元外資系企業ITマネージャーの徒然なるままに

日々の所感を日記のつもりで記録

(SLS - 14) 二人の記念日

2014-08-31 20:44:10 | ショートショート
二人が付き合い出した21日を二人の記念日として、毎月どんなことがあっても必ず会おうと決めた二人。お父さんから二人の仲が一ヶ月持てば、三ヶ月は持つ、三ヶ月は持てば、半年は持つ、半年持てば一年は持つと言われた娘は、それを信じて一ヶ月立てば三ヶ月頑張ろうと努めてきた。だが、こともあろうに11ヶ月目の21日の記念日を彼が忘れてしまった。というよりラグビーの部でやっとレギュラーの地位をつかんだ彼はクラブ活動を優先してしまった。その日に彼は試合の遠征に行ってしまったのである。彼女も頭でそれは理解できていたが、せっかく11ヶ月も二人の努力で続いた記念日のデートが途切れてしまったのが、とても悲しかった。彼女は次の日、頭でわかっていても悲しかった感情が吹き出してしまい彼にあたってしまった。彼はオロオロと謝るばかりである。そして一年目の21日にまたしても大事な彼のラグビーの試合が入ってしまった。それも公式戦の関東大会なので、遠く二人の住む神奈川県から埼玉県まで行かないといけない。彼女もその日は学校があり部活があり塾がある。とても高校生の二人が時間的に会える余裕は無い。
「おはよう」
寝坊が多い彼は奮発して朝早く起きて彼女の通学する駅で待っていた。
「おはよう」
途中駅で彼が埼玉に行く電車に乗り換えるまで、彼女は嬉しさいっぱいの涙でくしゃくしゃのとびきりキュートな笑顔を見せていた。

( SLS - 13) 時には母の無い子のように

2014-08-28 22:04:45 | ショートショート
一人娘が高校一年生になった。8年前に妻が死んでから男手一つで娘を育てて来た。ぐれもせず家事を良くやる良い娘になってくれた。私には3年前から付き合っている彼女がいる。彼女も夫を交通事故で亡くした。子供はいない。お互い再婚になるが結婚したいと考えている。問題は私の娘が賛成してくれるかどうか?
そこで三人でホテルのレストランで食事をすることにした。もう高校一年生だし、きっと彼女を見ればわかってくれるに違いない。
「パパは、もういいわ。美和子さんと二人っきりで話をさせて」、洋食のフルコースの最後の珈琲になった時に突然娘がそう言った。
「もういいって、どいう事だ」私は当惑しながら娘に聞いた。
「席を外してくれるって事」
私は二人を残してホテルの最上階にあるバーへ行った。
30分ほどして娘から話は済んだので、もう帰ろうと電話があった。
帰宅して美和子に電話してどんな話をしたのか?聞いてみた。
「娘さんの恋の話よ。もう年頃ね、あなたもそろそろ覚悟を決めて置いた方が良さそうね」
「覚悟って、まだ高一だよ」
私は子供頃に聞いたカルメン・マキが歌った「時には母の無い子のように」の歌詞「母の無い子になったなら、誰にも愛を話せない」を思い出した。やっぱり父親では、そこはダメなのか?

( SLS - 12 )最後の早慶戦

2014-08-27 22:06:39 | ショートショート
就職が決まった彼女と米国に留学する俺、卒業後はそれぞれ別の道を行く。野球が好きな俺に付き合って早慶戦だけはいつも見に行く。早慶戦は俺達が卒業しても永遠に続くのに、学生応援席から応援するのも、もうこれで最後だと思うと4年生の秋の早慶戦は何か物悲しい。試合が終わってもなかなか席を立つことは出来ない。同じ4年生の野球部員がやってきて応援団に交じって校歌や応援歌を歌う。卒業を実感し、そして別れが来ることを実感する。アメリカと日本じゃ遠すぎる、そんなに頻繁に日本に帰ってこれるはずもないし少なくとも二年間は会えないだろう。野球の早慶戦が終われば、すぐにラグビーの早慶戦だ。今年は二人の気持ちを察してか、雨が降っている。いつも二人で並んで座ったイチョウ並木のベンチも濡れていて座る人もいない。
「ねえ、最後だし座ってみない」彼女が言った。
「濡れちゃうよ」
「いいじゃない、私ここに座って銀色に染まった銀杏を見るのが大好きだった」彼女は銀杏を見上げた。
「もうすぐ卒業ね。あなたはアメリカに行ってしまうのね」
そう言って彼女は涙を流して、顔を伏せて泣いた。


( SLS - 11) プライベートクラウドサービス

2014-08-22 21:12:01 | ショートショート
私はITのソリューションを提供する会社でプロジェクトマネージャーをしている。最近のトレンドはクラウドサービスの提供、ユーザ側は特に何も用意する必要がない。ハードウエアもアプリケーションも全てプロバイダーの私の会社が提供する。お客様はインターネットへの接続環境さえ用意してもらえればいい。
経験豊富な私が、あろうことかお客様の中でも一番若く経験の浅いSEのB子に一目惚れしてしまったのである。しかもこいつ完全に文系出身じゃないかと思える質問をして会議を白けさせる。顧客側の責任者も困ってしまうような、ド素人質問をするのである。
そこで彼女からの勉強をしたいと言うリクエストに応じて一緒に晩飯でも食べる機会が増えた。向こうから誘ってくれるのであるから、相手にその気がないとはいえ、これは私にとって願ってもない事である。好い加減、もう理解しているだろうと思える7回目のデート(私にとってはデート、彼女にとってはプライベートレッスン)で、
「いまいちクラウドって良くわからないです」と彼女。(マジか?と思ってしまいます。)
「では簡単に説明しましょう。アラジンと魔法のランプに出てくる何でも願いを叶えてくれる魔神だと思えばいいんです。例えばあなたの夢は何ですか?」
「えっ私の夢ですか?毎日毎日残業で疲れちゃって、タイのパタヤビーチでのんびりしたいわ」
(何故タイのパタヤビーチなのか?)
「かしこまりました、このプロジェクトが終わったら、私が連れて行って差し上げます」
「本当?嬉しいわ。今の安アパートからマンションに越したいし」
「かしこまりました。私のマンションに一緒に住むのはいかがでしょう?」
「一緒に住むのはちょっと、、、これってクラウドなんですか?」
「そうですよ、私があなたに捧げるクラウドサービスです。終身契約でして、万が一私が先に死んだ場合は、その時点で無効になりますが?」
「それで?」
「如何でしょう?契約いたしませんか?もちろん無料です。」
「私、文系出身で難しい契約はわからないの、もっと簡単に説明して下さい。」
「だから結婚しようと言っているんです」

(SLS - 10) リルケの詩集

2014-08-15 22:13:15 | ショートショート
俺は昼飯を食べた後いつものように大隈庭園の芝生に寝転がり、いつも持ち歩いているリルケの詩集を顔の上に乗せて昼寝でもしようと思った。
「ああ 微笑 始めての微笑 私たちの微笑」と、リルケの「愛のはじまり」の出だしの部分が聞こえてきた。
起き上がると隣に同じクラスのA子が座っている。
「何故、いつもリルケなの?」
「君こそなんで、リルケの詩を知っているんだ?今口ずさんだのは、「愛のはじまり」だろ?」
「そうよリルケにはあまり愛の詩はないから、これぐらいしか覚えていないけれど。ねえ私の質問に答えて何故リルケなの?」
「ただ何となくかな。これを持っているといつもリルケと旅している気分になるんだ」と答えたが、本当は一年生の時にいつもリルケの詩集を持ち歩いている美しい女の人に憧れたからだ。その人はいつも喫茶店でリルケの詩集を見ながら彼を待っていた。卒業してしまったので、今は見かけることはないが、時々喫茶店に行ってその人が座っていた椅子に腰掛けてリルケの詩集を開いて見たりする。女々しいと思うが、リルケの詩集はそんなメランコリーな気分に良く似合う。
「私はランボーかな、どちらかと言うと好きなのは。変よね私達、政経なのに詩集を持ち歩いているなんて、他の人は「世界」とか、よく持ち歩いているのを見るわ。コンパでもよく政治の議論しているけど」
「俺は一応図書館で世界とか朝日ジャーナル、エコノミストぐらいはパラパラと読むけど、議論はあまりしない」
政経には政治家や新聞記者を目指して奴が多いせいか、実際に下宿に泊まり込んで酒を飲みながら一晩中政治を議論している連中が多い。
「俺はランボーは読んだ事がない。もともと詩にそれほど興味があった訳でもない。」
「私は最近リルケの詩集が似合う女になりたいって思うの」