新緑の季節だ。夏を思わせるような陽の光のもと、若葉が青々と芽吹いていく。今日、私は命を刈る死神となって鎌を振るう。つまり、草刈シーズン到来である。
我が職場では手の空いている職員が総出で事務所近辺の草刈を行う。業務成績に反比例するがごとく土地面積が無駄に広大なので、結構な手間だ。草刈機械は当然のごとく自分の家から持ってきたものだ。皆さん草刈歴ウン十年のベテランである。そんな中愛用という程に使い込んだ訳でもない草刈機械を持参した私。経験値の差は歴然だ。何についても言えるが、経験者と初心者の一番の違いは無駄な動きの有無だと思っている。無駄の無い動きは美しく、そうでないものは見苦しい。第三者から見たら私の動きはさぞ不恰好だったことだろう。
さて草刈の最中に、素敵な出会いがあった。刃を右往左往して草むらを片付けるのに夢中になっていたら、目の端で小さな黒い何かが動いた。注視すると、手のひらに乗る位の野兎が飛び跳ねているではないか。子供の兎だ。住処を荒らされたので逃げていたのだろう。ごめんなさい、これも仕事なのだ。しかし周囲は他の職員の草刈刃が飛び交っていて、巻き添えをくわないとも限らない。救出活動開始だ。
どうやって捕まえようかと観察してすぐ気付いた。この子兎、動きが遅い。狸とか蛇とかに襲われたらすぐに餌食となりそうだ。これなら何の工夫もなく捕まえられる。包み込むように柔らかく、豆腐を持ち上げるかのごとくやさしく両手ですくった。捕獲。後は草刈をしない所に持っていこうと思い、思う。
めっちゃかわいい。
何この小動物。
めっちゃかわいい。
持ち帰りたい。
目がうるうるしているのだ。コロコロと動いているのだ。干したての布団のように暖かく、綿のようにふわふわして、お餅のように柔らかく、それでいて確かな生命力を感じさせるずしりとした重みと、手のひらで感じる心臓の鼓動。何度でも言おう。めっちゃかわいい。
それはそれとして、欲望のままペットとして持ち帰るような彼(彼女?)の自由を侵害する権利は私にはない。そもそも怯えてる。兎目線だと私はどこかの50m級巨人に見えるだろう。居場所を追いやってしまったせめてもの償いとして、草刈刃の届かない林の奥に放すこととした。達者で暮らせ。
焼いたらおいしいのかな、と思ったのは内緒です。肉の手触りが鳥のそれに似ていたんだよね。
草刈は4時間位かけて無事終了しました。替えの刃くらい支給してくれても一向に構わなかったですよ?
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