みなさん、こんばんは。hkです。
きょうの10月27日から11月9日、11月3日をはさんだ2週間は「読書週間」です。第1回は戦後まもない1942年。現在の期間になったのは、2回目からだそうです。
私にとって身近な読書・本は、やはり文庫本です。
最初の出会いは小学6年生とき、1週間ほど入院した期間中に読んだ、新潮文庫の「どくとるマンボウ航海記」。私がお願いしたのか母の意志で買ってきたのかは覚えていません。小学生向けの本だったかどうかもわかりませんが、何となく面白く読めたことはかすかに覚えています。
中学生から大学生の10年間は、電車で通学していました。高校までは片道の乗車時間が30~40分くらい、大学からは60分くらい。行きは自分の小遣いの範囲で、自薦・他薦の文庫本を買っては読んでいました(帰りはクラブで疲れたり、コンパなどで酔っ払ったりしていて、読むどころではなかったのです)。
当時と今の大きな違いの一つは字の大きさ。よく、まあ、あんな小さい字を読めていたものです。しかも、当時利用していた私鉄は昼間、消灯していた記憶があります。中学に入学するまでの視力は1.5あったのに、中一が終わるころには1.0にも満たないようになり、いまでは両眼とも0.1になってしまったのは、小さい字を暗い電車の中で読んでいたせいだと確信しています。
岩波文庫のカバーがセルロイド紙で、値段も星マークで表示されていたのも、いまでは信じられないですね。★一つが70円、☆一つが100円のときでした。ずいぶん安直な決め方だと当時は思ったものです。
社会人になってからも、文庫本はほぼ毎日持ち運んでいました。冊数を正確に数えたことはありませんが、実家においてあるのと合わせれば、500冊は超えると思います。
ただ、いろいろと読んだからといって、それが私の人格形成に影響したとか、感受性を豊かにしたとか言えないのは残念です。どちらかといえば、想像力に欠ける人間です。それでも、まったく読まなかったよりは役にたっていると信じたいですね。
ところで中学に入学してからの6年間、自宅の最寄り駅から途中までいつも同じ女子生徒が同じ電車に乗っていました。その間はまったく声をかけあうこともなかったのですが、大学生になったある日、なぜか話をする機会にめぐり合いました。
そのとき教えてもらったのですが、彼女とその友達が私につけたあだ名が「ブンコボン」。「ブンコボンがこっちを見ている!」とかなんとか言っていたそうです。これでは青春の思い出にもなりませんね。。。