不定形な文字が空を這う路地裏

カーペットに転がったコインの裏側
















清潔なカーペットに転がったワンコイン、君はそれを目に止めるものの決して拾い上げようとはしない…もちろんそんな些細な現象に説明などつけなくても構わないのかもしれないが君はどうしても動かない食指を見つめてしばらくの間考え込む、水槽の金魚は数ヶ月前に壊れたポンプのせいで窒息しかかっている、君は拾えないコインの奇妙さには過剰なくらいの注意を払ったのに空気を求めて喘ぐ金魚にはほんの少しの注意も払おうとはしない(そんなことはありえないことだと君は考えている)
ドライブモードにしたままに時間も放置した携帯電話のメモリーには長く付き合った恋人からの別れの電話、聞くんじゃなかったと君は思う、もしもそれを聞くことが無ければ―ちょっとした落度でもう一度くらいは楽しい話が出来たかもしれないのに君は本当はしばらくの間居残るだろうメモリーを消去する、疼いてくるのはもうちょっと先のこと(だけど君はもうそのことすらいつかは慣れるのだということを知っている)、悲しみと寄り添うことにうまく距離を取れるようになってしまったら、誰かと距離を詰めていくことは逆に難しくなる、水槽の金魚はだんだん口を開けなくなって―
マナーモードを解除した途端に着信音が鳴る、職場の上司から週明けのプレゼンについてのいくつかの確認の電話、問題ありませんと君は答える(君のやることにはいつでも問題が無い、君は昔からプロセスを構築することが上手だった―隙かどうかはまた別の話で)
デスクトップのスイッチを入れスーツを脱いでシャワーを浴びながら、自分の脳内にハードディスクの稼動音をリフレインする―君のちょっとした生き抜くためのマジック、メモリを少し解放したから明日からもう少しきびきびと動くことが出来るだろう、君はモイスチャー配合のボディシャンプーを愛用する高速通信機器、デフラグは寝ている間に…水分をきちんと拭き取ってください、システムに異常をきたさないように
軽い部屋着に着替えたらメールソフトを立ち上げて(君はスパムメールなんか一通も見なくて済む環境を上手く手に入れることが出来た)取引先だの同窓会だのの知らせにじっくりと目を通す―何を聞かれても即答出来るように、書類の構成や、モデルの選択、欠席の理由―そんなものを―途中一度だけ席を外す、冷蔵庫からサプリドリンクを取り出すために
究極なまでにカスタマイズしたお気に入りのブラウザで数時間のネットサーフィン、それは趣味というよりは行き過ぎた収集みたい、君はいくつかのフォルダを新しく作る―画像、動画、文書…君に落とせないものは何も無い、もちろんヤバいウィルスなんかの被害に会うことなんてまず無い、君のパソコンは世界中で一番安全かもしれない
それから株式をチェックする、君はそれで損をしたことが無い、万事うまく運んでいることを確認するとひとつ伸びをして、ゆっくりと沈むウォーターベッドに身体を横たえる、オーディオプレイヤーからはチャーリー・パーカー、まどろみの中でいくつかの出来事をまとめる―ディスプレイに写す必要の無い、取るに足らないパーソナルなこと―あなたは忙しすぎるのよと彼女は言った、けれどそれはあくまでも彼女の見解であって…君にとってはそれは至極普通のリズムに過ぎない、彼女がそれが気に入らないというのなら君はそのことを悲しむことすらくだらないと思う―そう、思いたいと思う、もちろん君はもう二度と彼女に連絡を取ることは無い
趣味の―南米のほうで出会った君の願いを適えてくれるひとつのカテゴリーからのメールを君は思い出す、一見すると仕事の依頼のようなお堅い文面―「いつもご贔屓くださりありがとうございます。また当地にお越しの際にはお立寄りください。」君は初めてそれをしたときのことを思い出す―硝煙、ブロー・バックの感触、リアルな、スモッグの無い空を突き上げるような恐怖の悲鳴―次の休みはいつごろ取れるのかな、と君は考える、そうして今夜も安らかな眠りの中へ落ちていく…

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