人は生きている間に何回苦笑いをするのだろうか。もしくは何回他人が苦笑いする場面に遭遇するのだろうか。きっと笑わざるを得ない場面はたくさんあると思うが、私には忘れられない経験がある。
昭和五十二年の後楽園球場での巨人と阪急の日本シリーズでの経験である。その年は阪急が強く長嶋監督率いる巨人軍は苦戦を強いられていた。球場内は超満員で外野席の後ろの通路からの立ち見である。当時の若者はみな長髪である。私も長髪をなびかせて見ていた。誰かが私のお尻を触っているような感覚がした。振り返ったら無精ひげのおっさんと目が合った。彼は私を見て苦笑いをした。初めて痴漢にあった瞬間である。くせっけ毛でパーマがかかったような長髪の私を女の子と間違えたらしい。
翻って自分が苦笑いしたことや、笑ってごまかすしかない場面はたくさんあったはずである。しかし、自分が苦笑いしたことは全然憶えていないのである。