あともう少しだけ

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しのぶれどしのばれず

2018-04-12 00:32:08 | コラム

『ちはやふる』の競技かるた界の頂点は男女併せて2人いて、男は名人、女はクイーンと呼ばれています。若宮詩暢は史上最年少でクイーンとなった、主人公と同い年の女の子です。最強の女王の名にふさわしく、初登場の姿は正にクール&ビューティー。他を寄せ付けない孤高の存在感を見せています。彼女の最大の特徴は『音のしないかるた』。札と指先が糸でつながっているかのごとく、一切の無駄な動きなく札を払う姿は繊細であり美麗です。その実力は才能のみならず、幼き頃からの日々の鍛練によって得たものです。ちなみに主人公千早の武器は耳の良さで、これは先天的な才能と作中で言われています。ふつう主人公の能力は努力由来のもので、ライバルのそれは天性のものってのが王道な気がしますが、この漫画は逆です。努力によって掴み取った力ってのはそれだけで琴線に触れるものがあります。

努力を続けられる1番の条件は、それが好きであることだと思います。2番目はせざるを得ない環境って所でしょうか。彼女はどちらも当てはまります。そして、かるたに対する愛情の注ぎ方が尋常でない。

彼女は幼少の頃、祖母の方針でいくつか習い事をして、一番はまったのがかるたでした。かるたを通じて友達もできたのですが、周りの大人は強すぎる彼女からその友達を引き離してしまいました。そしてひとりとなった詩暢は孤独に練習し続け、ついにはかるたクイーンになった。だから、彼女のかるたを取るスピードが一番速いのは一人で練習している時なのです。皮肉にも試合中は相手を意識してしまい、その真価は100%出し切れません。でもべらぼうに強い。ただ友達はかるただけ。彼女が「かるたが小さな神様に見える」と話すように、かるたとのつながりは作中の誰よりも深いです。かるたへの真摯な愛情も、魅力のひとつとなっています。

彼女について語る上で欠かせないのが、服装のだささ。そして奇行。実もふたもない言い方をすれば、変人です。地方のマイナーゆるキャラがでっかくプリントされたTシャツをズボンインして大会に参加したり、鳥人間コンテストを毎年見に行ったり、懸賞付アイスを食べすぎてぽっちゃりになったり、スポンサーの依頼をする相手にいきなり物をねだろうとしたり。社交性はほぼ0。いわゆる残念美人なんですね。彼女の京都女性的『いけず』な言動や、ドSっ気溢れるクイーンスマイルに対比されるそれらの特徴はあまりに落差が激しい。わかりやすい隙を見せることでギャップを生むのは効果的な演出ですが、彼女のそれは隙というか玉に傷というかヒビというかぶっ壊れ性能というか。ただ強調したいのが、それは凡百の安易な天才キャラの変人っぷりとは違うということ。彼女の稀有な言動、趣向には、精神的な幼さ、奔放さ、気高さが見え隠れするのです。見る角度を変えれば形が変わるように、強さと弱さがそのまま等身大の女子高生「若宮詩暢」の人間性を立体的に浮かび上がらせ、キャラの生命を燃え上がらせています。

さて、彼女はかるたにおいて序盤から最新刊までほぼ最強ですが、よくある漫画の最強キャラと一線を画するところがあります。それは「自分の得意なことではお金を稼げない」ということです。これが彼女の人生のボトルネックになっています。『どんなに人格が破たんしていようとも、勝てばOK』。その道理が通じるのは、その力が生きる手段に換算できるからです。今現在、かるたで飯は食べれず、かるたのプロは存在しない。前述のかるた名人も予備校でバイトをしています。彼女はいくらかるたが強くても、それを頼みに人生を生きる事は難しい。しかし別の仕事ができる程器用ではない。知り合いのツテを辿って始めたパン屋のバイトもままなりません。彼女の母親は市議会議員である祖母のすねをかじって生活していますが、その姿を見て育っているからこそ、そんな生き方したくないという思いは強い。自分にはかるたしかない。愛するかるたと離れたくない。その思いを自覚し、祖母の助言を受けて、かるたで稼ぐために世界で初めてのプロになろうとするのです。熱い。ここ最近の数巻はかるたのプロになるために試行錯誤する彼女の姿が見られます。「かるたとともに生きていくことが私の夢」と目に涙を浮かべるシーンは、もう、私的にこの漫画のベストシーンです。もう完全に主人公喰ってます。てか30巻以降は私の中でこの人が主人公です。「自分の着物も買えずに何がクイーンや」とさらりと言う場面がありますが、自立した自分になろうと模索し、進もうと決意している名ゼリフです。

この漫画は「かるたを通じて成長していく人々の熱血青春ストーリー」ですが、こと「成長」というワードで見ると、彼女は最初からかるたの強さがほぼカンストしています。だからこそより心の成長に重点が置かれるのは必然だと思うのです。バックボーンやスポットライトの多重な当て方は、完全に主人公のそれではないでしょうか。

悩み苦しみながらその業と向き合って前進しようとする姿は美しく、勇気づけられます。クライマックスが近い『ちはやふる』。主人公との決戦も目の前です。ぶっちゃけ、クイーン勝ってほしい!!ですが、おそらく勝利そのものが彼女にとっての救いではないようです。だから負けるということも展開的に十分にありうる。でも、どうやら勝利のその先に自分の場所がありそうだから、やはり彼女に勝利は必要なのです。主人公には悪いですが、ぜひ勝利して、夢を、居場所を、掴み取ってほしいですね!


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