないとダメでしょ?お袋・・・』
この危機的状況で和やかな会話をする。真面目な一道には考えられないほどリラックスしていた。
『さて・・・剣を合わせるにしても近付くまでにやられる、少しでもあの子の気を逸らす事が出来れば可能性が生まれてくるんだけどな・・・』
ソウルフルでも持ってくればそれが出来たかもしれない。今から取りに戻るような事をすれば彼女の大樹にやられる事だろう。
『私を使ってみる?』
『え?お袋。お袋・・・』
一道は何かを気付いてしまったようだ。静かにうつむく。
『し、しかし・・・』
『かずちゃん。もう考えている時間は無いんだよ。かずちゃん』
母親の優しい声。しかし、そこには寂しげな気持ちが含まれていた。
『そうだね・・・それしかないもんな・・・頼むよ。お袋』
一道は母親の気持ちを尊重する事が自分のすべき事だと思った。
『じゃぁ、精一杯、頑張るわ。何たって私の最も大好きなかずちゃんだもの』
『お袋・・・俺も大好きだよ・・・だから俺もそんなお袋に応えて見せる』
一道は俯いて拳を力強く握り、床を踏みしめ、足に力を込める。
「まだそんな風になっても続けるのですか・・・私はもうやめて欲しいのにまだ続けようとしているのですね・・・私は悲しいです。とっても・・・」
「勝負っ!!」
少女は魂の大樹を横にして払うように振るった。太さは数mを超えるのだ。ジャンプして避けられるものではないし、障害物をすり抜けるソウルドである。そこにある柱等を背にした所で何の防御にもならない。横から迫り来る大樹を防ぐ術は一道にはなかった。一道は両手からソウルドを発動させながらこちらに向かってきていた。それは鬼気を思わせる表情をしていた。
「さよなら!今までありがとう!お袋ぉぉぉぉぉ!!」
「!?」
一道は左手のソウルドを構え、右手のソウルドを一気に振り下ろした。
カッ!
強烈な光を生じさせると左手のソウルドが根元から切断されたのだ。空中に残ったソウルドはその勢いを保持したまま、少女の方に向かった。今までであれば二人の魂を合わせる形になっていたが今は互いに完全に反発しあった。だからこそ、交わる事なく切断する事が出来たのだろう。
少女はこちらに飛んでくるソウルドに対して咄嗟に防御した。本当ならば向かってくるそんなすずめの涙のようなソウルドなど構わずにそのまま一道毎、斬ってしまえばそれで一道を殺し、全てが終結したというのに、それは人としての反射という性であった。
ビシィィィ!
大樹に母親の魂が吸い込まれていった。だが、一道はそれを悲しみに暮れている暇はない。それをやったのだから少女に一撃を加えなければならない。
「もらった!」
接近した一道は防御した彼女に対してソウルドを振るおうとした。だが、一道にも予想外の出来事が起きた。
オオオオン!オオオオウ!オウン!
「な・・・なんだ?この身の毛のよだつぐらいの悪寒は・・・」
悲鳴のような鳴き声のような魂の声が一道に聞こえて、少女に迫ろうという一道の歩みは止まってしまった。というよりも一道自身動けなくなってしまい、そしてその一部始終を目の当たりにしていた。
少女に向かう時に一道の母、澄乃は色々な事を頭にめぐらしていた。
『これが私がかずちゃんに出来る最後の贈り物』
薄々感じていた事であった。元々人間は一つの体に一つの魂が宿っているものなのだ。二つの魂が入っている事はおかしなことだと。それが、ここ最近になって強く感じるようになった。特に、一道が自分自身で慶と戦う事を決意した時から・・・もう自分の手から離れ、自分で考え行動していく所を見て、自分は不必要なのだろうと思えたのだった。それから心が少しずつ、ゆっくりと離れていった。それを証明するかのように、今まで数秒と重ねる事が出来たソウルドが藁木と進藤にソウルドを合わせた時はほんの一瞬しか出来なかった。これで少女が自分に気を取られれば後は一道が上手にやってくれるだろうと思った。
『でも、これでよかったのよね・・・』
15年以上も一緒の体でやってきた。急なお別れであったために寂しくてたまらなかった。もっと何か残してあげたかった。何か話したかった。だが、そんな寂しさよりも嬉しさがこみ上げてくる方が強いのは彼女の中で不思議な感覚であった。
ビシィィィ!
澄乃は少女の大樹の中に入った。弾かれて終わりかと思いきやすんなりと中に入り込む事が出来た。
『これが・・・あの魂の中・・・何?大勢いる・・・数え切れないほど多くの魂』
その大樹の中の無数の声を聞こえてきた。
『永遠にママと一緒』
『何かまた眠くなってきちゃったな・・・』
『ずっとずっと幸せ・・・』
それは甘えた心の声であった。そんな声がとてつもない数の思いが一斉に伝わってくる。そしてすぐにその魂達が自分の存在に気付いた。
『あ、友達となる人が入ってきたよ』
『君もママといたくて来たんだね。歓迎するよ』
『この気持ちを共感してくれて嬉しいよ。これから君と僕達もママと一緒だよ』
『みんな仲良しが一番』
大樹の中に入ってきた時と同じであった。すんなり受け入れてくれた。それは好意的でさえあるといえた。
『私は違うわ』
『違うって・・・何が?』
『別にあなた達の言うママと一緒になるつもりはないの』
『何で?こんなに優しくて温かくて大きいママなのに・・・』
『おかしいよ。ここまで来てそんな事を言うの』
その魂の発言は幼かったがその魂の質は明らかに自分よりも年上のように感じられた。ずっと寒さも怖さもないこのような温室にいた所為ですっかり幼児退行化が進行してしまったようである。彼女の心に寄生していると言っても過言ではないだろう。
『あなた達、本当に彼女が母親だと思っているの?』
『そうだよ。僕らの真のママはあの人しかいないよ』
『違うわ。あなた達の母親はあの子じゃないよ』
『何だよ。ママの事を悪く言うのか?』
『許さないぞ。ママの悪口は・・・』
『違うわ。私が言っているのはあの子じゃなくてあなた達の事よ』
『え?僕らのこと?』
『そう。あなた達ずっとここであの子と一緒にいるつもりなの?』
澄乃の疑問であった。
『勿論。ずっとさ』
『そう。ママは永遠に僕らのものなんだ』
『あなた達はあの子の事を考えてるの?』
『考えているに決まっているだろ?』
『本当に?』
『当たり前じゃないか!』
『だったら今のあの子を見て何とも思わないの?』
澄乃は問いかける。多くの魂達に負けないように懸命に。
『あんな小さい体でたった一人なのにあなた達の面倒を見なければならないのよ』
『ママは凄いんだ!あんな小さくても僕らをみんな包んでくれているんだから・・・』
『あなた達がそのように強要しているんじゃない?』
『そんな事はない!そんな事は!ママは望んでやってくれているんだ!』
『そうだ!でたらめを言うな!』
魂達がざわざわと澄乃に迫り来る。とてつもなく膨大な量である。その勢いに呑まれれば一気に彼女の魂は破壊されしまう事だろう。何とか集中して意識を保つ。
『そう?ところであなた達、ずっとこのままで本当に良いって思っているの?』
『良いに決まっている』
『ちょっと頑張ってみようって思わない?』
まるで本当の子供に問いかけるように優しい声音で言ってあげた。他の魂もまた動いた。
『頑張る?』
聞き覚えがあるフレーズ。何度も聞いてきた。だがイマイチ思い出せない。遠い昔の記憶のように思えた。
『そう。きっとあの子、頑張れば誉めてくれると思うんだけどな』
『誉めてくれる?ママが?』
『どうやって?』
それは長い事この状況に慣れた魂にとって気になるフレーズであった。確かに現状は彼女の温かさに満足している。だがこの温もりに溢れた環境にあっても何か物足りなさは感じていた。やはり彼女も1人の人間である。多くの魂を包み込んでいてもその1つ1つを個別に接触する時間はなかった。だから、彼らもまた放置されている状態に近かった。でも、温かく包まれているからそれで満足しているだけであった。
『ちょっと頑張り。ここから離れてみるの。そうしたらきっと彼女の負担も軽くなるし、頑張ったあなた達を誉めてくれると思わない?』
『でもどうやって・・・』
『簡単よ。ちょっとここから離れてみるだけ』
『そんなの嫌だ!怖いよ!』
『大丈夫・・・私が見ているから・・・危なそうにみえたら私が助けるから』
『お、お前は?』
『私のことが気になるなら、ほら・・・ちょっと頑張ってみて・・・』
澄乃は彼らから少し離れた。手を伸ばしさえすれば触れられるぐらいの距離であった。
『そんな遠くにはいけないよ』
『無理無理!無理だよ!そんなの!』
『あなたなら出来るよ。焦らなくていいんだから・・・』
ゆっくり近付く。だが届かない。澄乃の所に行くには大樹から離れるしかなかった。今までぬくぬくと過ごしたこの場を少しでも離れるのは物凄く勇気が必要な事であった。
例えるのなら、小鳥が巣から羽ばたく所かもしれない。翼は飛べる状態であったとしてもその巣を蹴って空に舞い上がれるのか?飛ぶことが出来ず、そのまま高い木から地面に落下してしまうのではないかとそんな恐怖が支配しているに違いない。
だが、これを達成すればママが誉めてくれる。ママを独り占めできると思った1人が頑張ろうとした。それに呼応して別の者達も誉めてもらおうとして前に出ようとした。
『おいで・・・さぁ・・・』
『えい!』
一つ魂が勢いのまま飛び出して澄乃の所にやってきた。
『ほら・・・出来るじゃない。よく頑張ったね』
『何だよ!俺だって!頑張れる!』
『僕もだ!』
「私も私もぉ!」
1人が成功して次々に飛び出す魂達。それは子供で言えば乳児が立ち上がるのに似ていた。今まで四つん這いであったのを誰かの手を借りず、壁も掴まず自分の足だけでその体重を支えて立つ。肉体が未発達な乳児からすればその行為は大変な事だろう。だが、それでも乳児は頑張る。それをやれば大好きな人が誉めてくれると頭では分からないだろうが本能的に分かっているからだろう。だから頑張れる。
一気に噴き出し始めた魂は大樹を崩す津波となった。一気に飛び出し始め、大樹はその形状を保持できなくなっていく。そして、その波が音を発生させた。
一道が見ていた。澄乃は天へと上っていく。多くの魂を引き連れて・・・
『始めて離れて自分自身でかずちゃんを見た。やっぱりあの人の生き写しみたい・・・あの人と一緒のところに行けるのであれば良いお土産話になったのかな?』
澄乃は嬉しかった。一道はこんなに立派に育ったのだと外から見ることで分かったから
『私、本当はもう、終わっていたのよね。けれど、神様が憐れな私をかずちゃんと一緒にいることを許してくれた。それはまさに奇跡。悔いはありません。感謝しているぐらいですから・・・ありがとう神様。それではかずちゃん。さようなら・・・』
「何だったんだ?今のは?全く・・・夢ばかり見る日だな。今日って日は・・・」
視界いっぱいにあるのは少しばかり遠い天井。先ほどとは違いちゃんと天井があって電気が点灯していて少々まぶしい。
「ビシビシ来るな・・・痛みが・・・これが本当の『生』という実感。何か嬉しくて笑みがこぼれるな~。ハハハハ・・・」
体勢を起こしていると一道は体から何かが抜けていく感覚があった。
『ずっといたかったけどどうやら私達が出来るのはここまでみたい』
『後はお前が上手くやれよ。いちどー』
一道は上を見上げた。声が聞こえた気がしたからであったが既にそこには何もなく魂の欠片さえもなかった。
『和子?慶?いや聞こえるわけはない。幻聴に決まっている。アイツらは既に死んでいたんだから・・・いや、それこそ違うな。俺がこうしていられるのはアイツらが守っていたからに違いない』
先ほどの攻撃を受けてこうして生きていられるのは二人のおかげだと思った。でなければ即死していたに違いない。そう思うことにした。
「さっき慶の魂は生きているなんて言ったが事実、生きていたんだなぁ・・・」
『ううっ・・・かずちゃん?』
『気がついたかお袋。俺達はまだ生きているらしい・・・』
『そうみたい・・・ね・・・かずちゃん。大丈夫?』
『うん。少しの間だけ一人だった。誰も、何も無い空間に放り出された。けど、まだ死んでない。生き続けてやるって思ったら帰ってこられた』
『へぇ。そうだったの。私は、あの人に会ったわ。あなたのお父さん。もう何もかも終わったからこっちに来なよって誘ってくれた。でも、断ったの。かずちゃんにもうちょっと用があるって・・・そうしたら、またそうやって私を待たせるのかって呆れてた。けど、優しい目をしていたな。あの時のままだった』
母親は母親でまた別の空間にいたようであった。かなり嬉しかったようでその気持ちが伝わってきた。二人は、元の世界に戻って来ることが出来て少しホッとしていた。
一道が立ち上がったところを見た少女は目を丸くしていた。
「何故、立っていられるのですか?これを受けたのに・・・理由は分かりませんが、怖がらないでください。身を委ねてくれればいいのですよ」
少女が腕を上げた。そこから放たれた極太の魂。その全てが明らかになる。
「何じゃありゃ・・・」
一道が呆然としていたのは無理もなかった。それはソウルドであったのだがその巨大さと異形の物は想像を絶していた。それはもはやソウルドと形容するものではなかった。天井を越えていて、横に振ったときは20mぐらいあろうかというぐらいの一本の巨大なソウルドからいくつもソウルドが枝分かれしていたのだから・・・その枝分かれしたソウルドから更に細いソウルドが枝分かれしていた。そして最も細いソウルドの先が微か揺らめいている。それは言うなれば大樹であった。。勿論その全貌を視覚で捉える事は出来ないが、その魂で大きさを感じ取る事が出来た。あまりにも巨大で美しく神々しささえ漂うもので見とれてしまった。だが、対峙する一道にとっては絶望の淵に叩き落されるぐらいのものであった。そしてその根元にいるのが小さい少女。
『どうやら俺はとんでもないのを敵に回そうとしていたみたいだな・・・人間の剣で太刀打ち出来るような相手じゃない』
『どうするの?かずちゃん?』
『そうだな。何をやってダメと分かっているからこのまま向かって行って死んでみようかなって。一応、挑戦したのだからそれでみんな許してくれるよ』
『そうね。みんなに会ってここまでやったって報告すれば誉めてくれるよ。きっと』
『そこは止めないとダメでしょ?お袋・・・』
この危機的状況で和やかな会話をする。真面目な一道には考えられないほどリラックスしていた。
『さて・・・剣を合わせるにしても近付くまでにやられる、少しでもあの子の気を逸らす事が出来れば可能性が生まれてくるんだけどな・・・』
ソウルフルでも持ってくればそれが出来たかもしれない。今から取りに戻るような事をすれば彼女の大樹にやられる事だろう。
『私を使ってみる?』
『え?お袋。お袋・・・』
一道は何かを気付いてしまったようだ。静かにうつむく。
『し、しかし・・・』
『かずちゃん。もう考えている時間は無いんだよ。かずちゃん』
母親の優しい声。しかし、そこには寂しげな気持ちが含まれていた。
『そうだね・・・それしかないもんな・・・頼むよ。お袋』
一道は母親の気持ちを尊重する事が自分のすべき事だと思った。
『じゃぁ、精一杯、頑張るわ。何たって私の最も大好きなかずちゃんだもの』
『お袋・・・俺も大好きだよ・・・だから俺もそんなお袋に応えて見せる』
一道は俯いて拳を力強く握り、床を踏みしめ、足に力を込める。
「まだそんな風になっても続けるのですか・・・私はもうやめて欲しいのにまだ続けようとしているのですね・・・私は悲しいです。とっても・・・」
「勝負っ!!」
少女は魂の大樹を横にして払うように振るった。太さは数mを超えるのだ。ジャンプして避けられるものではないし、障害物をすり抜けるソウルドである。そこにある柱等を背にした所で何の防御にもならない。横から迫り来る大樹を防ぐ術は一道にはなかった。一道は両手からソウルドを発動させながらこちらに向かってきていた。それは鬼気を思わせる表情をしていた。
「さよなら!今までありがとう!お袋ぉぉぉぉぉ!!」
「!?」
一道は左手のソウルドを構え、右手のソウルドを一気に振り下ろした。
カッ!
強烈な光を生じさせると左手のソウルドが根元から切断されたのだ。空中に残ったソウルドはその勢いを保持したまま、少女の方に向かった。今までであれば二人の魂を合わせる形になっていたが今は互いに完全に反発しあった。だからこそ、交わる事なく切断する事が出来たのだろう。
少女はこちらに飛んでくるソウルドに対して咄嗟に防御した。本当ならば向かってくるそんなすずめの涙のようなソウルドなど構わずにそのまま一道毎、斬ってしまえばそれで一道を殺し、全てが終結したというのに、それは人としての反射という性であった。
ビシィィィ!
大樹に母親の魂が吸い込まれていった。だが、一道はそれを悲しみに暮れている暇はない。それをやったのだから少女に一撃を加えなければならない。
「もらった!」
接近した一道は防御した彼女に対してソウルドを振るおうとした。だが、一道にも予想外の出来事が起きた。
オオオオン!オオオオウ!オウン!
「な・・・なんだ?この身の毛のよだつぐらいの悪寒は・・・」
悲鳴のような鳴き声のような魂の声が一道に聞こえて、少女に迫ろうという一道の歩みは止まってしまった。というよりも一道自身動けなくなってしまい、そしてその一部始終を目の当たりにしていた。
少女に向かう時に一道の母、澄乃は色々な事を頭にめぐらしていた。
『これが私がかずちゃんに出来る最後の贈り物』
薄々感じていた事であった。元々人間は一つの体に一つの魂が宿っているものなのだ。二つの魂が入っている事はおかしなことだと。それが、ここ最近になって強く感じるようになった。特に、一道が自分自身で慶と戦う事を決意した時から・・・もう自分の手から離れ、自分で考え行動していく所を見て、自分は不必要なのだろうと思えたのだった。それから心が少しずつ、ゆっくりと離れていった。それを証明するかのように、今まで数秒と重ねる事が出来たソウルドが藁木と進藤にソウルドを合わせた時はほんの一瞬しか出来なかった。これで少女が自分に気を取られれば後は一道が上手にやってくれるだろうと思った。
『でも、これでよかったのよね・・・』
15年以上も一緒の体でやってきた。急なお別れであったために寂しくてたまらなかった。もっと何か残してあげたかった。何か話したかった。だが、そんな寂しさよりも嬉しさがこみ上げてくる方が強いのは彼女の中で不思議な感覚であった。
ビシィィィ!
澄乃は少女の大樹の中に入った。弾かれて終わりかと思いきやすんなりと中に入り込む事が出来た。
『これが・・・あの魂の中・・・何?大勢いる・・・数え切れないほど多くの魂』
その大樹の中の無数の声を聞こえてきた。
『永遠にママと一緒』
『何かまた眠くなってきちゃったな・・・』
『ずっとずっと幸せ・・・』
それは甘えた心の声であった。そんな声がとてつもない数の思いが一斉に伝わってくる。そしてすぐにその魂達が自分の存在に気付いた。
『あ、友達となる人が入ってきたよ』
『君もママといたくて来たんだね。歓迎するよ』
『この気持ちを共感してくれて嬉しいよ。これから君と僕達もママと一緒だよ』
『みんな仲良しが一番』
大樹の中に入ってきた時と同じであった。すんなり受け入れてくれた。それは好意的でさえあるといえた。
『私は違うわ』
『違うって・・・何が?』
『別にあなた達の言うママと一緒になるつもりはないの』
『何で?こんなに優しくて温かくて大きいママなのに・・・』
『おかしいよ。ここまで来てそんな事を言うの』
その魂の発言は幼かったがその魂の質は明らかに自分よりも年上のように感じられた。ずっと寒さも怖さもないこのような温室にいた所為ですっかり幼児退行化が進行してしまったようである。彼女の心に寄生していると言っても過言ではないだろう。
『あなた達、本当に彼女が母親だと思っているの?』
『そうだよ。僕らの真のママはあの人しかいないよ』
『違うわ。あなた達の母親はあの子じゃないよ』
『何だよ。ママの事を悪く言うのか?』
『許さないぞ。ママの悪口は・・・』
『違うわ。私が言っているのはあの子じゃなくてあなた達の事よ』
『え?僕らのこと?』
『そう。あなた達ずっとここであの子と一緒にいるつもりなの?』
澄乃の疑問であった。
『勿論。ずっとさ』
『そう。ママは永遠に僕らのものなんだ』
『あなた達はあの子の事を考えてるの?』
『考えているに決まっているだろ?』
『本当に?』
『当たり前じゃないか!』
『だったら今のあの子を見て何とも思わないの?』
澄乃は問いかける。多くの魂達に負けないように懸命に。
『あんな小さい体でたった一人なのにあなた達の面倒を見なければならないのよ』
『ママは凄いんだ!あんな小さくても僕らをみんな包んでくれているんだから・・・』
『あなた達がそのように強要しているんじゃない?』
『そんな事はない!そんな事は!ママは望んでやってくれているんだ!』
『そうだ!でたらめを言うな!』
魂達がざわざわと澄乃に迫り来る。とてつもなく膨大な量である。その勢いに呑まれれば一気に彼女の魂は破壊されしまう事だろう。何とか集中して意識を保つ。
『そう?ところであなた達、ずっとこのままで本当に良いって思っているの?』
『良いに決まっている』
『ちょっと頑張ってみようって思わない?』
まるで本当の子供に問いかけるように優しい声音で言ってあげた。他の魂もまた動いた。
『頑張る?』
聞き覚えがあるフレーズ。何度も聞いてきた。だがイマイチ思い出せない。遠い昔の記憶のように思えた。
『そう。きっとあの子、頑張れば誉めてくれると思うんだけどな』
『誉めてくれる?ママが?』
『どうやって?』
それは長い事この状況に慣れた魂にとって気になるフレーズであった。確かに現状は彼女の温かさに満足している。だがこの温もりに溢れた環境にあっても何か物足りなさは感じていた。やはり彼女も1人の人間である。多くの魂を包み込んでいてもその1つ1つを個別に接触する時間はなかった。だから、彼らもまた放置されている状態に近かった。でも、温かく包まれているからそれで満足しているだけであった。
『ちょっと頑張り。ここから離れてみるの。そうしたらきっと彼女の負担も軽くなるし、頑張ったあなた達を誉めてくれると思わない?』
『でもどうやって・・・』
『簡単よ。ちょっとここから離れてみるだけ』
『そんなの嫌だ!怖いよ!』
『大丈夫・・・私が見ているから・・・危なそうにみえたら私が助けるから』
『お、お前は?』
『私のことが気になるなら、ほら・・・ちょっと頑張ってみて・・・』
澄乃は彼らから少し離れた。手を伸ばしさえすれば触れられるぐらいの距離であった。
『そんな遠くにはいけないよ』
『無理無理!無理だよ!そんなの!』
『あなたなら出来るよ。焦らなくていいんだから・・・』
ゆっくり近付く。だが届かない。澄乃の所に行くには大樹から離れるしかなかった。今までぬくぬくと過ごしたこの場を少しでも離れるのは物凄く勇気が必要な事であった。
例えるのなら、小鳥が巣から羽ばたく所かもしれない。翼は飛べる状態であったとしてもその巣を蹴って空に舞い上がれるのか?飛ぶことが出来ず、そのまま高い木から地面に落下してしまうのではないかとそんな恐怖が支配しているに違いない。
だが、これを達成すればママが誉めてくれる。ママを独り占めできると思った1人が頑張ろうとした。それに呼応して別の者達も誉めてもらおうとして前に出ようとした。
『おいで・・・さぁ・・・』
『えい!』
一つ魂が勢いのまま飛び出して澄乃の所にやってきた。
『ほら・・・出来るじゃない。よく頑張ったね』
『何だよ!俺だって!頑張れる!』
『僕もだ!』
「私も私もぉ!」
1人が成功して次々に飛び出す魂達。それは子供で言えば乳児が立ち上がるのに似ていた。今まで四つん這いであったのを誰かの手を借りず、壁も掴まず自分の足だけでその体重を支えて立つ。肉体が未発達な乳児からすればその行為は大変な事だろう。だが、それでも乳児は頑張る。それをやれば大好きな人が誉めてくれると頭では分からないだろうが本能的に分かっているからだろう。だから頑張れる。
一気に噴き出し始めた魂は大樹を崩す津波となった。一気に飛び出し始め、大樹はその形状を保持できなくなっていく。そして、その波が音を発生させた。
一道が見ていた。澄乃は天へと上っていく。多くの魂を引き連れて・・・
『始めて離れて自分自身でかずちゃんを見た。やっぱりあの人の生き写しみたい・・・あの人と一緒のところに行けるのであれば良いお土産話になったのかな?』
澄乃は嬉しかった。一道はこんなに立派に育ったのだと外から見ることで分かったから
『私、本当はもう、終わっていたのよね。けれど、神様が憐れな私をかずちゃんと一緒にいることを許してくれた。それはまさに奇跡。悔いはありません。感謝しているぐらいですから・・・ありがとう神様。それではかずちゃん。さようなら・・・』
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