元外資系企業ITマネージャーの徒然なるままに

日々の所感を日記のつもりで記録

(SLS - 9) 学生街の喫茶店

2014-08-12 22:28:09 | ショートショート
「リルケは自伝的小説『マルテの手記』の中で、「詩は感情ではなくて経験である。一行の詩をつくるには、さまざまな町を、人を、物を見ていなくてはならない。」と言っているの」と彼女はいつも持ち歩いているリルケの詩集をテーブルの上に置いて、右手でコーヒーカップを持ちながら熱く話していたのを思い出した。
俺は新卒でM物産に入社し半年間の本社での勤務の後、ブラジル支社で三年勤務し日本に帰って来た。大学時代にお世話になったゼミの先生にお土産を持って行った帰りに、当時付き合っていた彼女とよく行った喫茶店でコーヒーを飲んだ。
いつも目の前に居た彼女のいない席で飲むコーヒーはほろ苦い、寂しい味がする。彼女は鳥取県の老舗旅館の一人娘で、卒業と同時に田舎に帰り家業を継ぐ為に父親の旅館で働く。
「田舎に帰ったら家業の合間にリルケのような詩を書くわ」彼女の口癖だ。「でも詩は感情ではなく経験なのよね。リルケのような詩を書く為には、世界中のいろいろ街を歩いてみたい。あなたが羨ましいわ」これも彼女の口癖だ。
「俺は商社マンになって世界を股にかけて働く」これが俺の夢であり、俺の当時の口癖だった。
この席に座って当時と同じコーヒーを飲んでいたら、三年の間ブラジルを中心に中南米を歩き回り、一所懸命働いて来た俺に足りないものがはっきりわかった。世界中を歩きたいと言っていた彼女も俺に無理やり連れて行って欲しかったのだろう。彼女のお父さんには申し訳ないが、彼女が家業を継ぐのは当分先だ。早速鳥取行きの飛行機を予約した。

隣のおばあちゃんの携帯の着信音

2014-08-09 11:58:15 | ショートショート
小田急線で隣に座ったおばあちゃんの携帯の着信音が幽霊が出てくる時の効果音だった。ひゅるひゅるーってやつ、なかなか出ないから車内は異様に怖い雰囲気がだたよう。これはおじいちゃんからの着信に使っているのか?あの世からの電話なのか?

(SLS - 8) いちご白書をもう一度

2014-08-07 16:51:43 | ショートショート
TVの懐メロ番組でいつも人気投票すると上位にくる曲にユーミン作詞作曲、バンバンが歌う「いちご白書をもう一度」と言う曲がある。「いちご白書」は米国のコロンビア大学で実際にあった学園紛争を題材にした映画である。人気があると言う事はみんなこの映画を見ているのだろうか?それとも単にユーミンの曲がいいだけの話だろうか。
この映画は1970年公開なので俺はまだ中学生で学園紛争には興味もないし彼女もいないので映画は見ていない。曲が流行ったのは、1975年で俺が大学四年生の時。曲が流行ったせいか、この曲にあるように早稲田松竹で映画が再公開された。学園闘争しているグループが映画を学内で上映するのかポスターが大学構内にも貼ってあった。曲のヒットと共に映画も有名になった。俺は留年が決まっていた。この歌では「就職が決まって髪を切ってきた時、もう若くないさと君に言い訳したね」と男子学生が彼女に言い訳をする。でも俺の場合は、実際に髪を元の黒髪に戻しチリチリパーマもやめたのは当時付き合っていた彼女の方だった。彼女は大手銀行に内定していた。来年の4月から務め始める彼女とは、別れる予感がした。と言うか振られる予感がした。
「パパ、ご飯冷めちゃうわよ」妻が言った。TVでばんばひろふみが歌う「いちご白書をもう一度」を見ていた俺は我に返った。
食卓には妻に高校生の長男と中学生の長女が待っている。留年して有り余る時間で行ったアルバイト先で知り合ったのが、今の妻である。何度生まれ変わっても、この家族がいい、この人生がいい。もし留年しなくても、きっと何処かで今の妻に会っていたに違いない。きっと人は生まれた時にはもう運命が決まっているのではないか?そう感じるのはこんな瞬間だ。

(SLS - 7) ユーミンの車ソングス

2014-08-04 16:10:49 | ショートショート
ユーミンの車をモチーフにしたソングスが好きだ。ただ好きなだけではなく、私と彼は実際にその道を走ってみる。この実走りにはまるきっかけになった最初の曲は「中央フリーウエイ」だ。彼の車の助手席に乗って実際に中央フリーウエイ、すなわち中央自動車道を調布ICから乗って八王子方面に走ってみる。おお、確かに右手に東京競馬場が現れ、左手にサントリーのビール工場が現れた。ビール工場は思っていたよりずっと大きい。 「おお、大きいねビール工場、想像していたよりはるかに大きい。」彼が言う。歌に出てくるように窓を開けて風をもろに当たって走っているので聞こえないふりをする。ユーミンはきっと外国製のオープンカーなんだろうなと思いながらも、とことん真似をする。
「哀しみのルート16」を聞いた後は、国道16号線を横浜から八王子まで走ってみる。めちゃ混みの渋滞に巻き込まれ歌の感傷に浸る暇もない。
「こりゃ夜中に走らないとダメだね」彼が言う。交通量の多い基幹道路なので、景色はつまらないし渋滞だし、私はすっかりルート16には興味がなくなってしまった。
「埠頭を渡る風」を聞いた時は、二人とも「これは本牧ふ頭じゃない」と意見が一致した。首都高速湾岸線に乗って大黒埠頭を抜けて横浜ベイブリッジを抜けて本牧ふ頭へ。
「降りて見る」
「いや、何か怖そうだからやめよう」と私。昼間ならまだしも夜遅い時間では、密輸組織がいそうだし、ギャング団がいそうだし。
三渓園の辺りでゆるい右カーブ、それを利用して彼にたおれてかけてみた。
「変な顔」彼は歌詞にあるように横顔で笑った。とても幻滅して別れたくなるくらい変な顔だ。普通に笑えばいいのに、口の左側だけ上に無理に押し上げて歯を見せて、左目は半分閉じるように笑った。
まだ横顔で笑っているので、彼に倒れかけるのをやめた。彼は私に正面に顔を向けて笑った。
「どうだった?俺の横顔で笑った顔は?」そう言ってる彼の無邪気な笑顔が好き。

(SLS - 6) サヨナラをするために

2014-08-04 06:00:57 | ショートショート
彼女から宅急便でダンボールが届いた。中を開けたら彼女にプレゼントした数々の宝飾品や手紙、二人が写っている写真が入っていた。振られた原因は俺の浮気だ。浮気の噂を聞いて俺のあとでもつけて彼女が写したのか、俺と他の女の子が腕くんで歩いている写真と共に「さようなら」とメールが来た。それから彼女にメールしても電話してもなしのつぶてだ。
ダンボールを抱えて湘南電車に乗った。彼女と出会った茅ヶ崎のサザンビーチに行く。海岸で中の思い出の品々をみんな捨ててしまおう、手紙や写真は燃やしてしまおう。俺も彼女にさよならをするためには、思い出の品々は邪魔なだけだ。
サザンビーチでダンボールを開けて手紙や写真を取り出した。砂浜に穴を掘ってそれらを置いた。あとはライターで火をつけるだけだが、なかなか出来ない。ひょっとして、もう一度やり直せるのではないか?彼女は一時的に頭に血が登って怒っているだけだ。俺が謝れば済むかもしれない。そんな思いの繰り返しでなかなか火をつけられない。
中身を元に戻し海岸通りを歩いていたらエルビスという店に出会った。土曜日ということで生バンドがロックを賑やかに演奏している。俺はダンボールを抱えてその店に入った。
「いらっしゃい、何にする」カウンターの女の子が尋ねる。
「ワイルドターキーのハイボールを」
生バンドが演奏するエルビスプレスリーの古臭いが、ノリのいいかっこいい8ビートのロックにふさぎ込んでいた気分も晴れやかになってきた。 
「何が入っているの、その大事そうに抱えてるダンボール」店の女の子が聞いてきた。気分良くなった俺は「振られた彼女が送ってきた俺たちの思い出の品々が入っている。俺のラブレターとか、二人の写真とか」と思わず本当の事を話してしまった。
ロックからバラードに曲が変わった。
「この曲「今夜は一人かい?(Are you lonesome tonight?)」って曲だけど結構素敵でしょう」と店の女の子が言った。
「これは有名なバラードだから俺も知ってる。確か別れた彼女に「今夜は一人で寂しくないかない?戻ってやってもいいんだぜ」みたいなキザな男の曲じゃなかったっけ」
「そうよ、今のあなたにぴったしかも」
「確かに、俺もサヨナラした彼女に、謝って戻ってやってもいいかなと考えていたところなんだ」
カウンターの女の子は、こういう男が多いって、この間来た素敵なおば様が言っていたわ。自分勝手で、相手の気持ちも考えず何でも自分の思い通りになると思っている男、こういう男はダメよって、何かよくわかる気がする。」と改めて目の前の男を見て感じた。