ぺヤングのゴキブリ事件を発端に、最近ツイッターに虫が混入した食品画像を上げるのがブームになっているようだ。わざわざ気色の悪い画像を撮影して広めるなんて奇特な行為である。将来世界的に食糧不足になったら虫が新たな食糧源になるらしいし、その予行練習という事で納得してもらえないだろうか。そもそも虫だって好き好んでこんがり揚げられた訳ではないのだ。
冗談はさておき。この件について企業側の管理体制の不備を責めるのは仕方がないとして、消費者の「まず拡散ありき」の姿勢にはどうも違和感があった。こういうのは店員にこそっと話して謝罪してもらって手打ちにするものではなかったのではなかろうか?そして話をした上で企業側の対応に問題があった場合に、改めて問題提起するのが筋ではないか。企業に事実を揉み消されてしまう不安があるなら、保健所なり第3者機関を通せばいい。問題を指摘するのならば、大なり小なりそれに応じた手続きがある。そもそも、人がやっている事だから絶対にミスは発生する。一日に数千、数万商品を作るような工場の環境ならなおの事。そのミスを騒ぎ立ててイチ企業を瀕死に追いやるのは人情としてどうなのか。情報が不特定多数の人間に高速で共有される環境では、幕の裏側が開けっ広げになって今までの約束事、暗黙の了解がどんどん崩れ去る。そうなれば「嘘も方便」とか「お互い様」という融通の利く不文律がぶっ壊れる。社会のギスギス感が加速するなぁ。仕事場でのミスが多い私にとっては生きづらい世の中になってきた。いちいちミスを指摘されてあげつらわれていたら私は速攻で会社を首になっている。
話がずれた。大体虫の混入が大きく問題になるのは、虫が目に見えるものだからだ。正直体の害にならないだけ添加物よりマシだ。海外から輸入されてきた果実だのコンビニ弁当だの色鮮やかな漬物だのに含まれているそれがどれだけ有害かなんてわかったものじゃない。揚げられた虫とカップ麺のどちらが体に悪いかと言ったら間違いなく後者だ。現在進行形で国民全員を使った人体実験が行われているようなものなのに、利害関係の為か世間からの突っ込みの声はあまりに少ない。もし後から「実は当時入れていたあの薬は体に悪かったんですよエヘヘ」とか言われても暴動は起こるまい。誰に対して怒ればいいのかわからないもの。責任の所在はあやふや、闇の中へ。悪さをするなら見えないように、さらに自分の手は汚さずが鉄則なのだ。つまり「顔はやめな、ボディボディ」の精神である。よって此度の流れは子供のいじめとさほど変わらないものだと言える。
冗談はさておき。この件について企業側の管理体制の不備を責めるのは仕方がないとして、消費者の「まず拡散ありき」の姿勢にはどうも違和感があった。こういうのは店員にこそっと話して謝罪してもらって手打ちにするものではなかったのではなかろうか?そして話をした上で企業側の対応に問題があった場合に、改めて問題提起するのが筋ではないか。企業に事実を揉み消されてしまう不安があるなら、保健所なり第3者機関を通せばいい。問題を指摘するのならば、大なり小なりそれに応じた手続きがある。そもそも、人がやっている事だから絶対にミスは発生する。一日に数千、数万商品を作るような工場の環境ならなおの事。そのミスを騒ぎ立ててイチ企業を瀕死に追いやるのは人情としてどうなのか。情報が不特定多数の人間に高速で共有される環境では、幕の裏側が開けっ広げになって今までの約束事、暗黙の了解がどんどん崩れ去る。そうなれば「嘘も方便」とか「お互い様」という融通の利く不文律がぶっ壊れる。社会のギスギス感が加速するなぁ。仕事場でのミスが多い私にとっては生きづらい世の中になってきた。いちいちミスを指摘されてあげつらわれていたら私は速攻で会社を首になっている。
話がずれた。大体虫の混入が大きく問題になるのは、虫が目に見えるものだからだ。正直体の害にならないだけ添加物よりマシだ。海外から輸入されてきた果実だのコンビニ弁当だの色鮮やかな漬物だのに含まれているそれがどれだけ有害かなんてわかったものじゃない。揚げられた虫とカップ麺のどちらが体に悪いかと言ったら間違いなく後者だ。現在進行形で国民全員を使った人体実験が行われているようなものなのに、利害関係の為か世間からの突っ込みの声はあまりに少ない。もし後から「実は当時入れていたあの薬は体に悪かったんですよエヘヘ」とか言われても暴動は起こるまい。誰に対して怒ればいいのかわからないもの。責任の所在はあやふや、闇の中へ。悪さをするなら見えないように、さらに自分の手は汚さずが鉄則なのだ。つまり「顔はやめな、ボディボディ」の精神である。よって此度の流れは子供のいじめとさほど変わらないものだと言える。
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